第十話 「大地への救済」

 陽がすっかり昇った頃、場所はレリフィック教会。中でも暖かな陽気の渡り廊下の窓辺には、オリフィアと金陽が並んで立っている。

横に並んでいると言えども二人の間に会話はなく、ここに着く前から長く重い沈黙が続いていた。金陽にはオリフィアと行動を共にする責務が課せられているだけで、彼女の機嫌を取る事は含まれていない。その為、こうしてただ黙って横に立っているだけである。

 オリフィアが意気消沈しているのは、この内戦で思う様に結果を残せていない事が起因していた。というのも、彼女の指示で行ったレジストリア襲撃も失敗に終わり、昨日は無幻結社と交戦しトバラを殺害きゅうさい出来ずに終わっている。

 そんなオリフィアを直接責める者はいないものの、彼女の下にこのまま留まっていては他組織に殺さるか国が丸ごと消滅すると恐れ、教会から逃げ出していく者や市街地で暴れる者も現れ始めた。そんな者たちが現れたのも自分の責任だと思い、彼らを見つけ次第殺害きゅうさいしている。

更に今日で開戦から五日目である事も加わり、彼女の中で焦りが募りつつあった。

 彼女が理想とするこのチョウ帝国の在り方は他組織と相容れないものだとは理解していたのだろうが、それが想像以上のものだったという他ない。だが、そんな状況でも残った少ない日数で勝たなければ生き残れないと考えていた。

 微笑みの下で静かに生存を渇望しているオリフィアは後ろから声を掛けられる。

「あらまぁ、オリフィア様。金陽様もご機嫌麗しゅう」

声の主はそう言ってゆったりとお辞儀した。オリフィアがそちらに振り向くと、そこにはサトがいつもの様に笑みを浮かべている。

そしてその嘲笑う様な微笑で言葉を続けた。

「本日はどちらへをなさるおつもりです?それともおヌイさんを殺処分なさるのでしょうかぁ?」

ケラケラと笑いながらそう語ったサトの言葉にオリフィアは心底嫌悪する。

「……お黙りなさい」

「わかりましたぁ。では話題を変えましょう」

あっさりと不愉快な軽口を止めたサトに驚いたオリフィアだが、その感情はすぐに改められた。

「私、最近体が鈍ってると思うんですよぉ。なのでぇ、少し外出してもよろしいでしょうかぁ?」

と提案する。これまでサトがオリフィアに外出の際に声を掛けた事は一度もなく、先程の言葉も聞き間違えと言われた方が納得できるだろう。

しかし、サトは言葉を訂正するどころか更に話を続けた。

「それでですねぇ、オリフィア様にお土産でも見繕ってこようと思ってるんです。いつもお世話になってますしぃ、何が良いかなぁっと思ってぇ」

「お土産……?」

「候補としてを挙げていたんですけどぉ、オリフィア様の事だからとかでも喜んでいただけそうだなぁっと思いましてぇ……全部は無理なので直接お伺いに参りましたぁ」

サトに挙げられた物を聞き、オリフィアは目の前の少女が何をしようとしているのか理解した。そしてオリフィアは表情を変える事なくサトに訊ねる。

「そのお散歩にはあなた一人で行くの?それとも誰かを誘って?」

「勿論、私一人ですよぉ?私にはお友達はいませんからぁ」

と笑って答えるサト。それが本心からなのか、ただの軽口なのか定かではないがどちらでもあり得る。

回答を求めるサトに対し、オリフィアは穏やかにこう答えた。

「それじゃあ、を頼もうかしら」

「はぁい、承りましたぁ」

そう言ってサトはにんまりと笑い、一礼して廊下を歩き去っていった。

そんなサトを微笑みのまま見送ったオリフィアに、金陽がようやく口を開く。

「あの人間は誰よりも魔術の扱いが特殊で、それでいて誰よりも異彩を放っていますの」

「えぇ、金陽様の御業とサトの精神の在り方は上手く共存していますもの。魔術である以上、彼女と共闘出来る者が存在しないので温存していましたが……これは良い結果が期待出来ますね」

二人の予想通り軽い足取りで彼女はのある方へ向かい、いつもの様に笑いながら手土産を見せながらこう語る事だろう。


『南西を壊滅させた』



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 昼下がりの南西の集落では、終業した労働者たちが家路に着こうとしていた。それは組合長であるガドンも同じで、妻のサンドラが昼食に何を作ってくれているのか期待しながら土呼と並んで歩いている。

 すると、反対側からダグドールが不思議そうな顔をして空を見上げているのを見かけた。彼の家はここからやや離れている為、ガドンは訝し気に声を掛ける。

「おぉい、ダグドール。そんなところでどうしたんだ?」

呼び掛けに気付いたダグドールはガドンの方を向き、それから自分が見ていた方角を指差してこう言った。

「あの、親方。壁の上に、あんなの……ありました、っけ」

「ううん?……何だ、ありゃあ……」

ダグドールが指差したものを見て、ガドンは言葉を失う。

 壁の上には一人の修道女が歪んだ金の枝に乗っており、そのまま地上へ着地しようとしていたのだ。

壁の上から見下ろして少し笑い、それから修道女は何の助け綱なしに飛び降りた。彼女が着地する頃、地上に大きな黄金がガドンらの視界に写る。

 それから程なくして、その修道女がいる方角から悲鳴が聞こえ、ガドンはダグドールに呼び掛けた。

「襲撃だ!中央の鐘を三回鳴らし、全員に避難する様に知らせてくれ!!儂が奴を食い止めておく!」

「は、はい!」

そうして二人は反対方向に向かって走り出した。程なくして集落全体に鐘の音が響き渡り、それを聞いたゴログ族の者たちは一斉に建物の中へ避難を始める。


 ガドンはその鐘を背中で聞きながら、鼻に付く匂いに不信感を抱いていた。その表情から察してか、ガドンの斜め上を飛ぶ土呼が告げる。

「……恐らく襲撃者はレリフィック教会の人間。それもかなりの精神異常者であろう」

「何故だ?」

「金陽が司り、行使する金の魔術は精神の在り方が深く関係しておる。正常な精神を持ち合わせていれば、型に嵌めた様に美しい造形を創り出すが、あれなる襲撃者はその真逆の存在であろう」

そう語られたガドンは、先程遠くから見えていた黄金の歪な枝を思い出す。彼が金の魔術を目にするのはこれが最初ではあるが、信頼の置ける土呼がそう言うのなら警戒しておくべきだと考えた。


 住居区域を抜け、走り抜けた先の光景を見て唖然とした。

ガドンから少し離れたやや開けた場所に修道女、サトが立っていた。しかし彼女はただ茫然と立っていたわけではない。

サトは蠢く黄金を周囲に巻き散らし、何かが焦げる匂いで満ちるこの場所で笑っているのだ。


 シュウシュウと音を上げて蠢く黄金は遠くから見ていたものが弾けて出来たらしく、この土地を囲む壁や木々に纏わりついている。加えて、音を聞く限りその黄金は熱を持っており、目の前の木々を重さと熱量でメキメキと潰していた。

木々以外にも飛び散っている塊はあり、大きいものでガドンと同じ程はある。それは時折り大きく暴れる様に蠢いていたのだが、やがてそれもなくなった。

 そんな光景を見て怖気がするのも無理はない。暫くして、ガドンの存在に気付いたサトはにんまりと笑いながら話し掛ける。

「おやおやぁ、早速ここに駆け付けてくれたんですねぇ」

「ガハハハッ!この儂が駆け付けず、他に誰が来るものか」

「いやぁ、案外たくさん来てくれるかもしれませんよぉ?知りませんけどぉ!」

と言って、ガドン目掛けてどろどろの黄金を放った。

「土呼の名の下に」

そう力強く告げた直後、ガドンの前に生成された土が壁の様に高く形成される。間一髪で間に合った土壁に、シュウシュウと音を立てて黄金が燻った。

 当たるだろうと高を括っていたサトはそれを見て不機嫌そうに舌打ちし、思ったままをガドンへ投げ掛ける。

「あーぁ、当たると思ってたのに。何で防いじゃうんですかぁ?そこの人たちみたいに埋まってくださいよぉ」

と言って、自身の傍らにある黄金の塊を指差す。その黄金は地面に広がりながら蠢いており、サトはが覆っているものの事を指しているのだろう。

 それと同じような塊が周囲には数個ある事に気が付いたガドンだが、それ以上考える事はなかった。今はただ、目の前のをどうにか対処しなければならないからだ。

ガドンは土の壁に隠れたまま返答する。

「おかしなことを言うもんだ!しかしなぁ、儂もこんなところでくたばる訳にはいかんのだ!!」

そう言いながら両手を広げ、胸の前で勢いよく手を合わせた。サトの左右に土で出来た巨大な手が生成され、ガンドがした通りの動きをする。

 サトを中心に土の手が合わさった事で、多少の傷或いは彼女の気絶くらいにはなっただろうと思い、土の壁から顔を出そうとしたガンドに土呼の鋭い指示が入った。

「伏せよ!」

その声に反射的に従ったガンドは、またしても間一髪のところで黄金を回避する事が出来た。もしあのまま顔を出したままか、もっと乗り出していれば重度の火傷を負っていた事だろう。自身の背後で地面を焦がそうとしている黄金を睨み、土呼に感謝の念を抱く。

 ガンドの巨大な手による攻撃はサトにとって脅威ではなく、彼女の盾となるように形成されたどろどろの黄金は見た目からは想像も付かない硬度を持っていた。その為、圧し潰そうとする力を抑えるだけの力があり、抑えている間にサトが避ける事が出来たのである。

そうして避けた後、少し顔を見せたガドンに向かって十分に熱された黄金を放ったのだった。しかしそれは先程のと同じく失敗に終わったのは言うまでもない。

 二度も攻撃に失敗したサトは不服そうに口を尖らせ、足元で燻る黄金を軽く蹴飛ばしながらこう言った。

「なぁんで避けたんですかぁ?私傷付きましたぁ、もう泣いちゃいますよぉ?」

そう言いながらサトは両手で顔を覆う。当然、彼女が泣いていない事は誰が見ても明白である。泣いている振りをするサトに向かってこんな言葉が投げ掛けられた。


「そがんハッタリ、うちのドグでん通用せんぞ!」


 その特徴ある言葉にその場の全員が声が聞こえた方を見た。その視線の先には闘志に燃えるザンドがおり、彼の後ろにダグドールが控えめな様子で立っている。

 怒鳴り込む様に発せられた言葉にサトは泣き真似を止め、不思議そうな顔をザンドへ向けた。

「今、何て言ったんですかぁ?ちゃんと人間の言葉使ってくださいよぉ」

「ハッ!言葉も知らんと、わいどんは頭の悪かて自分から言いよる!」

「よく分かりませんけどぉ、あなた程度の人間が私を笑って良いと思ってるんですかぁ?」

「馬鹿が馬鹿な事しよるとば笑うて何が悪かもんか!ワハハハハ!!なぁ、ダグドール!」

と言ってダグドールへ笑い掛けるザンドだが、ダグドールは笑っていられる状況でないとすぐに理解した。何故なら、ザンドから小馬鹿にされたサトが怒りに身を震わせ、周囲に飛び散った黄金が溶岩の様にボコボコと音を立てているのだ。

 サトからは先程までの笑みは消え、緑色の瞳でザンドを睨みながら負の感情を込めてこう告げる。

「……だぁかぁらぁ、人間の言葉使えって言ってんだろぉ!!」

その言葉と同時に、サトが新たに生成させた黄金が一斉にザンド目掛けて解き放たれた。ダグドールがその攻撃を予見していた為、小さく『土呼の名の下に』と呟いてすぐにザンドの正面に壁が生成される。

 まるで泥を投げつける様に土の壁にどろどろの黄金を絶えず投げつけ、その度に土の壁は熱されてより強固なものになっていく。その様子に気付いたサトは攻撃を止めて声を掛ける。

「あのぉ、これただの土じゃありませんよねぇ。やめて頂けませんかぁ?めんどくさいんですけどぉ」

そう言われたダグドールは言葉を詰まらせながら答えた。

「え、あ。すみません。その金、すごく熱そう、だったので。はい」

「なぁんですかぁ?声が小さくて聞こえませぇん」

「あっ、すみません。癖で、声も小さくて、すみません」

と、言葉を途切れ途切れに言うダグドールだが、彼の懸命な努力はサトには届かない。

「もう良いです、あなたはそのまま黙っててくださぁい。そしたら命だけは助けてあげますからぁ」

そしてサトは不機嫌さは相変わらずのまま、これからどうすべきか考えた。主に自分の感情優先で組み立てられる彼女の計画は、生成されている黄金から彼女が何をしようとしているか凡そ伝わってくる。

 ガドンは、ザンドたちを護る壁に集まっている黄金が蠢き始め、やがて無数に伸びる手の様になっているのに気が付いた。それを伝えようとした瞬間、自身の両足に激しい痛みを感じた。

見るとそこにはガドンの足先を覆う様に黄金が被さっており、今にも焼き落としそうな勢いがある。これまで感じた事のない熱さと痛みに、思わず呻き声を上げてしゃがみ込んでしまった。

「ぐぬぅ……!」

「親父ぃ!!」

ガドンの呻き声を聞いたザンドは、自身が隠れていた壁から飛び出す。ダグドールのや土呼の言葉も遅く、サトが飛び出してきたザンドを見てニヤリと狡猾に笑った。

 サトが形成させていた黄金の手がザンドの手足に絡みつき持ち上げ、肉が焼ける音と共にザンドは絶叫する。

「あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙ぁ゙!!」

ザンドの半袖から出ている腕に巻き付く黄金の腕は熱を持ち、白い煙を上げながら肘から先の両腕を覆っている。そして彼の足に纏わり付く腕たちは耐火性のあるブーツやズボンを焼けないでいるが、それも時間の問題だ。

 ザンドと同じ熱量の黄金に足を取られ、苦しみに耐えているガドンはどうにか息子を救い出そうと思案する。しかし、足を段々と飲み込もうとしてくる黄金に気を取られ、考える隙など一瞬もない。

 あまりの痛みに思考が途切れそうになるザンドだが、どうにかこの状況を打破しようとしていた。幸い声は出せる為、ただ一言だけ宣言しようとした瞬間。


サトはそれに気付いていたのだ。


 ザンドとガドンに纏わり付いて離れない黄金は、人間が耐えうる熱さを試すかの様にその熱量を上げていく。これまで以上の熱に悶え叫ぶ彼らを見て、サトは恍惚の笑みを浮かべている。

先程のサトの発言通り、ダグドールには攻撃するつもりはないらしい。その為、この二人を救える可能性があるのだが、目の当たりにしている恐怖と言い知れぬ絶望感で体を硬直させていた。

 その事を見越していたかのように、サトは悠々とした声色で苦しむガドンらに声を掛ける。

「どうですかぁ?私ってすごいでしょう、偉いでしょう、もう完璧ですよねぇ?アハハッ!!」

その場の全員が無邪気に笑うサトに言い知れぬ狂気を感じた。

そしてその狂気はこれで終わりではない。

 サトはふと、思い出した様に言葉を発する。

「あっ、オリフィア様にお土産を持って帰ると言ったんでしたぁ!すっかり忘れてましたよぉ、思い出して良かったぁ!!」

そう言って自身の足元に黄金を生成し、ザンドが浮いている高さまで黄金の高さを調節した。この区域に侵入する際に壁を乗り越えたのもこの方法だ。

 四肢が焼ける痛みに耐えるザンドの顔と目線を合わせ、優しい笑顔を浮かべながら声を掛ける。

「そのをお土産にするのでぇ、少し痛いかもしれませんが頑張ってくださいねぇ?」

その言葉を聞き、耳を疑う暇などは与えられなかった。

 ザンドの肘から先を覆っていた黄金は捻じれ、肘を支えている黄金は真逆の方向へ捻じれさせようとしているのだ。黄金に覆われて彼の腕がどうなっているのかは見えないものの、悶えながらに発する言葉でその痛みは伝わっている。

「い、痛か!!あ゙、あ゙あ゙!!腕が!!」

こうなってしまえば黄金による熱さより、圧倒的な力によって両腕を同時に捩じり取られようとしている痛みの方が勝るのだろう。目を見開き、声にならない声を上げ始めた。

そんなザンドを正面からじっと見つめるサトはとても満ち足りた顔をしており、痛めつける様に、その痛みをよく記憶する様に、じっくりと時間を掛けて行った。

 息子が半分気絶しかかっている中、ガドンは自分に出来る事を懸命に考える。足の痛みは慣れずとも、今目の前でザンドが受けている拷問に比べれば可愛らしいものだと自身に言い聞かせた。

しかし、ガドンの思考は付近を飛んでいた土呼に気付かれており、そっと舞い降りた時にこう告げられる。

「あれではもはや助けられまい。息子の腕は後程あの科学者に頼めば良い、命まで取られはせぬだろう」

と、語り掛ける言葉に、ガドンは短く問い掛けた。

「何故だ。何故そう言い切れる」

その言葉に土呼は少しだけ口角を上げ、凛とした声で答える。

「余は知っている。皆までは語らぬが、あの人間は命までは取らん」

そう言う土呼の言葉の真意を見つけようとしたガドンだが、痛みで意識を手放そうとしていた。どちらにせよせめて見届けねばと、ぼんやりとした視界でザンドの方を見る。

 みし、みしみし、と離れていても聞こえるその音が周囲に響き、ザンドはもはや意識を手放していた。彼の四肢に絡みつく黄金が蠢く度に体は力なく揺すられ、先程まで叫んでいた口はあんぐりと開けたままになっている。

そんな様子を暫く見ていたサトだったが、次第にそれも飽きてしまったらしい。無慈悲にも黄金の熱を更に上げた。

 程なくして、二箇所から上がる絶叫。そして意識を取り戻したザンドに対し、サトはこう言い放った。

「何かもう飽きちゃったのでぇ、もう帰ろうかなぁって。そろそろ夕方の鐘も鳴りますしぃ?」

まるで一通り遊んだ後の子共の様に告げられたが、ザンドにはもはや言葉を返す気力すら残っていない。少し前までは威勢良く立ち向かっていた彼だが、相手の動きをよく見極めず、向こう見ずに煽っていた結果がこれだ。


 サトがいつもの様にケラケラと笑い、一思いに絞り切る。その瞬間の叫び声は夕暮れを告げる鐘に掻き消され、鐘が鳴り止んだ後には重い沈黙が流れていた。


 ザンドの両腕と繋がっていた黄金はゆっくりと離れ、その黄金からは程よく焼けた二本の腕がぬぅっと飛び出る。それを大切そうに両手で抱えたサトは、黄金の足場を更に上空に向かって伸ばし始めた。

 腕を捩じり切られたザンドは意識を失い、力なく黄金の腕に支えられて浮かんでいる。しかし、程なくしてその黄金も消滅し、支えのなくなったザンドはそのまま地面に落下した。

千切れた腕の断面は黄金の熱によって塞がれたらしく出血は無かったが、その代わりに四肢の火傷は酷いものだ。そして同じく両足に重度の火傷を負ったガドンは、纏わり付いていた黄金から開放されてすぐにザンドへふらつきながらも歩み寄った。


 土呼はザンドが持ち上げられてから蹲って耳を塞いでいたダグドールとガドンらを見て、まだ意識があるガドンの方に飛びながらこう声を掛ける。

「助けを呼ぶ、決して動くでないぞ」

ガドンの返事を待たず、そのまま土呼は飛び立ってブルッグスの家へ向かった。そして事のあらましを伝え、ヤキリへ連絡する様に指示する。

それから目にも止まらぬ速さで上空へ飛び立ち、南東の木洩がいるだろう方角を確認して超特急で向かった。付いて早々に木洩は事態を把握したのか、共に帰宅していたウォーマーに説明もせずにすぐさま土呼と飛んで行く。

天使二体が到着した後にブルッグスから連絡を受け、ヤキリは医者と共に遅れて駆け付けた。

 土呼が必要と判断した者全員が集ってザンドとガドンの治療を行い、ダグドールの精神的なダメージを知識のあるブルッグスがカウンセリングを担当する事となる。

様々な尽力あってザンドの容態が安定し、ガドンが意識を取り戻した時には陽もすっかり暮れていた。


 ザンドたちに懸命な治療が為されている間、足取り軽やかに素敵なお土産を抱えたサトはとても晴れ晴れとしている。隠す事なく持ち帰る堂々とした彼女を見て、まさかあの腕が本物ではあるまいと通行人は思っているだろう。

しかし彼ら通行人の思いとは異なり、サトが抱えているのは本物の腕である。



こうして開戦から五日が過ぎていった。

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