第五話 「和解と追想」
ほぼ同格とも言える勝負は数時間に渡って続き、互いに酷く疲弊してきている。魔術の行使で己の心身を直接消費しないものの、物質を操る技術は決して楽ではない。
本来なら年月を掛けて身に着ける魔術を無理矢理流し込み、知識が少ない中で行使しなければならないのだ。
とはいえ、そろそろ決着をつけなければならない頃合い。先に声を上げたのはガドンだった。
「ヤキリィ!!お前のその火力と儂の力量、どちらが
そう言ってガドンは隆々たる両腕を横に大きく広げた。それから勢いよく両の拳を自身の正面でぶつかり合わせると同時に、ガドンを囲んでいた三つの巨大な腕が上空で大きな塊となって跡形もなく混ざり合っていく。波打つ様に蠢き作られたのは一際大きな
「直撃はさせぬから安心せい!」
と、勇ましい声で告げるものの、その言葉で安心出来る道理など上空の土塊から感じられなかった。しかし相対するヤキリが焦りや迷いを見せる事等なく、余裕綽々といった佇まいでこう返す。
「いいよ、僕も試したかった所だ!」
ガドンのタイミングで何時でも放てられる巨大な鏃、その真下で彼はゆっくりと腰を落とし上半身から捻り突きの構えを取った。その動作で察したヤキリは、背後に生成した炎をより大きく燃え滾らせる。燃え上がる炎の様に橙の瞳も爛々と輝いていた。
ガドンがそのままの姿勢で深く息を吐き、それから一気に空気を吸い込んで鬼気迫る面持ちで雄叫びを上げる。
「ぬぉぉぉおおおお!!」
その声と同時に彼の拳は前に付く出され、上空の鏃はビョウと風を巻き込みながらヤキリ目掛けて飛び出した。その圧倒的とも言える圧を目の前に感じつつも余裕ある表情で炎の腕を伸ばすヤキリだが、鏃に炎が到達してすぐ異変に気が付く。
先程と同じように全てを燃やし尽くす勢いで火力を上げているが、全く焦げ落ちる手応えがない。寧ろ強度が増している様にも見受けられる。
これには先程まで悠々としていたヤキリの表情から笑みが消え、眼前の巨大な鏃を分析せざるを得なかった。
その一方でブルッグスは感心した様な声を上げる。
「物質の大きさを変えて現状の火力で燃やし尽くせない様にしたのであろう。力業ではあるが見事な機転である」
「然り。そして恐らくあの土塊は先程とは違い、やや粘性を持った土を魔術で新たに生成させ煉り合せたのだろう」
「であればヤキリの状況はあまりよろしくないものであろうな」
と、互いに意見交換し合うブルッグスとオサカの間に挟まり、ザンドはその会話に付いて行けない風に押し黙って聞いている。彼らの視線はこうして会話している今もガドンとヤキリの勝負に釘付けのまま、言葉だけをひたすら投げ合っているという状態だ。
「見てほしいのであるオサカ殿、親方が生成した物質が固まり始めているのである。これであの物質の質量はやや減少したのであろうか?」
「多少はあり得るだろう。だがしかし、あれ程の大きさである以上は人間が耐えられるものではない。直撃して死亡する事はないだろうが、負傷する可能性は大いにある」
「うむ、ワガハイも同意見である」
ザンドは左右から次々に飛び交う専門的な用語や知識がある前提の会話を浴びながら、自分もこれを理解しなければならないかも知れないと内心焦っていた。
じわじわと少しずつヤキリへ迫っている巨大な鏃だが、先端から段々と形を変えていった。ボコボコと凹凸があった鏃の先端は段々と熱に溶かされ周囲の物質と融合し、やや滑らかな赤茶けた鏃へと変化していく。
ここでガドンの目的をはっきりと確信したヤキリは炎を更に生成させると同時に、自身の髪が舞い上がるのを感じた。
自分で生成した炎である為、肉体は勿論衣服も燃焼しない事は実証済みではあるが、炎によって発生する空気の流れには干渉されるらしい。現に、ヤキリの赤く長い髪や白衣だけでなく、傍らに立つ日晴のゆったりとした黒いズボンのスリット部分から空気が入りはためいている。
その真正面では決して緩める事はないガドンの気迫から、これが彼の考え得る最大の手段であると窺える。ヤキリの炎によって表面がじわじわと焼かれつつあるが、彼の炎が全体を包み切るより先に彼の上にある程度圧し掛かれば、その時点でガドンの勝利となる。
ガドンの堂々たる魔術はその巨大さ故、少し離れた場所にある集落から視認出来る程だ。朝方の壁付近であった騒動を見ていた者たちによって噂は瞬く間に広まり、皆一様にガドンの魔術を見て鼓舞し族長の勝利を願っていた。
ガドンとヤキリの勝負の最終局面、互いに持てる力を全力でぶつけ合っているこの瞬間。二人は無意識の内に雄叫びを上げていた。
「ぐぉぉおおおおおお!!」
「うおおおおおおおお!!」
勢いを増す巨大な鏃の重みと燃え盛る炎。どちらが勝つか審判であるブルッグスは勿論、観戦しているザンドらは瞬きをする事すら忘れていた。
戦いの中で魔術を練り上げ、相手を圧し潰さんとする勢いを纏ったガドン。迫り来る巨大さにたじろぎもせず、今までで最も熱い紅蓮の焔を編み出したヤキリ。
そのどちらも勝者に相応しいとブルッグスを始め全員が思っていたが、ついに勝敗は決した。
ヤキリの頭上から約数十㎝の所で巨大な鏃に大きな亀裂が入り、見事にも左右で真っ二つに分かれ土埃を上げて地面へ強く落下した。ズゥゥンと轟音を鳴らして割れた鏃は開くように倒れ、まるで元からそこにあった大岩の様にも見える。
双方共に息を切らし、立っているのがやっとな状況で暫く睨み合いが続いた。しかしそれはあまり長くは続かず、やがて片方が膝を付く事となった。
「儂の負けだ。良き闘争であった」
と、心の底から搾り出すような強さでガドンが告げ、それは駆け寄って来たザンドらの耳にしかと届いた。
そしてブルッグスは審判としてこう宣言した。
「勝負あり!勝者、ヤキリ!!」
そう告げられたヤキリは誇らしげに両腕を天に突き出したが、すぐに力なく地面に倒れ込んだ。先程まで自身が身に纏っていた炎よりも輝かしい太陽の下で目を細め、へとへとになった肉体を大地に投げうって勝利を噛み締めた。
余韻に浸りながら目を閉じようとしたその時、頬をペチペチと叩かれ起きずにはいられなかった。彼の頬を叩いていた犯人は火晴だった。
相変わらずの無表情でヤキリの顔を覗き込みながらこう告げる。
「まだ仕事終わってない。起きて。今すぐ」
と言い、再び頬を無情にも叩き続けている。
「痛い、痛いってば。腫れたらどうするのさ」
「両頬腫れれば。目立たない」
そう言ってまだ叩かれていない方の頬に手を伸ばされるが、それはヤキリ自身の手で防衛された。両手で頬を抑え、地面に倒れているところへ大きい影が出来たかと思えば、オサカとブルッグスが様子を見に来ていた。
「そろそろ起き上がったらどうであるか。まだこれから話し合わねばいけないのであろう?」
と、ブルッグスに言われていそいそと立ち上がった。すっかり土や砂で汚れたヤキリだが、あの激闘の末に無傷でいられたのだから多少の汚れは気にもならないらしい。
立ち上がったヤキリが周囲を見渡してこう言った。
「あれ、ガドンさんとザンドは?」
「その二人なら先に広場正面の屋内へ入っておるだろう。勝敗も決した事で、新たに決めねばならぬ事もあるでな」
そう言いながらオサカは広場の入口から真正面の建物を指差した。
「なるほどね、それじゃあ急いで行こう!」
と言って、やや駆け足で一直線に進み、その後を無気力そうに火晴が飛んで付いて行った。先程までへばっていたのが嘘の様な張り切りようだが、これが彼の良いところである。
簡素ながらもしっかりとした造りの建物の前に立ったヤキリは扉を数回ノックし、勢いよく扉を開けた。扉を開けようとしていたザンドは運良く扉と衝突せずに済んだが、内心とても驚き声を荒げる。
「わいは
「あちゃー……怒らせちゃった、どうしよう」
と、心にもないような困り方をしていると、少し離れた場所からの声に助けられる。
「ザンド!それより塗り薬を持ってきてくれんか!!」
ガドンの呼び掛けられ、ザンドは行かねばならなくなった。まるで尻尾を踏まれたヌイの様に睨み付けながらガドンがいる部屋の方へ歩き出した。ヤキリとしては特に悪びれる気持ちもない為、ザンドの後に続いて部屋へ入る。
部屋の中はやや広い部屋で、大きな長机に丈夫そうな椅子が並べられている。入口から見て左奥の席にガドンは座っており、土呼が小さな翼で羽ばたきながら先程の激闘で痛めた筋肉や筋を慣れた手付きで適切な処置をしている。
ガドンは部屋に入って来たヤキリに気が付くと、豪快に笑いながらこう話し掛けた。
「ガハハハハッ!!こうして見ると何で負けたのかまるで分からねぇ、見た目で侮るなとはよく言ったものだ!」
「いやいや、僕の外見通りだった筈!知的で合理的な感じが溢れ出る戦術だったしー!」
「どうだかなぁ!ガハハハッ!!」
恍ける様に言葉を濁していたガドンだが、それにつられてその場にいた全員が笑った。
それから机を囲んでお互いが求める結末等を語り合い、双方とも納得のいく形で同盟を結んだ。時折り冗談を交えつつだったが、それぞれ度が過ぎない程度を弁えていた為順調に進められたのだ。
やがておおよその情報を共有し終えた後、ガドンはおおらかさな雰囲気でヤキリに言葉を投げ掛ける。
「とにかく、今回の敗北は非の打ちどころのない完敗だった。なのだが……」
「だが?」
と言葉を詰まらせたガドンをやや茶化す様に言葉を繰り返した。しかし、その緩さに飲まれる事なく、実直な言葉を告げた。
「我々ゴログ族と同盟を結ぶとして、お前たちに利益などあるのか?寧ろ不利益となりはせんか?」
そう尋ねられ、ヤキリは自信ありげにこう答えた。
「利益なんてやがて見えてくるだろう。少なくとも今日の僕はそう確信している」
そう言いながら立ち上がり、部屋を後にする。いつも通りの奔放さとも言うべき彼の行動だが、この場においてはどこか深い意味が含まれているのではと考えてしまう部分があった。
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夕暮れも過ぎ、空が橙と藍の中間に染まる頃。チョウ帝国南東のとある小道を一人の人間と一体の天使が一列に歩いていた。ウォーマーと木洩である。
二人はようやく一日の作業も終わり、畑からやや距離のある目的地へと真っ直ぐ向かっていた。手元の小さな照明は僅かに足元を照らすのみで、遠くに見える民家の明かりがとても暖かく見える。
小高い丘を無言のまま並んで歩き、ようやく目指している目的の場所が見えてくる。集合墓地だ。
傍らに並んで歩く木洩には、ウォーマーがどれ程の感情を向けてそこを訪れるのかは計り知れない。人間に対する情がないわけではなく、天使にとって身近な存在の消滅そのものが理解し難い事なのだ。
二人は等間隔に並ぶ墓標を次々と歩き去り、一つの墓標の前で立ち止まる。そしてウォーマーは暫く立ったまま冷たい石に刻まれた文字を見ていたかと思うと、ゆっくりとしゃがみ込んで木洩に声を掛けた。
「ここに、ですね。私の妻と息子が眠っているんです。まだ実感は湧きませんが、確かにこの手で埋め、それをこの目で見たんです」
ぽそぽそと振り出した小雨の様に静かに語られる言葉に木洩は返す言葉を選びきれず、ウォーマーの話はそのまま続けられた。
「しっかり見たんです。妻が苦しんでる姿も、息子の姿が少しずつ変わっていく姿も。でも少し見過ぎたのかもしれません……妻と息子の、辛そうに歪む顔しか思い出せなくて」
「そう、ですか……」
何度目かも分からぬウォーマーの言葉に否定も肯定も出来ないでいる木洩はそこで声を詰まらせ、暫く二人の間に沈黙が流れた。冷ややかな心地よい風も今のウォーマーには冷たく感じ、小さく身震いをした。
暗い面持ちから少し光が差したのか、声色にやや明るさが現れる。
「ちゃんと幸せだった筈なのに、楽しかった記憶は何も思い出せないでいる。人として間違ってますよね、こんなの」
その言葉に木洩はゆっくりと答える。
「いえ。必ずしもそうであれとはなっていません、これはきっと創造神たる御方も肯定してくださいます。今は最期の姿が目に焼き付いているだけで、何かがきっかけでもう少し落ち着けたら素敵な日々を思い出せるでしょう。無理矢理折り合いを付けるのではなく、あなた自身が受け入れられる様になるのを待ちましょう」
と語られた言葉に心が動かされたのか、ウォーマーの強張っていた表情が緩くなった。その表情の変化に気づいた木洩は少し困った様に笑い話を続けた。
「僕に言われても説得力ないでしょうから、ほんの気休め程度に記憶してくださいね」
「いえ、とても救われました。ありがとうございます、本当に感謝しています」
そうして顔を木洩から墓標へと向き直り、自らに言い聞かせる様にこう言った。
「何時か、必ず。笑顔の姿を見せておくれよ」
と言って手を暫く固く結び、数秒後に立ち上がって木洩に提案する。
「それじゃあ、帰りましょうか。付き合わせてすみません」
「いいえ、これも僕の務めですから。大丈夫ですよ」
そう言って垂れ目を細めて笑う木洩に対し、ウォーマーは目を逸らして歩き始める。そして木洩はその後をゆっくりと付いて歩いた。
内戦が始まり毎日繰り返される日課は三度目を迎え、その三度とも木洩は全く同じ言葉を毎日繰り返しているのだった。ウォーマーがどう言葉を変えようと、家族に対する悲しみを話せば同じ言葉を語られる。彼にとって木洩がどれ程不気味に見えるだろうか、彼以外には知る由もない。
段々と暗がりが迫る墓地の上には雲が厚く浮かび上がり、朧気に輝く青白い月は眠り始める草木を照らした。
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