第四話 「力と知」

 天使たちがチョウ帝国に舞い降り開戦を告げたあの日から二日が経った。壁によって隔てられている鉱山周辺地域に住まうゴログ族は、皇帝へ納める義務も無くなったので労働時間が半減された。特に採掘業務は午前で終了しており、加工場での業務も夕暮れ前には帰宅出来る程だ。

と言うのも、鉱山で採掘出来る鉱石の数は限られている為、この内戦が無事に終結した未来に資源を残すべく制限しているのだ。これはガドンだけでなく種族全員の意志で決定し、彼らに対して土呼が否定する事はなかった。

 壁で囲まれたこの地域はとても治安が良く、食糧も十分に行き渡るだけ入手出来ている。生活に余裕が出来る事で人々は楽しげに笑う様になり、それを見た幼いドグは以前より動きや声が大きくなった。

 彼らゴログ族が今一番願うのは正しい支配者による統治で、それが決定する此度の内戦はとても重要視されている。事の次第では自分らの将来だけでなく種族の行く末まで決まってしまうのだ。

特段変わりなく今日までを過ごしてきた彼らだが、この日は午前中から壁の入り口が騒がしかった。本来なら今日の供給が行われる時間だが、一向に現れる兆しがない。

 何らかの異変が起こったと彼らはすぐに感じ取り、すぐに壁の周囲に集まった。族を代表してザンドが壁に近づくと、扉の向こうから数回のノック音が聞こえてくる。

一定の時間を置いて鳴るその音に不気味さを感じながらも、ザンドは意を決して声を掛ける。

「なんか。だいぞおっとか」

壁の向こうにザンドの声が届いたらしく、返答があった。

「あぁ、いるよ。は確かゴログ族の古語だね、専門外だけど少しだけわかるよ」

「そげんこつ言うて、こっちば油断させようち無駄ぞ」

「いやいや、僕らは君たちゴログ族と話し合いに来たんだよ。」

「話し合いぃ?」

と、扉越しに威嚇する様な姿勢を取るザンドを抑え、ブルッグスが声を掛ける。

「つかぬ事を聞くがそちらは何人であろうか?」

「うん、交代したのかな?こちらの人間は二人だよ、僕はヤキリでもう一人はオサカさん」

その名を聞いたブルッグスは眉をひそめた。

「オサカ殿?その名は確か、錬鋼術を研究されている方であるが……」

「あぁ、如何にも。その声を聞くのも久方ぶりだ、ブルッグス」

そうオサカが告げた事により、ブルッグスは壁の向こうの相手に確信を持てた。

「いやはや、それはこちらの台詞。外の惨状は聞き及んでおりましたが、あなたも無事そうで何よりであります」

「ブルッグス。そのオサカち信用してよかとか、おいは知らんばってん……」

「何だと!四十年余り既に途絶えた錬鋼術を研究し続け、数週間前まで頻繁にこの地域を訪れていた人物であるぞ。少なくとも一目見た事はあった筈である!」

「お、おう。凄かとはわかった……ばってん信用出来るか―――」

「よかろう、儂が許可する」

躊躇うザンドの背後から言い放った声のはガドンだ。念の為にと奥で控えていたガドンであったが、相手が顔見知りであればあまり大事にはならないと考えての行動だ。

彼の傍らから少し遅れて土呼が静かに歩いて付いてきた。

 ガドンはゆっくりとした足取りで扉に近づき錠を開け、そのままの手付きで重い扉も開けた。すると扉の向こうにはヤキリの宣言通り彼とオサカ、そしてヤキリの傍らには火晴が立っている。

「やぁ、解錠ありがとう。そして信用してくれて感謝するよ」

壁に集まったゴログ族に向けてそう言ったヤキリは友好的な笑みを浮かべた。彼の言葉に偽りなどなく、それは目の前に立つガドンも重々理解している。

「ヤキリと言ったか、社長自ら来訪するとは思わなんだ」

「そちらこそ、わざわざ開けてくれるとはね」

「ガハハハッ!客人を出迎えるのは誰が出ようと同じ事、それともトーイ族では勝手が違うのか?」

「他の人は知らないけど、僕はしないかな。その為の弟たちだから」

お互い腹の内を隠す様に言葉を投げ合い、親し気とは言い難い空気が流れた。

それぞれ譲る気もないと言う様に睨み合う二人だが、これを断ち切って提案出来たのはオサカだけであった。

「さて、そろそろ本題に入っても良かろう。ここでは分が悪いのはどちらも同じ事、話ならそこな広場で行おうではないか」

「それもそうだな。それじゃあ、業務がある者は各々取り掛かり、この事は日暮れ時にでも皆に共有しよう!解散!!」

と、ガドンは扉付近にわらわらと集まっていたゴログ族へ力強く呼び掛け、やがてその場には来訪者の二人と一体、そしてガドンとザンドとブルッグスが残った。

辺りが静まり返った頃、ガドンはヤキリの方を見てこう告げる。

「ついて来い」

「はーい」

ヤキリの間延びした返事の後、ガドンらの後ろをオサカと並んで歩き出した。


 五人が着いたのは集落から少し離れた場所にある正方形の広い空間で、そこだけ草花が生えず地面は剥き出しになっている。ここはよく種族全員が集まる時等に利用され、最近ではドグが初めて踊った記念の宴で利用された。

よく踏み慣らされた大地は固く平坦で、のには十分な場所だ。特に今回の様な場面では最も適した場所だと言えるだろう。

その広場の中心に差し掛かった頃、それまで無言だった中をガドンが話を切り出した。

「単刀直入に言おう、お前たちの組織と話し合いだけで収まるものではないと思っている」

という言葉にザンドは驚きを隠せなかった。ガドンの方を向いて吠える様に言葉を投げる。

「親父!おいどんらはだいも傷付かんごとしようち言うたろ!?話し合いのなからんばどげんなるか―――」

「話は最後まで聞くのである。否定はその後でも遅くはないであろう」

ザンドの言葉を遮る様にブルッグスが苦言を呈する。やや不服そうな表情をするザンドだが、発しようとした声をそのまま飲み込んだ。

それから暫し間を置いて再びガドンが話始める。

「恐らくお前たちの様に頭が回る者と比べれば、教養のない儂らの考えなどたかが知れている。そうなればお互い険悪となり、今日でなくとも近い将来に衝突する事は間違いない」

「然り。どちらも死に絶えてしまえばここまで残った意味がないというもの、我らが共倒れとなれば帝国諸共滅ぶのとそう大差なかろう」

とオサカが同調し、それを肯定する様に頷きながらガドンが話す。

「そうだ、儂としてもそれは避けねばならん。互いにこの帝国の未来には欠かせない人材に溢れているしな。だがそれでも決着は付けなければならない、そこでだ」

そして一呼吸した後に話が続けられた。

「大将同士、一対一の勝負で決しよう。この申し出に乗らぬなら帝国の命運はそれまでだ」

「うん、いいと思う。早速ルールでも決める?それとももう考えてあるのかな」

と、ヤキリが賛同した事によって空気がやや和やかになった。少なくとも現状ではどちらの組織も共存が可能であるからだ。

ヤキリが投げかけた質問には少し間を置いてブルッグスが答えた。

「ではワガハイが審判となろう。ルールは簡潔に、殺生厳禁で負けを認めさせた方が勝利である。双方に異論はないであるか?」

これに対して各々が頷き、意を示す。

そして示し合わせる様にガドンとヤキリは広場の中心付近で互いに距離を取り、ザンドたち三人はやや離れた草むらから観戦あるいは審判する事とした。そして土呼と火晴はそれぞれガドンとヤキリの傍に立つ。勝負の前準備は整った。

 双方がしかと向き合った事を確認したブルッグスは大きく息を吸い、離れた場所でも十分に聞こえる声量で開始の号令を告げる。


「勝負、開始!!」


 猛々しい掛け声の後、先制を打って出たのはガドンだった。

「土呼の名の下に!!」

先程のブルッグスの声量に劣る事のない唸り声を上げ、豪胆な魔術を繰り出した。

地響きの様な音を立てながらガドンを囲むように土が盛り上がり、やがて四本の巨大な手を形成した。作り出されたその腕は大柄なガドンの倍はあろう程の高さだが、ヤキリからすれば三階建ての建物程の大きさだ。

 明らかに大きさが桁違いなのだが、これを前にしてヤキリが顔を強張らせる事はなかった。寧ろその逆で、楽しそうに笑っている。

そしてすらりと伸びる両手を天に掲げ、仰々しくこう宣言する。

「火晴の名の下にっ!」

その声で解放されたかの様に彼の背後が瞬時に燃え上がり、細やかな形成が行われていった。パチパチと火花を散らしながら燃え盛るその炎はやがて無数の腕となり、ヤキリの背後で揺蕩う様に広がっていく。

 距離を取っているガドンにも伝わる程の烈火の中心にもかかわらず、その身を焦がす事なく笑みを浮かべるヤキリに拳を打ち込む。強く握られた拳は目に見えて硬く、振りかざす様に飛び出したその土の拳は空気をも叩き抑える勢いがある。

 これを生身で喰らえば圧死も当然というこの攻撃を、殺生厳禁の勝負で用いられるのには些か強すぎるのではと思われるかも知れない。現にザンドもそれを危惧している。しかし、それは杞憂であったとすぐに分かるだろう。

 轟音を鳴らして地面に激突すると思われていたガドンの拳だが、それはしっかりと抑え込まれていた。程なくして焼ける音がしたかと思えば、巨大な拳が段々と黒い消し炭となって焼け落ちていく。ヤキリの背後から伸びた無数の腕が彼の頭上で拳を食い止め、そのまま燃やしているのだ。

 やがて無数の腕は一つの炎となって巨大な拳を飲み込んでいき、拳部分はほぼ崩れ落ちて地面に降り積もった。拳に纏わり付いていた炎が腕を伝う事はなく、まるで翼を広げる様に腕が順番に広がり元の場所へと戻る。


 少し離れた場所から見ていたザンドはなぜ強固な拳が崩れたのか分からず、茫然とした表情でガドンを見ていた。その様子を察してブルッグスがザンドへ声を掛ける。

「ザンド、今何が起こったか理解出来ていないのであろう。解説でもしようか」

「おぅ、短こう頼む」

「分かった、では簡潔に。先程親方が巨大な手の生成に使った土はこの広場にあった物で、植物は生えずとも土以外の物質が色々混ざっているものなのである。ともすれば土そのものは燃えない物質であろうと大部分が燃えてしまえば形成維持は不可能となり、やがて小さい粒になった土本来の物質に十分過ぎる火力で燃やされ焦げ落ちるという事である」

ザンドはブルッグスが語り始めた言葉を真剣な表情で聞き、時折り頷いた。

その解説を補足する様にオサカが口を開く。

「特にヤキリの炎は天使との相性が良い為か結社の誰よりも質が良いものでな。お前さんらに分かりやすく言うなら、鉄鉱石を溶かしておる温度の二倍程はあるだろうと思われる」

「に、二倍!?あすこのは相当熱かち聞いとったばってん、そいの二倍ち信じらるか!!」

と、にわかに信じ難いという表情で困惑するザンドに対し、ブルッグスは極めて冷静な言葉を投げ掛ける。

「しかし実際に起こったのだからこれが事実である」

「ばってんがら……!」

そう言うザンドに希望を持たせる様にオサカは話し掛けた。

「安心せい、この勝負はお互いを生かさねばならぬもの。例えガドンが負けたとて死にはしまいて」

正論ではあるがこの状況ではあまり納得出来るものではない。しかし勝敗を案じる事は何より無意味だと思ったザンドは、ガドンが大事なく勝負を決する事が出来る様に願う事にした。


 一瞬何が起こったか理解が追い付かなかったガドンだが、すぐに次の対策へ思案を巡らせた。その一方でこれ見よがしに誇らしげな顔をするヤキリは、後ろ手を組みながらガドンへ声を掛ける。

「中々良い炎だろう?実に質の良い火力を出せるお陰で研究に大活躍、出費も軽減されて最高だよ」

「ガハハッ!そいつは良かったなぁ、学者さん。それじゃあその火力とやら、少し試させてもらおう―――!」

と言ったかと思えば、彼を囲む様にそびえる三つの腕がヤキリ目掛けて伸びる。大きさからは想像もつかない速さで接近する腕だが、ヤキリは自身を囲む様に半球型に炎の腕を伸ばし対処した。

 先程の攻撃とは違いガドンの繰り出す腕は炎が燃え移る前に素早く離れ、再び拳を振りかざすと言ったものだ。拳の大きさ故に連続的な攻撃にはならないものの、一撃一撃が確実に重く響くものである。

 まるで巨人の足音の様に轟くその打撃音は幾度目かの後に突然静まり返った。ようやく無意味な攻撃を止めたかとヤキリが思い、開花する様に無数の炎の腕を解いたその瞬間。僅か数m先に拳が接近していた。炎の障壁である為、攻撃が止んだか視認出来ないのが仇となった。

 ヤキリは反射的に炎の腕を自身の前方に広く厚く展開させ、拳を正面から受け止めた。ギリギリの事で先程までの攻撃より重い衝撃がヤキリに伝わったが、目の前の自信の倍はあるだろう土塊に殴られるよりかは断然良い。

「ふぅ。危ない、危ない」

そう言いながら額を拭う様な仕草をしたヤキリだが、大して危機感を感じている様子はない。

そんな様子のヤキリを見たガドンは大きな声で話しかける。

「お互い、慣れない事はするものではないなぁ!」

「全く持って大賛成!」

と言い合って笑い声が零れるが、それでも交戦状態が終わる事はなかった。


 これまでの戦いの様子を真剣な面持ちで見ていたザンドはふと、素朴な疑問を口にした。

「なしてあん赤か男は親父に攻撃せんとやろか。したらすぐ勝たるとになぁ」

「だからなのだろう。ヤキリはこの勝負に勝てるのは自分だと既に確信しており、ガドンが繰り出す攻撃で実験を行っているだけに過ぎないやも知れぬ」

と、オサカはザンドの疑問に丁寧に答える。しかしそれでも訝し気な表情をするザンドへ更に語り掛けた。

「要するに、ガドンの魔術をとして対処しているのだ。自らの魔術調節も兼ねておるのだろう、度々背中の腕が増減されているのを見るに間違いなかろうて。当人としては真摯に向き合っているつもりなのだろうが、自身の行動を客観視しないばかりにお前さんが抱くような疑問がある事にも気づけないのだ」

「そげんもんか。学者が考えゆう事ち言うとはよう分からんばってん、真剣にしゆんなら良か」

そうして納得したのか、再び二人の勝負に目を見張る。


 ガドンが巨大な手による攻撃を止め編み出したのは、彼の拳と同じくらいの大きさの土塊数十個による連続攻撃だ。大柄なガドンと同程度の拳ともなれば、ヤキリにとっては頭半分程とそう大差ない。

 それほどの大きさの土塊が四方八方から投げ込まれれば、それを防ぎきる為に炎の熱量や正確さを高める必要がある。ヤキリは精神を高める様に瞳を真っ直ぐ見据え、死角には覆い隠す様に炎の腕を広げた。

 飛んでくる土塊一つ一つの速さはそれほど早くはないものの、同時に幾つか飛んでくる為段々と困難になっていく。しかし防がねば危険である事は百も承知で、出来る出来ないで片付けられない事となっていた。

 一方ガドンはと言うと、絶えず土塊を生成し放っては消滅させるを繰り返し続け、老体という事もあり息が上がりそうになっている。しかし、そんな素振りを相手に悟らせる事を嫌うガドンは大きく息を吸い、向かい側に立つヤキリにこう告げた。


「ヤキリィ!!お前のその火力と儂の力量、どちらがうわかここで決さねばなるまいな!!」


その黄色に輝く瞳は目前の黄燐の炎を映す様に煌めき、どんな鉱石より力強いものだった。

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