5. 神罰 (エリック)

エリック・ダージリアはこの国の第一騎士団団長である父親と朝の稽古をしていた。

エリックは騎士団長の父親をとても尊敬しており、

目指すべき目標にしていた。

騎士団長バウル・ダージリアは騎士としての腕も確かでありながら、愛妻家であり忠誠心の強い心優しい人間で、誇るべき存在である。

エリックはそんなバウルの背中を見て育った......

はずなのだが、非常に裏表の激しい性格に育ってしまった。

セレナーデが分かりやすい例だろう。

エリックは誰にでも良い顔をする。

それは、自分がいかに良い人間であるかを周りにみせたいからであった。

エリックは思ったのだ...

セレナーデに優しくするふりをすれば、自分は良い人間だと周りに分かってもらえるのではーーと。

だから、試しにセレナーデを守るふりをした。

すると、エリックは口々に褒め称えられたのだ。

その日からエリックは、自分に恋心を抱いている

貴族子女たちにセレナーデをいじめるよう指示し、セレナーデのいじめ現場に颯爽と現れて助けるヒーローを演じ始めた。

バウルであればそんなこと思い付かないであろう。

バウルは人を裏切るということが大嫌いなのだから...

だが、エリックはセレナーデに対して裏切りの感情など1ミリもないのだ。

ただ、自分が周りから良い人間だと認めてもらえば、バウルに認めてもらうことも、追い付くこともできるのだと信じていたのだ。


エリックは考える。

自分の指示通りに動いてくれる存在、エレミアに今日はどのようないじめを指示しようか。

そして、褒美はどうするか......と。


「おい、相手のことをよく見ていろ。

他のことを考えていては戦場から生きて帰ってこれないぞ。」


「ええ。分かっていますよ、父上。」


バウルはエリックが訓練中 他事を考えていたことを指摘する。

それをうけ、エリックはいったん考えるのをやめて稽古に集中しようとした。

二人が毎朝稽古をする場所は周りに何もない草原。

すると、エリックとバウルの頭上にまばゆい光が満ちた。

目を細め後ずさるエリック。


「エリック・ダージリアはあなたで合っているわね?」


上空を見ると光輝く美しい銀髪の女性と、金髪の女性が“浮かんでいた”。

エリックは驚いて声がでない。

しばらく沈黙が流れる。


「女神エリザ様の質問を無視するなど無礼な!!」


エリックが質問に答えられずにいると、金髪の女性が怒りをあらわにする。

銀髪の、女神エリザ と呼ばれた女性はエリックを睨む。


「私の名は女神エリザ。隣にいるのは精霊王ビビアン。人間よ!質問に答えなさい!!」


大声で告げられたその一言は今まで感じたことのない威圧感であった。

エリックは横にいるバウルを見る。

バウルは、


「何をやっている?!早く名のらんか?!」


と小声でエリックに告げる。

それにエリックはやっと状況がわかったのか


「申し訳ございません!わ、私がエリック・ダージリアで間違いありません!!」


と答える。

彼女たちが女神と精霊王であることは間違いない。


「エリック・ダージリア......おまえは私達がここへ来た理由がわかりますか?」


「......?」


エリックは何を言っているのだと思ってしまう。


「そう...分からないのね。」


そんなエリックを見て呆れた表情をするエリザ。


「じゃあ、簡潔に説明するわね?

セレナーデ・シュターナは私の愛し子なのよ。

そして、あなたは下らない見栄のためにエレミア・ノワールにセレナーデをいじめるように“指示”した。 違う......?」


「なっ?!」


エリックは驚いて目を見開く。

エリザは冷たくエリックを見下ろすと...


「自分がいじめの黒幕なのに正義のヒーローを気取って、セレナーデを助けていたけれど...

それって、将来国を守る騎士としてどうなのかしらね...?そういうのって、裏切りって言うんじゃないの?違う?!」


と畳み掛ける。

エリックとエリザのやり取りを見ていたバウルは、その内容に驚く。

自分の息子が、人を裏切るようなことをしていることも、人を駒のように扱っていたことも、その内容はどれも騎士としても人間としてもアウトであり、バウルにとって大嫌いな人間の特徴であったからだ。


「エリック!!どういうことだ?!」


バウルは声を荒げる。

気づけばエリックの胸ぐらをつかみ物凄い剣幕で怒鳴っていた。



「バウル・ダージリア!静まりなさい」


そこに、凜とした声が響く。

精霊王ビビアンが口を開いたのだ...

バウルは胸ぐらをつかんでいた手を離し、ビビアンをまっすぐ見つめる。


「お前が息子を愛しているのは知っているのよ。

そして、息子の間違った行いを正そうとしているのもね...父親の役目ですから。」


ビビアンは落ち着いた声でバウルに語りかけるように言う。


「でもねバウル。神の愛し子を“裏切った”罪は大きいの......私達は、エリックを許すことは出来ない。だって、セレナーデは本当にエリックに感謝していたの。その心を踏みにじったのだから、私達が怒るのは当然だと思わない?」


ビビアンが最後まで話し終わるのをじっと待つバウル。


「あなたのような素晴らしい人間が今回の件に巻き込まれるのを私達は許しません。」


バウルは諭されている。

エリザとビビアンは、エリックに罰を与えるのだ。

この世界で女神と精霊王の『罰』とは、即ち神罰のこと。

女神と精霊王が罰する人間以外を(その者の家族は)巻き込んではならないという決まりがある。

ここでバウルが取るべき行動は1つ......


「今回の件は、人間が人間を裁くのではなく

女神と私が人間を裁くのよ!!!」


ビビアンの、まるで罪状を告げるかのような声が響く。

バウルは横にいるエリックの方を向くと、


「エリック、親子の縁を切らせてもらう。」


「......っ?!な、何て...!?」


「女神様と精霊王が私を巻き込みたくないとおっしゃった。そう言われてしまったら、俺はお前と縁を切るしかない。それでも巻き込まれるかもしれないんだ...他に方法はない。」


バウルはこぶしを強く握る。

なかなかその場から離れない。


「バウル、即刻この国の王と宰相、そして摂政に

話しをしたいの。“女神エリザが話したいそうです~”って言ってきて?早く準備してちょうだい。」


エリザがそんなバウルに言い放つ。

バウルはそれにコクりと頷くと、エリックをその場においてゆっくりと王城に向かって去っていく。

エリックは力なくその場に座り込むと、

エリザとビビアンの方を見る。


エリザとビビアンの言う『巻き込まれる』とは、

何もしていない人が悪く言われるということだ。


「あなたは、バウルにも酷いことをしましたね...

ほんとバカだわぁ~」


「あなたみたいな人間が騎士を目指していたなんて笑っちゃう。結局父親に認めてもらえることも良い人間でもなかったわね。」



エリザとビビアンはこれから この国を支える三人と話す。そして今と“同じ”ようなことになるであろう未来を思い浮かべため息をつく。

バウルが息子の神罰の件を王に報告するまで

エリックへの断罪は待たなければならない。

その前に断罪してしまえば、この件に関してバウルが巻き込まれる。

目の前にいるバカを今すぐ断罪したいエリザであったが、先に王たちと話すことを選ぶ。

エリザはエリックを精霊城の地下牢に転移させると、ビビアンを引き連れ王城に向かった。








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