第17話 氷室 涼音
『氷室 涼音を生徒会長にするべきだ』
『氷室 涼音に清き一票を』
『神谷 志穂に惑わされるな』
……『神谷 志穂を堕とす者』、というユーザーの書き込みは、一日一日更新されていく。その度に氷室派の生徒達は突き動かされ、少しずつその存在をフォローし出していた。
対するこちらは、それとは違いグループで動いている。『神谷 志穂を応援する会』という団体で掲示板を暗躍し、こちらもまたフォロワーを確実に増やしていった。
「……今のところ、フォロワー数は会が217人、堕とす者が226人、か」
賀山くんの呟きに反応し、土屋くんが「五分五分ですね……」と眼鏡を触る。
「そして、肝心の世間の
俺は画面をスクロールし、彼らの様子を伺った。
『再検査もうすぐじゃね』
『俺は無難に神谷さんでいくわー』
『氷室に決めた』
『つかどっちでもよくね?』
『変わんなくてもいいよね』
「まだあんまり、劣勢にも優勢にもなってない感じっぽいね」
黒田さんが安堵と不安を交えたような声色でそう言うと、続いて土屋が分析した。
「まあ、様子を見ましょう。無論、堕とす者には注意を払いたいですが」
───ガララララ!と、そのときドアを開ける激しい音が耳を劈いた。俺達はとっさにそちらの方を見据え、その来訪者を知る。……それは、宮代さんでも神谷さんでもない、新しく見る顔だった。
「……あなた達が会ってやつね」
───雪を降らせたかのような薄水色の髪を伸ばし、射抜くような、整った氷のような瞳を向ける彼女は……それだけで、他者を圧倒してしまう。それは一歩を踏み出すと、その場の全員を見渡してから小さく息を吐く。
「……誰だ」
賀山が重低音を利かせた声でそう尋ねると、彼女はそれを一蹴するかのように答える。
「心外ね。せめて敵の顔くらい覚えておきなさいよ。……あら、一人私に見覚えのある子が紛れてるみたいだけど」
「───」
その言葉と目線に反応し、舌打ちしたげに彼女、黒田は目を背ける。……気づかれていたか、と、その表情は悔しげに溢れていた。
「尾行なんて子どもの悪戯みたいな真似、上手くいってると思ってたの?……生憎ね、泳がせておいたのよ」
「……あっそ」
彼女の罵倒に軽く返す黒田。……もう間違いない、彼女は、彼女こそが───、
「氷室さん、だね」
俺の確認に彼女───氷室 涼音は不敵な笑みを浮かべた。氷彫刻のような不動の在り方、態度、振る舞いは、なるほど、確かに生徒会長を目指す者に相応しいそれだ。その威圧に押されかけるが、俺は堂々と彼女に目を合わせて尋ねてみせる。
「何の用かな。何か、話があるとか?」
それに対し彼女はスマホを取り出す。そうしてこちらを睨みつけるかのようにその画面を突き出し、見せつける───。
「この『神谷さんを応援する会』……というのは、あなた達ね。掲示板を利用して人脈を広げるだなんて、必死さが伝わってくるわ」
「必死っすよ!バリバリ必死!必ず死ぬくらい本気なんで!」
永瀬くんが胸を叩いてそう豪語する。しかし氷室さんはなおも冷たい瞳を向け、次にそのユーザーを表示してみせた。
「……じゃあ、これはどちら様かしら?」
「───」
───神谷 志穂を落とす者、氷室さんが見せたのはそれだった。その正体を突き止めようとして、彼女はここに訪れたわけか。
「……そんなもの、俺達が知るわけないだろう。というか、お前すら知らなかったんだな」
賀山くんの言葉に氷室さんは「当然でしょ……」とスマホをしまう。
「こんな薄気味の悪い、どこの馬の骨とも知れないユーザーなんて私の味方じゃないわ」
「……酷く妄信しているようですが」
土屋くんがそう言っても、やはり彼女を取り巻く表情は変わらなかった。───ということはやはり、堕とす者というのは氷室さんと接触のない人物……か。
「とにかく、俺達は知らないよ。悪いけど、君の言う堕とす者の正体はわからない」
はっきりとそう断言すると、氷室さんは「ふっ」と小さく笑って───否、嗤ってみせた。
「───俺達は知らない、ね。でも、どうしてそう断言できるの?この中に裏切り者がいるという可能性を、どうしてそう否定できるの?」
「……裏切り者だと?」
賀山が睨みつけ、低い声色で威圧する。それを受け流した彼女は「まあいいわ」、と踵を返すと、そのまま部屋を後にしようとした。
「せいぜい頑張りなさい。勝つのは私かあなた達か───白黒付ける日は近いんだもの」
そのまま靴音を鳴らして歩く彼女に、俺は思わず尋ねていた。
「どうして、何が君を、そこまで駆り立てるの?……生徒会の建て直しなんて、一体何のために───」
「───」
その疑問には一瞬黙る。しかし次の瞬間にはもう、その答えを口にしていた。
「───私が私であるからよ。氷室 涼音が氷室 涼音なら、私は自分のまま行動するのみ、よ」
「───神谷さんみたいなことを言うんだな」
最後に口にしたそれには、彼女はもう……何も反応など示さなかった。
それだけだった。
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