第16話 戦記道中
───まず俺達ができることは、やはり掲示板に神谷さんの宣伝を書き込むこと。少しずつだが、放課後は会に集まり、着々と同じようにそんなことを続けていた。
書き込みを続けて4日目。その日、掲示板に書き込みをした後、変化は起きた。
「……おい、これはなんだ?」
賀山くんの指差す画面に、そのユーザー名が表示されている。タイムラインを泳いでいたときに見かけたそのアカウントのユーザーネームに、俺達は覗き込み目を奪われた。
ユーザーネームは、神谷 志穂を堕とす者。
「……なにこれ。誰?」
「───。わからない。でも、間違いなく校内の生徒だ」
黒田さんの疑問にそう呟く。しかしさらに目を引かれるのは、その呟きだ。
『氷室 涼音に票を入れたなら、この学校はさらに良くなる』
数十秒前の呟きだ。それは、名前と一致し神谷さんへの投票を妨げるようなやり方───悪意ある、紛うことなき敵であった。
「……」
そこで俺は気になって、そのユーザーのみの呟きを閲覧することに。……そこで見たそれらに、俺達は同時に息を呑む。
『神谷 志穂よりも氷室 涼音だ』
『氷室 涼音を支持せよ』
『神谷 志穂は欠落している』
『氷室 涼音氷室 涼音氷室 涼音氷室 涼音ひむろ すずねひむろ すずねひむろ すずねひむろ すずね』
「……なんだ、これ」
まるで冷たい刃に、背中をゾクリと撫でられたかのように───俺はその不気味に、打ち震える。異物感がうねるそのネットに貼り付けられた文章の一文字一文字、そのすべてが神谷 志穂を陥れようとする悪意の具現であった。
「気持ち悪ッ!なんだよコイツ!」
思わずそう怒鳴る永瀬くんに、土屋くんが口を開き、同じように評価する。
「……しかし見る限りでは、神谷嬢を嫌うだけでなく、氷室嬢を狂信しているようです。これは、タチが悪いですね」
「たしかに……。よっぽど心酔してるらしいな」
賀山くんが冷えた目でディスプレイを眺める。……そのユーザーアイコンは黒の手袋をはめた片手。残念だが、それだけでは正体が掴めるわけもない。もっとも、その手袋が本人のものという証拠もないが───。
「とりあえず今は、コイツの影響が生徒に出ないことを願うばかりだな……。もしもこれに共感が出れば、さらにフォロワーも増えて、神谷さんへの投票が減る───」
歯噛みし、俺は悔しげに言った。これが敵に回ることだけは駄目だ。まして、ここまでの悪意を拡散する者となれば───。
「……あ、そうそう。あたしもとりあえず、氷室への尾行はしてみたんだけど」
黒田さんがそう切り出すと、話題は黒手袋からそちらにチェンジする。
「おぉー!さっすが黒田ちゃん!じゃあ、さっそく聞かせてくれ!」
永瀬くんに頷き、黒田さんは髪をなびかせてから情報を提供する。
「あたしが狙ったのは放課後なんだけど……アイツは今のところ、あたし達が掲示板を利用していることは多分気づいてない。そんな素振りは見せてなかった」
「それは好都合だな。気づかれたんなら、対策もされるだろう」
賀山くんが不敵に笑う。それに共感し、黒田さんは続けた。
「次に氷室の近辺ね。やっぱり人脈はかなり広いらしいけど、帰宅は一人だった。……そのまま塾に通って、後はどこにも寄らずに帰ってたわ」
「じゃあ、特定の味方はいないってことか」
俺がそう決めつけると、黒田さんは「おそらくはね……」と返す。
それならやはり、氷室さんは単独で今回の申し込みをしたのだ。……教師やら強力な味方やらが盾になっているわけでもなく、本当に一人で。───それなら、少しは安堵する。
「私からはそれくらいかなー。……まあ、役に立つんならいいけど」
「ありがとう黒田さん。参考にするよ」
───しかし、たとえ一人でも生徒会の建て直しをしようとするとは……やはり、それこそが彼女の彼女たる性格なのだろうか。そこまでして、一体なんのために───。
「失礼するでー、会の皆さん」
唐突に、ノックも無しに開けられたドアに、俺達は一斉に振り向いた。見れば、そこには無邪気な笑みを浮かべていた宮代さんの姿が。
「……副生徒会長、何の用だ?」
若干の敵意を瞳にこしらえ、賀山くんは彼女の方を見据える。
「そんな人を射抜くような目線せんといてー?……あと、副生徒会長って長すぎひん?宮代でええよ」
「ちっ、相変わらず癪に障る」
それが賀山くんの最後の台詞だった。
「それで宮代さん、何の用なの?」
改めて俺から聞くと、彼女は目を合わせて口を開く。
「特にはないんやけど、まあ……会の活動は順調かなー思うてな?偵察って言うと聞こえ悪いから、様子見ってことにしといて」
「まあ、ボチボチだよ。今は掲示板を使って、校内の生徒に宣伝してるところ」
「へぇー、考えるなぁ。まあ、順調ならええわ」
「それなら帰れ」
賀山くんが冷たくあしらう。……というか、なんでこう賀山くんは宮代さんに冷たいんだろうか。───なにか理由でもあるのか?
「ええー、せっかく来てくれたんだし、お茶でも出そうぜー?」
「そうですよ賀山くん、歓迎してはいかがです?」
永瀬くんと土屋くんがそう言うと、渋々といった感じで賀山くんは「……好きにしろ」と不機嫌を隠さずに背を向けた。
しかし俺は彼らの提案に反して、彼女に声をかける。
「……宮代さん、せっかく来てくれたんだ。ちょっと話がしたいんだけど」
「え?須藤くんがウチに?……口説くんはしほりんだけに収めときー?」
「そんなんじゃないって……。とりあえず、廊下に出ようか」
そこまでを言うと、俺は彼女を背後に連れて部屋を後にする。その背には彼らの言葉が投げかけられるが、今だけは無視して彼女を廊下に出させた。
「……それでー?須藤くんはウチに、何の話なん?」
「いや、少し気になったことを聞くだけだよ」
「気になったこと?」
きょとんとする彼女を見据えて、俺は口に出す。
「───宮代さんはどうして俺を、この会に誘ったの?……一体、なんのために?」
「んー?それは前も言ったと思うんやけど、」
「俺達を団結させて、戦力にさせること?そうさせることで、君になんのメリットがあるの?」
「……ふえ?メリットってなんなん?」
切り込みを入れるが、まるで手応えがない。……これが俺の勘違いならそれでいい。それで終わりで構わない。───だが、やはり彼女はおかしい。
「一見したら、君は俺を会に入れることで、俺を手助けしてくれたように見える。……そう、一見したら───ね」
「一見もなにも、それが真実やん?」
「どうかな……。君は多分だけど、俺と会を利用して、神谷さんの奥底を覗こうとしたんじゃないの?」
「というと?」
「自分じゃどれだけ頑張っても彼女を笑わせたり、驚かせたり、喜ばせたり、怒らせたりなんてできないから、会を使って神谷さんのことを動かそうとしたんじゃないのか、ってことだよ」
「───」
そこで彼女は背を向けて、無人の廊下に瞳を向ける。……その背は小さく、そして冷え切っているようにも受け取れた。そして、
「……ああ、バレるのが早いわー。どうしてこうも君は、人を見抜くのが得意なんやろうなぁ?」
「───やっぱりか」
そこで彼女は振り返り、あのいつもの笑顔で、俺を見た。
「須藤くんの言う通りや。ウチはいっつもしほりんと一緒やった。……生徒会に入ってから、あの子と過ごしていく内に───いつからかウチの中には、あの子を思いっきり笑わせてみたいっちゃう想いが募ってたんや」
「……わかるよ。それは、俺だってそうだから」
空気さえも凍りそうなほど冷たい廊下に、彼女は温度を重ねた吐息を静かに生む。その瞳は薄暗く、どこか悲しげであった。
「でも、どれだけ試行錯誤を積み重ね続けても、しほりんは笑わんかった。何かに怒ったり、悲しんだり、葛藤したり、悩んだりっちゅうことも、一切顔には出さんかった……」
それが神谷 志穂だ。……故に、彼女は自分が自分であり続ける限り、顔を変えない。
「せやからウチは───諦めた。この想いを、捨てる他無かったんや……」
「───」
「それから、会と名乗る連中を見つけたんや。そっから彼らに接触して、話を聞いた。……ウチには酷く眩しく見えてな。あれほどまでに絶望的なことに、ここまで身を削って戦ってる奴らがいる───衝撃やった。ホントに……」
「じゃあ、なんで会に入らないの?」
「そんなことできひんよ。ウチはとっくに諦めたんやから……もう、何もできることはないと思うてな。まあ、そんなことを口走ったら、賀山くんには『弱い』言うて嫌われてしもうたんやけど」
───点と点が、線になる。そうか……だから彼はあそこまで、宮代さんのことを。
賀山くんの熱血さえも、きっと彼女には眩しい陽に見えるのだ……。だからこそ彼女はその戦いに近づくことができない。きっとそれこそが真実なのだろう。
「───さっ、辛気臭い話はこれで終わりや!まあせいぜい頑張ってな。……君はウチみたいに、負けんように」
「……わかった。宮代さんの分まで、俺はやるから。───だから、見てて」
「───うん、ちゃあんと見とる。だから、叶えてな」
その言葉に、俺は力強く頷いていた。
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