第15話 作戦④票を集めろ!

───会が結束した放課後の次の日、俺は休み時間になると、神谷さんに話を切り出した。


「突然なんだけどさ、神谷さんって最近悩みとかある?」


「……悩み、ですか?特にはありませんが」


「そこをなんとか!」


「なんとか、と申されましても……」


あからさまに怪しい俺の質問に、神谷さんは項垂れる。……たしかに、傍から見たら馬鹿げた言動だった。


しかしそれでも、考えに考えてくれた悩みを、神谷さんは渋々口には出してくれた。



「───票」



「……え?」


その単語の意味がわからず、俺は彼女に聞き返していた。すると彼女は、その委細までもを口にしてくれる。


「近々、生徒会の会長再検査があるのです。そこで全校生徒一人一人から票を貰うのですが、そこで票が一定数未満の場合、私は生徒会から離脱しなくてはならなくて───」


「……そんなシステム、一年のときは無かったよね?」


「はい、今年から導入したものですから。……その再検査で票が入るかどうかが、強いて言うなら不安ですね」


「なるほどね───」


「しかし、急にどうしてですか?あなたが私の悩みを聞きたがる理由が掴めませんが」


「いや、少し気になっただけだよ。気にしないで」


少々強引な聞き方ではあったが、ひとまずはこれで情報収集完了だ。さて───そうなれば後は、やることは決まっている。


「神谷さんの今の悩みは───再検査だ」


放課後の会にて、俺は一同を見渡してそう宣言した。


「なるほど……票が一定数未満の奴は蹴り落とされ、次の担当が割り出されるわけか」


賀山くんに頷き、俺は続けた。


「神谷さんの笑顔が見たいなら、やっぱり彼女が喜ぶことをしてやるべきだと思う。……そこで、これからこの会は、神谷さんの再検査サポートに徹したいんだ」


「でもさあ、あたしらがなにもしなくても、神谷ちゃんなら余裕で票なんて稼げるんじゃないの?……あのカリスマ性を持つ彼女が、まさか再検査で堕ちるとは思わないんだけど」


黒田さんの言葉はもっともだ。だが───と、俺は一枚のプリント用紙を彼らに提示する。


「……それはなんですか?」


疑問をなげかける土屋くんに、俺は説明を始めた。


「そもそもどうして、今年から生徒会の再検査……なんてものが導入されたと思う?普通なら、その時期になったタイミングで会員の入れ替えがあるはずなのに。急にこんな制度は、どう考えてもおかしいだろ」


「つまり、原因があるってことか?」


賀山くんが訝しげに尋ねた。……そう、原因。それは確かにあるのだ。


「ああ。このプリントに書かれたが、今の生徒会の建て直しを申し込んできたんだよ。───氷室 涼音ひむろ すずね。単なる一般生徒だ」


「は?……なんで一般の生徒の意見一つで、全校が再検査に動くの?」


黒田さんの疑問は、つい先ほどまで俺が抱いていたものだった。神谷さんの話によれば、氷室さんにはある特殊性が備わっているのだとか。


「───神谷さんに負けず劣らずのカリスマ性、人脈、意見の言い方がそうしたんだってさ。聞けば氷室さんは、よほど人を動かすのが上手いらしいね。……この再検査だって、氷室さんの意向が教師達を動かしたことで生まれた制度なんだよ」


「……はぁ!?そんなのアリかよー!?」


それまで聞いていた永瀬くんが叫ぶ。……無理もない。あまりに強引なその手法は、理不尽とも捉えられる現象だ。


「そんな氷室嬢が攻めてくる以上、神谷嬢も必ず勝てる見込みは無いということですか」


「そうだ。……だから、ここで俺達が動こう」


土屋くんの発言に被せて、俺は力強くそう言った。



。ここで俺達が、神谷さんを勝たせるんだ」



会全体を見据え、俺は宣言する。……そう、これまでとは違い、今回の作戦は極めて本格的だ。それも、単独ではなく複数人───。


「それで……肝心の作戦内容だが、どうするつもりなんだ?」


賀山くんがそう言うと、一同もまた俺を見据えた。……そうだ、ここが重要なところ。敵の度量が度量なら、こちらも相応な作戦を用意するべきなのだから───。


そこで俺は土屋くんを見やり、口を開いた。


「土屋くんは言ってたよな?パソコン系が得意だって」


「……ええ、一応はですが。それがなにか?」


「それなら、ネットを経由して生徒達の票を稼ぐことも容易じゃないか?」


「───。なるほど、ですね」


「……掲示板ってなんだー?」


永瀬くんの問いかけに頷き、土屋くんは引き継いで説明をしてくれた。


「学校の生徒達が利用する、校内用の掲示板というものがあるのです。そこで彼らを動かすことができれば───神谷嬢への票もおそらく集められるでしょう」


「すごいじゃん……それなら、いけるかも」


感心したように呟く黒田さんに「ああ」と頷く。……しかしそんな彼女にも、手伝ってほしいことはあった。


「黒田さんには、それとは別に頼みたいことがあるんだけど……」


「……お、あたしー?なんでも言ってよ」


「ありがとう。黒田さんには、氷室さんの尾行をお願いしたいんだ」


そう、敵の近辺はやはり知っておきたい。……尾行と言えば聞こえは悪いが、情報収集の一環と考えるようにする。


「おっけー。そういうのはあたしの十八番だね。……引き受けるよ」


自信満々に不敵に笑う彼女。どうやら、腕は信頼して良さそうだ。


「さて、それじゃあさっそく……始めようか」


すると土屋くんはパソコンを立ち上げ、その例の掲示板に移動した。


『鏡月高校生徒掲示板』


「これですね。……では、どう宣伝してみましょうか?」


悩む土屋くんに、永瀬くんが思いついたように言った。


「まあ、手始めに神谷さんの魅力でも書き込めばいいんじゃね?」


「いや、ちょっと待って。───」


そこで俺はタイムラインをスクロールし、今の生徒達の話題を読んでみる。


『再検査、どっちに入れる?』


『悩むけど、氷室さんかなー』


『多分俺も』


『正直どっちでもいいw』


『興味無いわー』


『神谷さんでもいいけど、私は氷室さん』


「……なるほど。今のところは氷室さんが優勢か───」


歯噛みしたくなる現状だが、仕方がない。それにしても、あの神谷さんを押しのけるほどの陣形を取るとは───氷室 涼音とは、本当に一体何者なのだろうか。


「掲示板の意見は、氷室に入れる者と、そもそも再検査に興味すらない者で分かれてるみたいだな」


賀山くんがそう分析する。たしかに、大方はそれで間違いはない。……悔しいが、神谷さんへの票を入れたい人間はほとんどいなかった。


「……さて、どうしようか」


───ここからの攻撃の仕方次第で、掲示板の彼らは大きく動いてくれるはず。


まずは小手調べに、始めてみようか。

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