第13話 会に誘われし者
『───会と呼ばれる連中に会いにいくことを勧めるわ。きっと須藤くんとは気が合うと思うから』
その言葉を耳にして翌日の放課後、俺は宮代さんに教えてもらった場所を目指して、特別棟の三階の廊下を歩いていた。
……特別棟とは、本来旧校舎の別名らしく、現在は使われていない学校の施設の一部であった。その利用価値は物置として認められ、今では誰もが好んで入る場所ではなくなっている───が、別に立ち入り禁止区域ではないため、こうして一般生徒の俺でも簡単に入ることができた。
「寒……」
冬の低気温が目立つ。特に特別棟は人の出入りもなくボロいため、隙間風もよく入るのだ。……よくもまあこんな場所で活動してるよな、と、俺は内心で零す。
コツコツと響く俺の足音だけでも、耳の内側によく刺さる。まるでここにいると、この世から自分以外の人間がすべて消え去ってしまったかのようにさえ感じられるのだ。───さっさと、その会とやらを見つけたいところだが……。
「……ん?」
そこで見上げた部屋のネームプレートに、俺は目を奪われた。そこには、書道の一筆書きで大きく、会、と書かれている。
「ここっぽいな。……やれやれ、本当にあったとは───」
閉ざされたドアの向こう側からは、人の声や気配はない。……まさか留守?もしくは、今日はもう解散したのだろうか。
『会の連中は週七で活動しとるんや。平日は放課後16時から18時までみっちりな。……連中が休むことはそうそうないから、行けば会えると思うで』
そんな宮代の言葉を思い出し、やはり活動はしているのだろうか、と考える。まあどちらにせよ、部屋を見てみればわかることか───……。
そこで俺は気を取り直して、そのドアをノックした。
コンコン、と、虚しいノック音が無人の廊下に響く。あれ……反応無しか?
「───」
鍵は、と確認をすると、開いていた。少しだけ開いたドアがそれを証明すると、入ってみてもいいのではと少しだけ思った。無人ならそれでいいという気持ちで、俺はそのドアをゆっくりと開く───。
「───!?」
そこで見た部屋の光景は、予想外なものだった。
複数人の男女が円を作るようにして部屋の中央を囲い、椅子に座って何かを唱えている。……呪術の展開のような儀式じみたことを行っている彼らを見て、俺は数秒口を開けっ放しにしていた。
「───あ、あのー……」
「───」「───」「───」「───」「───」「───」「───」「───」
俺の呼びかけには応じず、彼らはなおもその口元からダラダラと呪文を小声で唱えている。……なんだこれ。本当になんなの?
「あのー!会について教えてもらったので来てみたんですけどー!」
「……教えてもらった?この場所を?」
ピクリと眉を動かし、その中の一人の、赤毛の無造作な髪の男が反応を示す。聞く耳を持ってくれたチャンスを逃さぬため、俺はそこで畳み掛けるように言った。
「はい。興味本位ですけど、見学しに……」
「……誰から?」
「はい?」
「誰から、この場所を聞いた?……ここは学校の裏側の世界、会とは本来一般生徒の耳には届かないような闇の部分だ。───誰からここを聞いたんだと聞いている」
詰め寄るような言い方をする彼に、俺は正直に話した。
「宮代さんから……ですけど」
その名前を耳にした男は、直後に舌打ちしてから目を背けた。
「ちっ、副生徒会長か……。まったく無駄な情報を流しまくる女だ」
「それで……ここがその会ですよね?」
「ああ、そうだ。宮代に伝えておけ。……詮索しすぎるなと」
立ち上がり、男は近くの机を勢いよく蹴り飛ばした。それからなおも席に着き呪文を口にし続けている彼らを見渡して叫ぶ。
「お前らっ!招かれざる客の来訪だ!さっさと茶の準備でもしやがれ!」
「……はっ!?来客!?全然気づかなかった!」
くるくるパーマの茶髪の男子が反応して立ち上がる。まるで催眠から目覚めたような起き上がり方をした彼に続き、三人目のマッシュヘアの眼鏡をかけた男子も目を覚ます。
「……お茶の用意だね。了解したよ」
「……お茶なんて出す必要あるの?メンドーなだけよ……」
愚痴りながら、最後の一人も立ち上がった。彼女はこの中では唯一の女子である。少しボサボサな黒髪はだらりと流れ、心なしか目元の隈も目立っていた。
個性派な彼らは騒がしく動き回ると、気づけば椅子もすべて片付けられる。そうして出来上がった長方形の机には紅茶が一つ置かれ、その手前に一つの椅子が用意される。……ここに座れということか。
そして目の前には同じ椅子が四つ並べられ、そこに彼らが座るであろうことが簡単に予想できた。それは的中し、俺達は面接のような形で座ることに。
「さて、まずは肩の力を抜いてもらおうか。貴重な客だ、取って食いはしないから安心しろ」
赤毛の男にそう言われはしたが、そう簡単に抜けるわけもない。俺はしばらくの間、緊張の糸に全身を縛り付けられるのだった。その様子を見て、黒髪の女子が「あんたも二年なら、同い年だからタメでいいよー」と口を開く。……それでもやっぱり、変わらないものは変わらなかったが。
「お前はさっきこう言ったな。この俺達に興味があってやってきたと……。つまりそれは、お前も神谷 志穂の虜だという認識でいいのか?」
「と、虜……なのかな。まあ、友達なのは間違いないと思うけど」
───ガクーン!と激しい音がしたかと思えば、なにやら目の前に座っていた赤毛の男子が思いっきり椅子から転倒していた。……今度はなんだよ。
「……ふ、ぐっ。お前───あの神谷さんと、友達、だと!」
「友達!?友達って、フレンドの方!?それともま●ちゃんのおじいちゃんの方!?」
「それは●蔵ですね」
茶髪の男子が声高々に叫ぶと、眼鏡の男子が冷静に述べた。友●は置いといて、俺と神谷さんが友達同士なのがそんなに衝撃なのだろうか……。
「この会のメンバー全員が未だに成し遂げられない夢───神谷 志穂と友達になることを……そうも軽々と乗り越えるとは!」
「……は?」
思わず素の声が零れてしまう。
「すみません、僕達は会とは名乗るものの……未だに彼女とは友好的な関係を築けてなどいないのです」
眼鏡の男子の言葉を受けて、俺は思わず「そうなんだ……」と全員を見渡す。
「つまりここにいる皆って……俺より奥手なファンってことですか」
───なんか思ってたのと違った。
【俺の会への印象】-1
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