第12話 副生徒会長、登場やで!

なみなみと注がれたコーヒーは、カップの奥底から湯気を上げる。少しばかり薄暗いこの部屋の中では、その湯気さえ目で追うのは難しかった。


その暗がりを気にして、彼女───副生徒会長、宮代 みやしろ ゆかりは部屋の電気を点ける。するとコーヒーを二人分注いでいた神谷は、目線を入室してきた彼女の方へと切り替えた。


「……電気は極力点けたくなかったんですが。学校の電気代が浮きますから」


「せやけどなぁしほりん。目を悪くしたら元も子もないで?……それに学校の資金がどうのこうのなんて、ウチらには関係ないやん!」


「いえ、生徒会の人間たるもの、そういった経済面も考えるべきですよ。……よって、電気は極力消すべきです」


「───そりゃ、視力4.0のしほりんからすりゃあそうやろうけどな……。ウチは目が悪いんよ」


そういって宮代は苦笑し、コーヒーを手に取り一口を呑む。それから「相変わらずしほりんの淹れるのは美味いなぁ」と零してからテーブルに戻すと、一つの疑問を口にした。


「あれ?他の二人は来ぃひんの?」


「はい。鬼島きじまくんは臨時の部活集会、春川はるかわくんは腹痛で早退しました」


「ふぅん……。じゃあ、今日はすることもないん?」


「そんなことはありませんよ。生徒会は二人でもできます。……そうですね、今やるべきことは、学園祭の資金分割管理でしょうか?」


「えぇー!もうやるん?まだまだ余裕あるからええと思うんやけどなぁ」


「後回しにするのは、信条には合いませんから。それに、早く片付けた方が楽ですよ」


「せやけど……はぁ。相変わらず、しほりんは超が付くほど真面目やね」


肩を竦め、彼女はやれやれと首を横に振る。薄く緑がかった髪はセミロングに流れ、月の形を模した髪留めは片方に付けられている。彼女に似て小柄な体躯な宮代は、神谷と並べば姉妹のようにも見えた。


「ところでしほりん、最近なんかこう……あったりするん?」


「……?質問の意図がわかりませんが」


「いやな、最近しほりん、少し声の張りとか口数とか、変わったやん?……なんか良いことでもあったんかなーって」


「───。良いこと……ですか。さあ、心当たりはありませんね」


その返事にニヤーと口元を緩めた宮代は、小突くように神谷に近づきさらに問い詰める。


「嘘やん、しほりーん!……好きな子でもできたんやろー?じゃなきゃ、そんな風に簡単に明るくなんてなれへんで?」


「……そんなことはありません。元々こうですから」


しかし、神谷は頑なにその線を否定する。それでようやく諦めがついたのか、宮代はガッカリそうに「ふぅん……」と後退った。


と、そのときだった。二人の雑談する生徒会室のドアが、慌ただしく開いたのだ。


「───あっ、いた!神谷さん、忘れ物したでしょ!」


須藤がドタドタと駆けつけてきて、神谷の目の前までやってくる。


その顔を見て、宮代はニヤリと笑う。……へえ、この子が噂の───、


「須藤くん?私、何か忘れ物をしてしまいましたか?」


「うん、これ。神谷さんの筆箱じゃない?机の上に置いてあったけど……」


「……本当ですね。これは失礼しました。須藤くん、届けにきてくれてありがとうございます」


ペコリと一礼し、彼女は筆箱を受け取った。そこで宮代は須藤の肩に両手をポンと置き、親しげに声をかけた。


「君が須藤くん?……へぇー!しほりんが君にねぇ?」


「わっ!?な、なになに?」


突然の女子の接近に、思わず戸惑ってしまう須藤。それを一瞥し、はぁ、と小さくため息を吐いた神谷は、すぐにその行為を注意する。


「……宮代さん、須藤くんが困っていますよ。あなたは彼と初対面なのですから、まずは自己紹介から始めたらいかがですか?」


「あっ!いっけなーい♪ウチったら、悪癖晒してしもたわー」


「あ……もしかして、生徒会の人ですか?」


「せやで!ていうか、敬語はええよ。君とウチは同級生やから。───宮代 縁、よろしくな!」


「宮代さん、か。俺は須藤 日向。……ええっと、神谷さんと同じクラスで───」


「よーぅ知っとるよー。隣の席なんやろ?……で、どうなん?の方は♪」


「───はっ!?何言って……」


何もかもが唐突な宮代に驚愕し、須藤は後退る。彼女はこういった他人の恋バナが大好きで、このような発言に出てしまうことが多い。……それをよくわかっていた神谷は、「気にしないように」と釘を打つ。もちろん無表情で。


「じゃ、じゃあ、俺はもう帰るね……。神谷さん、宮代さん、また明日」


「はい。また明日」


「あっ、ちょっと待ってもらってええ?須藤くんに話があるんやけど」


引き止める宮代に疑問符を浮かべた須藤であったが、すぐにその身を引っ張られ廊下に出される。……そこで須藤は「どうしたの?」と尋ねると、ようやく宮代は本題に入ってくれた。


「あー、お節介かもしれないんやけど、もしかしたら、んや」


「───手助け?」


「君、あれやろ?───しほりんのこと、変えたいって思ってるんやろ?」


「……!なんでそれを、」


「たまーにしほりんが話してくれるから、そんな風に感じてたんや。……『クラスメイトの男の子が、やたらと自分のことを色々なことに誘ってくれる』みたいな」


「……」


黙り込んだ須藤に、引き続き宮代は言った。


「しほりんは学校の華や。……いや、単に華やってるわけやない。成績超優秀、運動神経超抜群、素行品行完璧主義の、非の打ち所が存在しない天才───幼少期から孤独を貫くような生き方をしてきた故に、


───それは、カラオケの帰り道でも本人から聞いた話だ。友達とはあまり関わってこなかったから、人との会話でどんな反応を取れば良いかわからず、常に無表情になってしまう……とか。


……そういえば聞いたことがある。優秀な人材を作るには、どの方法を取るのが最適か。


───それは、集団から抜け出し、個人のみで取り組むことだ。


もしも神谷さんの家庭が、神谷 志穂を優秀に満ちた人間に育てようとしたなら……やはり同じように切り離して、何もかもを一人で、独りでやらせたのだろうか───。


だとしたら、やっぱり───神谷さんは、可哀想な人間だと思った。


「だから君は、しほりんの無表情を壊したくて……色々と試行錯誤をしてるんやない?」


「───っ、」


「ああ、図星やね。……でも、それ自体は良いことやと思うんよ。好きな子の笑顔くらい、誰だって見てみたいもんやからなぁ……」


「す、好きって……」


「赤くならんの!……そこでや、君はこう思うたことはない?───自分以外にも、ってことに」


「……え?」


そこで言われた言葉に、目を見開く。その反応を伺いながら、宮代は最後にその情報を提供し始める───。



「───『』と呼ばれる連中に会いに行くことを勧めるわ。きっと須藤くんとは気が合うと思うから」



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