第2章 彼らと彼女の試行錯誤戦争!
第11話 体力テスト!
俺の名前は須藤
夢といっても、『あの大学に入りたい!』とか、『将来はあの職種に就きたい!』とか、そういう類のものではない。……俺の目標は、
───同じクラスの女の子、神谷 志穂の無表情を壊すこと!だ。
「おはよう、神谷さん!」
「おはようございます、須藤くん。今日もいい天気ですね」
髪を掻き上げ、整った綺麗な瞳をこちらに向ける可憐な美少女───この学校の生徒会長兼、このクラスの学級委員長だ。
彼女を構成する要素は、『完璧』。厳格な家柄で育った彼女は常にトップだけを目指す、まるで帝王学のような在り方を修得させられ続けてきたという。……まあ要するに、超人ってわけだ。俺みたいな有象無象の中に紛れ込むような石ころとは違う、天と地の差に立っているような人間───。
「ねえねえ、神谷さん!───じゃーんっ!」
両手で顔を捻り、変顔になって彼女の方に向き直る。しかし彼女はそれをなんとも思わず、ただ一言、
「……朝のホームルームが始まるので、早く席に着いてください」
と、呆れた声色でそう呟いた。……こんな感じで、彼女は決してその無表情を崩すことはない。
しかし彼女と過ごす中で、一縷の希望が見えてきたのもまた事実だ。気のせいかもしれないが、最近の彼女は口数も増え、声も少し大きくなってきた気がする。その変化に密かな喜びを持ち始めたのは、自分でも気づいていた。
「ところでさ、今日って体力テストあったよね?神谷さん、また学年一位を目指すの?」
「……私はベストを尽くすのみです。無論、やるからには一位しか目にありませんが」
「さっすが。俺はまた平凡な点数しか取れないんだろうなぁ……」
───今日の体育では体力テストが予定されている。種目ごとに点数が設定され、その総合点でABCと評価を付けていくものだ。俺はというと、中学はテニス部で、高校からは帰宅部になったために、体力には取り立てて自信はない。……まあせいぜい、平均点数さえ取れていればいいという意気込みである。
しかし無論、ここにいる神谷さんは違う。彼女は常に一位しか眼中にないのだ。聞いた噂では、小中高と体力テストの類はすべて満点。全国一位にも匹敵したとかなんとか……だとしたら、ますますバケモノレベルの人種である。
───そうして、体育の時間はすぐにやってきた。
クラスメイト全員で体育館へ移動し、軽い準備体操をしてからテストに入る。最初の種目は、握力か───……。
「ほら、須藤の番だ」
前の出席番号の奴から計測器を受け取り、思いっきり腕に力を入れて計測開始。
結果は、右→47.6Kg 左→42.5Kg
……まあまあ、かな。うん。個人的には及第点だった。
向こうの女子組をちらっと見ると、なにやらザワついているのが目に入る。……なんだ?
よく目を凝らすと、神谷さんを取り巻いて彼女達が騒いでいる。その声の数々は、称賛と驚愕に満ちていた。
「神谷さん、凄い!」「男子よりも力強いんじゃん!」「その細身で、なんでそんな握力強いの!?」「尊敬しちゃう!」「やばいやばい!」
……どうやら、神谷さんが超人的な記録を打ち出したらしい。───そこまで騒がれると、神谷さんの握力気になるぅぅぅ!
「……か、神谷さん!記録どうだった?」
だからついつい、男子組から抜け出して彼女の方へと向かってしまう。すると神谷さんは少し驚き、しかしすぐに平静を取り戻した。
「なんですか須藤くん。私の記録なら───そちらに記載していますよ」
「ちょっと見せてもらってもいい……?」
「構いませんが」
そこで見た記録表に───俺は目を見開いた。
右→71.2Kg 左→75.1Kg
「はぁぁぁぁぁぁッ!?」
肺の底から叫んでいた。……というか、幻覚かと思い何度か目を擦ってもいた。しかし不変の記録はやはり不変で、動くことも、その数値が変動することも当然ない。神谷 志穂の残した事実のみが、そこには記されていた。
「にしたって、バケモノにも程がある……。その細腕から、どんな馬鹿力だよ……」
ぼそっと呟くと、神谷さんは頬を膨らませてジト目になり言った。
「……失礼ですね。それなら、握手でもしてみますか?」
「嫌だよ!?一生シャーペン持てなくなるから!」
70代の握力を恐れ、俺は退く。……ラグビー部のゴリラがやっと出せるような記録をこうも軽々と打ち出す彼女は、やはり尊敬を超えて畏怖を抱いてしまう。
「……こりゃあ、とんでもない美少女だな」
そんなこんなで、握力測定は終わった。
次は上体起こしだ。同じく体育館でペアを作り、さっそく計測に移る。とりあえず俺は神谷さんの記録を生で見てみたい欲求があったため、神谷さんが先攻だと聞きつけて後攻にすることに。
そこで俺はペアの男子を支える側になって、横目で彼女の上体起こしを見てみることに。そこで見た光景は───、
───ヒュンヒュンヒュンヒュン!!
まるで影分身のような俊敏さで、彼女はその小柄な体躯を動かしていた。
結果、20秒という中で、彼女が打ち出した記録は───、
66回。
「……す、凄い」
語彙力がその程度しか無くなった口で、俺は素直に彼女を絶賛する。そこからの体力テストでも、彼女はすべてありえないほどの記録を残していった。
【50m走】 5.2秒
【ボール投げ】75m
【立ち幅跳び】3.5m
【20mシャトルラン】158回
……人外ですか?思わず、そんな疑問を投げつけたくなるほどの実力であった。とりあえず俺が思ったことは、これならオリンピック競技でも通用するのではないかということだ。少なくとも、俺が向こう側の関係者なら、間違いなく彼女をスカウトする。
すべての種目が終わり、教室で制服に戻った俺は、戻ってきた神谷さんに声をかけた。
「神谷さん、お疲れ様。……いやぁ、相変わらず凄いね」
「須藤くんも、お疲れ様です。平均は越えられましたか?」
「あなたが言うと皮肉にしか聞こえない……。まあ、こっちはボチボチかな」
そこで俺は「そうだ」と後ろ手に隠していた天然水のペットボトルを一つ、神谷さんに渡した。
「はいこれ。……喉乾いたでしょ?」
「……急になんですか?嬉しいですが、そう簡単に受け取れはできませんよ。これはあなたが飲むべきです」
「いいっていいって。そんな、一本くらい奢るよ。……まだ、理由が必要なら───そうだなぁ。この前教材を選んでくれたお礼ってことで」
「それは、あなたも私の服を選んでくれたから相殺なのでは……?」
しかしそんなやり取りも下らなく感じたのか、彼女はやがて負けたようにそれを受け取り、「……ありがとうございます」と零してくれた。───できればそこで、笑ってほしかったんだけどなぁ。
するとそんなときだった。向こうから、ドタドタと騒がしい足音が聞こえてきたのだ。……それは廊下から教室に押し入り、集団で神谷さんの正面まで詰め寄った。
「いやぁ、やっぱり凄いね神谷さん!」「部活、今は弓道部だっけ?ねえねえ、良かったらサッカー部も入ってよ!」「あっ、ずるいぞお前!それなら神谷さん!うちの男子バスケ部にも───」
……部活の勧誘が、束になって攻めてきたらしい。それはそうか、と俺は傍目で頷いていた。聞けば前々から、多種多様な部活からこういった話を持ちかけられているらしい。
「……考えておきます、という返事は何回目でしょうか。今は兼部をしている余裕がないので、また改めて決断します」
「「そんなぁーっ!?」」
───彼らの悲痛な叫び声が、天高く舞い上がった。
【得点】 須藤1 神谷4 勧誘軍団-1
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