第10話 作戦α 大食い対決!後編

───テーブルに積み上がっていく、両者の空になったラーメンの丼。その数なんと、互いに12となっていた。


「……やるではないか、素人のお嬢さん」


「……まだまだ。この程度で根は上げません」


信じられるだろうか?神谷 志穂という人間は、これまで別に大食いに力を入れてきたことはなかったのだ。単に負けず嫌いで、勝利だけを見据え続けてきた、それだけの少女───如月の言う通り、本当にただの一般人である。


にも関わらず、敗北はありえないとする信条を持つ彼女は、それだけの信念でここまでを……12個のラーメンを食し、なおも平気でいる。それは紛うことなき才能、言い換えれば───だ。


「……如月さんのこれまでのラーメン大食いの実績は、たしか最高で17───あと少しで、限界……っ、」


ゴクリと生唾を呑み、店主が緊張に体を震わす。その両者の潔い闘いの果てを、その途中経過の一挙手一投足すべてを、彼はその双眸で捉えていたのだ。


「それにしても彼女は……一体何者なんだ?あの如月さんと渡り合い、しかもまだ疲労を見せないだなんて───」


如月の力量にも脱帽するが、店主がそれよりも注目したのは、その少女の紛うことなき実力だ。彼女は休憩を挟みはするものの、先ほどから一定のペースで食し続けている。これはまさか、と……店主は目を見張ってしまった。


「大食い界の強豪が、産まれるかもしれないな……」


その呟きが、二人の放つ熱に掻き消され宙に溶ける。


「……ぐっ。なぜだ……なぜ、君は顔色一つ変えない?その平然はどこからきている?」


「プロの方からそう言ってもらえると、感無量ですね。しかし私は、ただ勝利のために全力を尽くしているだけですよ」


「は……勝利のために、ね……。それは、凄いな───」


それくらいのことしか口走ることができず、如月はテーブルに突っ伏する。が、次の瞬間にはもう……あのいつもの貫禄で、眼光で、強気な表情で、すぐさま復活を取り戻していた。


顔を上げた彼の中に燃える、闘志という名の命の全部が───瞳に宿り始める。そうだ……『無限を秘める胃袋』が、こんなところで立ち止まってはいけない。なぜなら自分は、無限を生きる魔術師なのだから───!


「……ならばよし。ここからは俺も、弱気をかなぐり捨てて立ち向かおう。君の信念がそうであるように、俺の中のそれも叫び続けているのだから。───勝利っていうゴールを欲しがって!」


「……如月さんが、覚醒した!」


店主が目を見開く。……そういえば聞いたことがある『無限を秘める胃袋』という肩書きは、あくまでものそれでしかないという噂───如月 夏目を表す真の二つ名は、もっと別のところにあるということを。彼を意味するもう一つの名前、


それは───『』!


「……面白いです。勝利にひたすらに拘る人間は嫌いではありません。あなたがそう在るのなら、私もまた全力で立ち向かいましょう」


「笑止!ならば俺も我が宇宙に従って君を打ち砕こう!───無量大数の細胞の一片一片が、勝利という名の美酒を求めて叫んでいるのだから!」


そうして二人は、息を合わせて宣言した。



「「バター醤油ラーメンを、もう一つ」」



戦士達の宣言を受けて、店主は「あいよ!」と厨房へ。そうしてやってきたそれに、二人は容赦なく噛み付いた。


13、14、15、16、17……やがて二人は、如月の最高記録まで到達していた。17という数値が、自分にとってどういう意味を持つものかを……如月はよく覚えている。しかし、彼女が立ち止まらないのなら、自分もまたここで失脚するわけにはいかない。


「……18杯目を、もらおうか」


「し、しかし───如月さん……それ以上は、公式記録に載らん……」


店主の心配する声に、如月は嗤う。


「ふっ……公式に載らんからなんだという?俺にとっての公式は、今この瞬間だ。───大宇宙は止まらんのだよ」


「……良いのですか?18杯目をあなたが食したという結果は、私と店主さんにしか観測されない記録です。世間に公表したとしても、信憑性が低く一蹴されるかもしれないのに」


神谷がそう声をかけるが、やはり彼の心境は揺るがなかった。勝負に出た以上は立ち止まれないのだ。敗北という死神に追いつかれるまでは、決して───。


「なに、世間からの絶賛よりも、挑戦者チャレンジャーを打ち負かして得る有終の美の方が、よほど価値があるのだと踏んだまでさ……」


「なるほど。……それが今のあなたの、ゴールなのですね」


神谷の言葉に頷く如月。そうして二人は、そのまま戦争を続けていった。


麺を啜る二人の音色がぶつかり合い、水を飲み干し、おかわりを求め、再び剣を交える。


そうして、ついに……二人が32杯目を食し終えたその瞬間───勝負は終焉を迎えることになる。その丼を空にした途端、のであった……。


「……敗け、だ」


「───ッ!あの如月さんが……敗北宣言を!?」


店主の声が高々と上がり、そうして決戦は幕を閉じた。如月はとうとう倒れ込んだ。


「……ごちそうさまでした」


手を合わせた神谷は、心なしかその横顔に汗をかいていた。さすがの彼女も、ギリギリのところだったのだろう。やはり辛勝だったらしく、追い詰められていたのは明らかだ。


「良い戦いでした。あなたは、誇っても良いかと思います」


「……冗談を言うな。プロを打ち負かした君の方こそ、誇るべきだろう」


「いやいや、どちらも良い戦いをしていました。この私も、今日この店で、こんなドラマを観られるとは思ってもみなかった」


店主が二人の目の前に水の入ったコップを置く。……片方はその水を一口コクリと呑み、そしてもう片方は、水を呑む気力すらなく頭を上げられずにいた。


「───だが、ここまで楽しい大食いは初めてだった。……今日の君との戦いで、何か新しいものを得ることができたかもしれないな。それこそ、人と食事をすることの楽しさってやつを」


「如月さん……」


神谷の目線を受け、如月は笑う。


「なに、ここまでを教えてくれたんだ。会計は俺がすべて払わせてもらおう。……今日は本当にありがとう」


立ち上がり、如月は財布を手に取り歩み寄る。すると店主が近づいて、会計の方を口にした。


「880円を64杯で……56,320円となります」


「……え?」


そこで如月は、今度は無限を秘めた肺の底から力一杯に叫んだ。



「───生活費が死ぬぅぅぅ!!」


【如月メンタルゲージ】0/100


金欠だった。


【得点】 如月0 神谷1

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