第9話 作戦α 大食い対決!中編
「お二人さん、お待ち!」
店主が厨房から出てきて、如月と少女の目の前にバター醤油ラーメンを二人分置く。……両者共に、二杯目のラーメンだ。
「いただきます」
「……いただこうか」
一般人なら、二杯目ともなると少々キツイ。ラーメンのサイズにもよるだろうが、常識的に二杯目を注文する人間などそうそういないだろう。せいぜいメインのラーメンに餃子
やチャーハンを付けて食べるのが定石なのだ。
「……素人か、あるいは大物かは───二杯目のこれで決まる」
如月は不敵な笑みを浮かべ、少女を一瞥する。このラーメンで根を上げるようでは、大食い選手などとてもではないが名乗れない───そう心の中でほくそ笑んだ。
……麺をすする二人の音色が、店内を泳ぐ。お互いに、まだまだ余裕といった表情だ。やがて食べ終えた二人は、箸を置いた。
「……二杯目を食してその余裕か。君の力量に期待できて良かった」
「……あの、先ほどから一体、なんのお話ですか?あなたの発言の意図がわかりません」
「なに?───本気で言っているのか……?」
その、少女の偽りなき発言に如月は戸惑う。……まさかこの少女、本当に自分のことを知らないのではないか───?彼は冷や汗をかいてそんな風に考え始めていた。
「君は……大食いのアマチュアではないのか?」
「大食い……?失礼ですね。私は単に、お昼を食べにきただけです」
「───なっ!?……た、ただの一般人!?」
その言葉に目を剥き、動揺を隠せない如月。……アマチュアですらない客が、ただのお昼ご飯で、二杯目を軽々と食したその事実に───彼は驚愕を露に震えた。
「お、面白い……。世の中は広いのだと、つくづく思い知らされるよ。君、名前は───?」
「……怪しい人に名前を教える阿呆はいません」
───チクショーッ!怪しい人って言われたんだけど!?
心の中で失禁しかけた彼は、怪しい人というレッテルを剥がすためにまず自己紹介を施した。
「如月 夏目だ。……またの名を、大食い選手、『無限を秘める胃袋』」
「ま、ますます怪しい……」
「さて、それでは君の名を聞こうか。その才能基質を秘める君の、栄誉ある名前を」
「……神谷 志穂。ただの一般人ですが」
仕方なく名乗る神谷だが、心なしか先ほどよりも椅子の距離が引き気味だ。こう見えてピュアなメンタルの如月は、そのメンタルゲージにダメージを負った。
【如月メンタルゲージ】90/100
「……ぐっ、不審者ではないというのに!無礼なお嬢さんだ……」
「では、その不審者じみた言動を止めてみたら良いのでは……?」
【如月メンタルゲージ】80/100
「げほぉ!?」
このままでは失神すると悟った如月は、胸を抑えて水を飲んだ。
「……このままでは、俺の名誉が損なわれる。ふっ、いいだろう。ならば潔し!───大食いで潰してやる!」
「……私、もう満足なので帰りたいのですが」
「帰っちゃうの!?」
ショック死する勢いで叫ぶ如月に、店主が「こ、こんなキャラなの……?」と動揺する。しかし次の瞬間には、またいつもの貫禄を持って、如月が神谷を引き止めた。
「……ま、待つがいい志穂くん。君は、こんなところで逃げ出すのか?この盤面を、簡単に───?」
「……逃げ出す?」
その言葉にピクリと眉を動かす神谷。───そう、彼女にとってその言葉は、最低の侮辱であったのだ。
「……ど、どうした?なにか反論でも?」
「───」
幼い頃から完璧だけを求めてきた彼女にとって、勝負とは命そのものであった。勝利のみが絶対という思想を抱きかかえ、ひたすらに有象無象を切り捨ててきた鬼の子。
そう、大食いに命を賭ける如月の肩書きが『無限を秘める胃袋』なら───神谷 志穂という人間を表す二つ目の名は、『完璧の探求者』……だ。
負け、敗北、失脚、失敗、そして───逃げ。これらは神谷の嫌う言葉の数々である。すなわち今零した如月の発言は、間違いなく神谷の怒りの壺にどハマりしたのだ。
「……逃げなどあってはいけない。逃げはありえない。逃げは最悪の行為。逃げは愚者の手段。逃げは非道。逃げ、逃げ逃げ逃げ逃げ逃げ逃げ逃げ逃げ逃げ逃げ逃げ逃げ逃げ逃げ逃げ逃げ逃げ逃げ逃げ逃げ逃げ───」
「……し、志穂くん?」
「……お客さん?」
二人の男が恐る恐る、その異常を放ち始めた少女に問いかける。しかし次の瞬間には、神谷は店主の方を向き直り宣言した。
「───店主さん、同じものをもう一つください。白黒ハッキリ、つけましょう」
その瞳に闘志を燃やした彼女は、真っ直ぐに勝利を見据えてそう言うのだった。
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