第8話 作戦α 大食い対決!前編

───俺の名は如月 夏目きさらぎ なつめ。通称、『無限を秘める胃袋』と恐れられる、この地区周辺のグルメ大食い選手だ。


細身であるにも関わらず、その摂取量は相撲十人分を優に超える超人っぷりを認められ、数々のメディア───テレビや雑誌を着飾った。あるいは道端でサインを求められ、もしくは握手で市民に対応したことも数え切れない……。要するに、それなりのスターと言えよう。


そんな俺が今日訪れたのは、市の中でも特に目立ちようのなさそうな、民家の隙間でひっそりと経営しているようなラーメン屋であった。……それも、いかにも潰れそうな、ボロボロの年季ものである。


その廃屋にも似た店を見上げて、俺は鼻を鳴らして口を開いた。


「───ふっ。店の外観などは取り立てて問題ではない。……すべては中身なのだから」


論より証拠、俺はさっそくその店の戸を開けて足を踏み入れる。久々の来客だったのか、こちらを見た店主の親父は持っていた新聞紙を投げ捨てて「らっしゃいませ!」と声を荒らげていた。


「あれ……?あなた、なんか見覚えが───」


すぐに俺の顔に既視感を覚えた店主は、思い出すように見据え始めてくる。やがて彼は徐に気づき始め、「まさか……」と口元を覆った。


「あの、如月さん……!?」


「───どの如月さんかは知らないが、またの名を『無限を秘める胃袋』だ。よろしく頼むよ」


「は、はいっ!ただいま水をお持ちいたします!」


バタバターっと慌ただしく、店主は店の奥へと消え去った。まったく、騒がしい御仁だ。……果たして俺の腹を満足させられるラーメンを用意できるのだろうか。些かの不安は残るが、彼の腕に期待するとしよう。


やがて水を持ってきた店主に、俺はさっそく注文を口にした。


「……バター醤油ラーメンを、一つ」


「かしこまりました!少々お待ちください!」


さて、後はラーメンが来るまで優雅に待つとしよう。しかし、出てきたものが一般的な、ごく平凡でつまらないものだった場合───俺は一食だけを口にして帰るがな。


───果たして俺を、どこまで楽しませられるかな……?


いずれ来たるラーメンを待ち望み、俺は五感を研ぎ澄まして座り続ける。……その矢先であった。この潰れかけた限界集落のような店の戸が───再び開いたのは。


「……」


少女であった。……中学生?あるいは、背丈の低い童顔の高校生にも見て取れる。長い髪を背に流し、宝石のような整った瞳は、大人びた印象を他に与える。彼女の存在に店主も気がつくと、二度目の来客という奇跡に、やはり威勢良く「らっしゃいませ!」と声を上げる。


「……あの、すみません。ここのオススメのラーメンはなんですか?」


少女の小さな問いかけに、店主は手を休めずに厨房から叫んだ。


「オススメですか?そうですねぇ……今の時期だと、バター醤油ラーメンなどがありますが!」


「……では、それでお願いします」


───ふっ。やはり俺のは当たっていたか……。俺は最初から、!だから今さら、それに関してはなんとも思わない。


「……お隣、いいですか?」


「かまわん。座るがいい」


「では、お言葉に甘えて」


少女が隣に座る。そうして二人になり待っていると、やがて例のバター醤油ラーメンが運ばれてきた。


「お待たせしました、お二人さん」


「……ありがとうございます」


「……受け取るぞ」


俺と少女のテーブルに、それはやってきた。割り箸をパチンと割ると、店主がこちらをまじまじと眺めているのが遠目に見える。……どうやら、大食いの王と崇められたこの俺の食事風景にご期待らしい。


「……」


まずは汁から堪能する。……はっきりと濃く、バター醤油の風味が現れている。まあ、及第点といったところか───。


隣の少女をふと見てみると、彼女はその小さな口で麺をふーふーと冷まし、それから静かにそれを運んでいた。……『汁から知る』をモットーにしている俺からすれば、この時点で邪道な方法といえよう。


が、ラーメンの楽しみ方は人それぞれ、ごまんと存在するのもまた事実だ。少女のそれも、紛れもなく一つの堪能の形であり、権利……俺が口に出すことでもなんでもない。


「……」


「……」


やがて沈黙の中、俺と彼女は互いに食べ終える。するとそれを見届けた店主が、俺の方へと歩み寄り尋ねた。


「……あ、あのう。どうでしょうか?我が家のラーメンの方は……」


「悪くない味だったな。伝統とマニュアルを守り通しているような味だった。……まあ強いて言うなら、捻りがなかったのが傷ではある」


「な、なるほど……!ぜひ参考にさせていただきます」


「かまわん。……ああ、最後に水を貰えるか?───君もいるだろう?」


隣の少女を見やりそう気遣いをする。しかし彼女は「私はけっこうです」と断りを入れ、その代わりに店主に目を向けこう言った。



「───すみません。?」



「───ッ!なに……?」


隣に座る小柄な彼女は、確かにそう宣言していた。……その細身で、しかも女が、もう一杯、だと───?それはまさか、まさかとは思うが、


「……挑戦のつもりか?」


彼女は気づいていたのだ。この俺を、あの如月夏目だと。そしてその上で挑戦を持ちかけたのだ。……この私に大食いで勝負しろ、と。


「面白い。……店主よ、俺にももう一杯おかわりをくれ」


「はっ、はい!すぐに!」


厨房にトンズラする店主を横目に、俺は隣の少女に宣告してやる。


「……悪いがお嬢ちゃん。戦場というのは、遊戯の場ではないことを叩き込ませてもらおうか───」


「……?なんのお話ですか?」


「くっ……こいつめ。よほど自信があるらしい」


「……?」


首を傾げる少女に、不覚にも一汗をかかせられる。上等だ。───飛んで火に入る夏のアマチュアを潰してこそ、プロというものを名乗れる。貴様の息の根、止めさせてもらおうか……。


───夏の炎天下ラーメン対決、前半終了。

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