第7話 得たもの
「カラオケ、とても楽しかったですね。充実した放課後になりました」
「……そ、それは良かった」
震えた声でそう答える。もう目の前の神谷さんという人間が、憧れを通り越して恐ろしい……。
結局あの後も、何度も何度も彼女と採点で勝負したのだが───結果はこんな感じだった。
~1時間前~
「もう一度勝負しよう!」
「構いませんよ」
俺→84.235点
神谷さん→100.000点
また満点かよ!
「次!三度目の正直!」
「はい、わかりました」
俺→82.859点
神谷さん→100.000点
はぁ!?
「お願いします!あと一回やらせて!」
「いいですよ」
俺→64.512点
神谷さん→100.000点
俺の方が下がってるぅぅ!
「……須藤くん、少し休憩しませんか?」
「は、はい……すみません」
……惨敗だった。というか、ずっと神谷さんがプロ級の歌い方をしてくるため、その度にただひたすら感嘆していた。
そしてお互いにカラオケを満喫したところで、二人して店を出てきたところなのだが、俺の喉と精神はボロボロだった。調子に乗ってバカみたいにビブラートを連発し点数を稼ぎにいき爆死したせいだろうか、やたらと声も掠れかけている……。
「須藤くん、今日はありがとうございました。……たまにはこうした遊興も、悪くはないですね」
「それなら、良かった。俺も楽しかったよ」
まあ、100点を連発するのは見ていて絶望したけどね……。
時刻は夕暮れ時に差し掛かり、辺りは陽の光を浴びて金を拡げていた。コンクリートの道路を二人して歩いていく。……ショッピングやカラオケを共に過ごして今更だが、やはり以前では考えられないほどのありえない光景だ。───こうして一緒に、放課後の道を歩くだなんて。
しばらく互いに無言で、そんな並木道を歩き続けていた。沈黙がそのまま空気となる帰宅路は、周囲を走る車の運転音が鮮明に聞き取れる。……その刹那、彼女はその足をピタリと止めた。そして、
「───ねえ、須藤くん」
「……え?」
突然声をかけられて、俺もまた彼女に倣って立ち止まる。……風がなびく。視界が揺らぐ。熱が、上がってしまった。
その横顔はいつもと同じ無機質のはずなのに───なぜだろうか、俺はその色に、打ち震えてしまった。
「……どうしたの、神谷さん」
それだけを振り絞るように口にすると、彼女はこちらを見据え始め、ゆったりと言葉を紡ぐ。───俺はその一挙手一投足を、思わず集中して見つめ始めた。
「どうして、私にここまでのことをしてくれるんですか?」
「え?」
「……カラオケに誘うなら、私でなくとも良いはずです。他にいくらでも、一緒に居て楽しい方なんているのですから。───それなのに、どうしてこんな私を誘ったのか、つい気になってしまって」
「それは、俺が神谷さんと一緒に居たいから、に尽きるかな。……理由を教えてっていうなら、まあ───その、もっと神谷さんのことが、知りたいから……?」
そんなことを口走ってしまうと、彼女は「……知りたい」と口に出して反芻する。
「どうして……私の何を、知りたいのですか?」
「色々あるよ。たとえば、俺の知らない、神谷さんの色んな表情……とかね」
「けれど、私は自分の顔を……上手くは変えられません。そういう風に生き、そういう風に出来上がったのですから」
「けどさ!……俺はそれでも、見てみたいんだ。笑顔でも、怒りでも、悲しみでも、なんでもいいから。───もっとよく、教えてくれない……かな」
そんなことを口にしている自分を自覚し、胸の奥が熱くなるのを感じた。……こんなこと、今までなら言えていただろうか?こんな風に面と向かって神谷さんに何かを要求するだなんて、俺はできただろうか?───いや、できなかった。きっと以前の俺なら、逃げていたはずだ。
「……厳格な家庭で育ちました。ですから、私は上手に顔を変えることができません」
「それでいいよ。……それなら俺が、いつか変えてみせるから」
「……誰かの言葉に笑えません。本当は思いっきり笑顔を浮かべたいのに、顔には出てくれません」
「それでもいい。……俺は諦めないから。絶対に笑顔を浮かべてみせる」
「……私の不器用で、誰かを───あなたを、傷つけてしまうかもしれません。私はそれが、酷く怖い」
「いいんだよ。……怖い思いなんか、させないから」
「それなら、須藤くん……。───これからもずっと、私のお友達のままで、いてくれますか……?」
「───やっと、それが聞けた」
待ち望んでいたそれを受けて、俺は夕日に立ち、はっきりと口に出して彼女に告げていた。
「───友達として、必ず笑わせてみせる」
夕刻の宣言が、空に溶けて泳いだ。
【得点】 須藤1 神谷3(変動なし)
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