第6話 作戦③カラオケ!

今日も今日で、放課後がやってくる。四階にあるこの二年の教室の窓からは、蒼に紛れ込んだ入道雲がくっきりと見えた。───夏らしい夏の、本格的な訪れである。


帰りの挨拶の号令が終えると、クラスメイトの各々が鞄を手に取り教室を出ようとしていた。それに紛れて彼女───神谷さんも同じように動いているのが見えた。俺はその背に、息を吸って声をかけてみる。


「あ、あのさ!神谷さん……!」


「なんですか?須藤くん」


「───そのっ、放課後……暇?」


「暇ではありませんよ。夏休み前確認試験の勉強がありますから」


「あ、そうだよね……。テスト、近いもんね……」


「なんですか?何か私に用事でも?」


「───。用事というか、神谷さんと一緒に……遊びたいなぁ、って」


言っちゃったよ俺!どうしよう!?背中に爆竹背負って勢いで発射したくらいの大胆っぷり───!もう後戻りなんてできないっ!


そんな騒がしい心境を必死に押さえつけ表情を固めていると、神谷さんはそんな俺を一瞥してから小さく息を吐いた。


「……試験はいつも万全の体制で挑む、それが私のモットーであり絶対です。限られた時間をどう使うかで結果だって変わります」


「は、はい……」


なんか、説教を受けてる気分だ……。間が空いたら謝ってしまいそうになるレベル。しかし、神谷さんは再度俺の顔を覗き込むと、相変わらずの無機質な顔で答えた。


「けれど、そんな風に私を誘ってくれるのは嬉しいです。───ですから、その、迷ってしまいます……」


「───え!?迷ってはくれるの……?」


最近の神谷さんは、なにかと性格が変わったような気がする。なんというか、こう……なんでもかんでも切り捨てず、考えては立ち止まってくれるような、温厚な一面とでもいうのだろうか。そんなものが見え始めていた。


「では、こうしましょう。あなたのお誘いは。……ただし、あまりにも悲惨で悲劇的な時間になるようだと私が判断した場合、そのときは、躊躇いもなく帰らせていただきます」


「た、躊躇いもなく……ですか」


マジか……。けど、付き合ってくれるのは素直に驚きだ。まさかあの神谷さんが、誰かからの誘いに応じるだなんて───以前では考えられない変化といえる。


「それで?どちらへ遊びに行きますか?」


「あー、それなんだけどさ……カラオケとかって、どうかな?」


「カラオケ───?……ああ、あれですか。思い出しました」


思い出す程度には忘れてたのか。高校生でカラオケを覚えていない人間なんて初めて見た。……さすが、厳格な家庭で育った人間は違う。


「構いません。……ですが、私の知っている曲はあまりにも少ないのが傷ですが───大丈夫でしょうか?」


「ま、まあ多分……。それなら、同じ曲をリピートして歌うのも手だし」


「なるほど。それなら、行きましょうか」


それだけを残して、神谷さんはサッサと歩みを始めた。その背を慌てて追いかけ、俺と彼女は放課後の教室を後にする。


───放課後の交渉成立に、俺は胸の高まりが抑え切れずにいた。




2

カラオケに到着すると、さっそく個室に向かった。神谷さんはおそらく初めて来るのか、店の雰囲気と喧騒をキョロキョロと不思議そうに眺めていた。……その仕草が、なんだか微笑ましい。


「騒がしい場所ですね。彼らは『騒ぐ』ということが作曲だとでも思っているのでしょうか?」


「ま、まあそう言わずに……」


素人の客にそんな苛烈なこと言わないであげて……。


そんなこんなで個室に入ると、二人して鞄を置いた。カラオケに関しては無知な神谷さんに代わって、とりあえず俺は音量の調整に入る。……こんなものか、と作業を終え振り返ると、神谷さんはまじまじとタブレット端末の画面を見ていた。


「須藤くん、カラオケというのは、『採点』というのができるのですか?」


「ああ、できるよ。全国バトル採点なら全国の人達と採点で競えるし、こっちの細心採点なら自分の歌い方を細かく分析できるんだよ」


「なるほど……」


「あ、それならさ、俺と神谷さんで採点を勝負しない?……それなら盛り上がれると思うよ」


「勝負ですか?構いませんが、初めてのカラオケなので、あまり歌唱力には期待しないでください」


「大丈夫だって!楽しむことが第一だからさ!」


「わかりました。では、よろしくお願いします」


頷く神谷さんを一瞥し、さっそく俺は採点モードに切り替える。そうして次は、どちらから歌おうかという話になった。……まあ、どちらからでもいいのだが、ジャンケンで勝った方から歌うということに。結果は、俺が先攻になった。


カラオケあるあるなのだが、大人数で誰かが歌うとき、選んだ曲がその人しか知らないほど悲惨な知名度だった場合、驚くほど盛り上がらない。そんな大惨事を引き起こさないためにも、細心の注意を払って選曲は慎重に行わねば……。加えて神谷さんは、知っている曲がほとんどないのだというのだから、ここでつまらない思いはさせたくない───。


ひとまずメジャーな曲を選んでみた。


「この曲なら、神谷さん知ってる?」


「知りませんね……」


チクショーッ!


知らなかったらしいが、入れてしまったので歌うことに。しかし俺も決して上手い方ではないので、相乗効果で神谷さん視点では苦の四分間であっただろう。……悲しい。


やがて結果画面に移ると、俺の採点が表示された。点数はというと……


83.244点


「83点かぁ……。相変わらず平凡だな……」


「魅力的な歌声だと思います。私は好きでしたよ」


パチパチパチ、と、神谷さんは小さく拍手をしてくれた。……優しい。


「ありがとう。そう言ってもらえると嬉しいよ」


お礼と共にマイクを手渡しする。すると神谷さんはそれを受け取り、曲を入力した。


選んだ曲は、やはりメジャーなバンドの曲だった。……本当に、誰でも知っているようなものだったので、ついつい微笑んでしまう。


「では、次は私の番ですね。……緊張します」


とても緊張などしていなさそうな顔で、彼女は呟いた。


「大丈夫だよ神谷さん。気楽に、楽しんでくれたらいいからさ!」


そんな風に声をかけた。神谷さんは「わかりました」と頷き、やがて曲が始まった───。


そうして彼女の紡ぐ歌声が、個室の中を泳ぐ。……曲は進み、サビへ突入。


というか、これ───、



めっちゃ歌上手うめぇぇぇッ!?



とても素人ではないような歌声が、旋律に乗って躍り出る。プロのような抑揚の付け方、ビブラートの伸ばし方だ。……そして、決めるときにはしっかりと───決める。その華麗な歌声は、俺の耳を芯から熱くさせた。


そうして曲が終わると、絶句していた俺を差し置いて、神谷さんは「歌い切りました」とマイクをテーブルに置いた。結果画面に表示された点数は───、



100.000点



「はぁぁぁぁぁぁッ!?」


やっぱり超人だった。


【得点】 須藤1 神谷3

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