第5話 休日!後編

まるでギャルゲーのようなご都合主義展開に導かれ、俺は校内の花である神谷さんと休日のショッピングモールを練り歩いていた。以前なら考えられないくらいのアクシデントに、俺は心臓が爆発しそうであったが、やはり彼女は未だに冷静を保っているらしい。……その横顔は、やはり無を映していた。


そうこうして本屋に到着すると、スムーズすぎるくらいに参考書選びは捗った。神谷さんの個人的見解によってチョイスされたそれらは、今の俺の学力にピッタリのものばかりである。───気づけば一瞬の内に会計を済ませていたのは、自分でも信じられないほどだ。


「……神谷さんには、感謝してもしきれないです」


「そうですか?それなら、良かったです」


相変わらずの無機質な表情ではあったが、その顔はどこか満足げであった。……いっそのこと笑ってくれたらいいのに、そう思っていても、やはり俺は心の内に留めておく。


「では、今度はあなたの番です。……私の洋服選びを手伝ってください」


「それはもちろんいいけど……俺なんかが協力できることなんてあるの?」


「無論です。私一人では、こーでぃねーと……?というものを上手く決められませんから。男の子の意見が欲しいのです」


「俺の意見か……。でも、なんでも似合ってるね、って言っちゃいそうだから、参考にはならないかもよ?」


「なぜですか?」


───そりゃあ、神谷さんが着るものならなんでも似合うだろうよ……。


「いや、単にファッションに詳しくないからってだけだよ」


しかし内心の言葉とは違うものを俺は口にした。……いや、待てよ?神谷さんだって女の子なんだ。素直に「可愛い」と評価すれば、さすがに神谷さんも照れてしまうのでは?そしてあわよくば、その笑った顔を拝めるのでは……!?


そこで俺は深呼吸をし、ゆっくりとそれを喉の奥から紡ぎ出す───。



「───それに、神谷さん、からね。神谷さんが着る服なら、どれも抜群にと思うよ」



自分でもウザイくらいに可愛いを連呼してみた。(イケボ風)ここまでの『ガトリング可愛い』を受けてしまえば、さすがに彼女もちょっとは頬を緩めるはず───!



「……そうでしょうか。自分ではそうは思えません」



あっさりとガトリングは破壊された。というか知ってた。この程度では、彼女は顔を変えないなんてことは……とうの昔から。


「そ、そうかな……。ごめん」


ていうか謝ってしまった。なにこの敗北感!?


「さて、着きました。このお店で揃えます」


神谷さんの声で我に返り、ハッとして目線を上げる。……どうやら、そうこうしている内に到着していたらしい。


「まずは見て回りましょう。アドバイスがあれば教えてください」


そうして神谷さんはそのまま店の中へと足を踏み入れた。俺もその背を追い、様々な洋服の並ぶ店内の雰囲気に飲み込まれる。


レディースもののコーナーに立ち寄ると、神谷さんはさっそくその中から気になるものを選んでいた。


「この花柄、とても可愛らしいです。……どうでしょうか、須藤くん」


「ワンピースかぁ。夏の季節にはピッタリだと思うよ」


「私もそう思います。では、とりあえずカゴに入れておきましょう」


気になったものはカゴに入れていくらしい。神谷さんは戸惑うことなくそれを手にしたカゴの中に入れていた。


「では、他のも見てみましょう」


───そんなこんなで店内を歩き回って三十分ほどが経過した。俺はというと、女子向けのファッションにあれこれとアドバイスできるほどの知識もなかったため、神谷さんが指定した洋服に「いいね!」とか、「最高!」などの、ありえないほど憔悴した語彙力で答えるしかなかった。……断言しよう。アドバイスのアの字もできなかった。


最終的には、とりあえず神谷さんが個人的に気に入ったものをまとめて、会計に入る。かなりの量を買い込んだらしく、傍目から見ていても驚いた。


互いに互い求めていたものを無事に購入できたため、俺と神谷さんは店を出る。


「今日はありがとうございました、須藤くん。あなたのおかげで、良い買い物ができたと思います」


「いや、俺はなにも良いアドバイスなんてできなかったよ……。役に立てなくて、ごめん」


弱々しくそう口にすると、彼女は同じく無機質ではあったが「そんなことはありません」と俺の言葉を否定した。


「私にとっては、こうして誰かとお買い物を楽しむということが嬉しいんです。ですから、そんな風に自分を責めないでください」


それから彼女は一歩を踏みしめ、俯くように、そして振り絞るように口を開く。


「───こんな風に、誰かと……お友達と、何かに打ち込むということが、私にとっては新鮮です。ですから、須藤くんで良かったと思うこともあります」


「───え?」


聞き間違いかと思った。しかし、それは紛れもなく彼女の中の真実であり、感情であったのだ。……その、彼女の初めて打ち明かす思いに、俺は触れる。


「厳格な家庭に育ち、常に完璧を求められ、習い事と塾で休日を過ごし、友達とも滅多に遊ぶことができませんでした。そんな私は、いつしか誰かと接するとき───


「……」


「いつ、どこで笑えばいいのか、どんなときに悲しみ、何に対して怒ればいいのかを、その判断をできなくなりました。……自分で自分が、理解わからないんです」


───そうか、と俺はついに彼女を……知る。彼女がいつも無表情なのは、喜怒哀楽を表現しないのは、何にも顔色を変えないのは、すべて。、だったのだ。


「───でも、」


そこで俺は、決め込んでいた黙りを打ち破り、彼女に向かって声をかけた。


「でも、神谷さんはあのとき……ちゃんと笑ってた。調理実習の日、皆で作ったカレーを食べて……確かに、笑ってたよ」


「───、」


「それはきっと、神谷さんが自分の意思で、『楽しい』って思えたから、なんじゃないかな。それはもう、神谷さんが決めたことで、神谷さんの主張なんだよ」


「須藤くん───」


なにも釣り合いなんて取れない、そう決めつけていた彼女という存在に、俺はこの瞬間、踏み込んでいた───。それが自分でも不思議で、つい胸の内が熱くなっているのを思い出す。



「───ありがとう、ございます」



最後にそれだけを残して、彼女は片手で髪を掻き上げる。……それは風に吹かれ、、陽の光の白を浴びてなびいていた。


───そんな休日の、昼下がりであった。


【得点】 須藤1 神谷2 (変動なし)

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