第3話 調理実習!

翌日、今日は家庭科の授業の一環で、調理実習が予定されている。現在の席順で班が構成され、そのメンバーで調理をするとのことだ。───つまり、俺は神谷さんと同じグループ!これは絶好の機会と言える!


さっそく実習室に到着すると、クラスメイトの各々がエプロンを制服の上から着こなしていく。……てきぱきと身支度を整えた神谷さんは、同じく丁寧に材料を出し始める。


───ちなみに今日作るのは、ハヤシライスとサラダである。授業も四限目というわけで、大体の生徒はこれをお昼にするつもりだろう。……ちなみに俺もそちら側の方針だ。


「では、さっそく作っていきましょう。小西こにしくんと岡村おかむらさんは、サラダの方を。私と須藤くんで、ハヤシライスの方を作ります」


支持を受けた男子の小西と女子の岡村は、神谷さんの意見に頷く。……チャンス到来!まさか神谷さんがあっちから俺を誘ってくるとは───これもう好意ありまくりじゃね!?


「……好意はありまくってません。偶然です」


「───エッ!?俺、口に出してた!?」


「いえ、別に。ただ、あなたの顔がそう物語っていたので」


どんな異能ですか……。


「ハヤシライスは分担をして作りましょう。あなたはご飯の方を炊いてください。私はそれ以外をやっておきます」


「あ、ああうん。わかったけど───。……?ッ!?」


そこで気づく。テーブルの上に置かれたXの正体に……。こ、これは、まさか───玉ねぎッ!?


「神谷さん……ハヤシライスの中には、この玉ねぎも使うんだよね?」


「その予定ですが、それがなにか?もしかして……玉ねぎがお嫌いですか?」


「いえ!なにも問題はありませんっ!どうぞ気の向くままにお料理を!」


「……?そうですか?」


危ねーっ!思わず玉ねぎを使わなくなるところだった!ここで使う玉ねぎには、があるのだから。


───そう、『涙』だ。これまでの俺は、あまりにも無策だった。しょぼいおもちゃで驚き顔を作ろうだとか、パンを代わりに買ってきて笑顔を作ろうだとか、そんなのには絞りカスのような結果しか伴わない。そのどちらも、あまりに浅はかだった……。


が!今回はいける!対神谷さん石ころ顔特別キラー・TAMANEGI!これで彼女の『泣き顔』が拝めるという寸法は悪くない!しかも悲しい涙ではなく、不可抗力的な涙!誰も傷つかない、優しい世界の実現じゃないか!


「玉ねぎ最高ッ!!玉ねぎはこの世の闇を打ち払う!オリオンイズ、ヒーローッ!!」


「……須藤くん?」


「……ハッ!?いや、なんでもないっす!すいません!」


いけないいけない、思わず心の底の叫びがダダ漏れしてしまった。……ひとまず落ち着くとしよう。深呼吸深呼吸……と。


さて、後は神谷さんが玉ねぎを使うのを気楽に待つだけ……。それまでは、俺も舎利作りに専念するとしよう。


そうこうして数十分後、ついに神谷さんが玉ねぎを手に取るのを確認した。……きたァ!さあ神谷さん、あなたの泣き顔をこの目で見させてもらおうッ!


そうして包丁を片手に、玉ねぎを切ろうとする神谷さんの横顔は───、



「水泳ゴーグル付けとるぅぅぅッ!?」



思いっきり叫んでいた。


「どうしたんですか、須藤くん。……今日はいつにもまして奇声を上げますね」


「あ、いや、その……」


なんてこった!あの神谷さんが、調理エプロンに水泳ゴーグル……どこの仮装なんだこれは。ハロウィンでは確実に引かれるレベル。


「か、神谷さん……それは一体───」


「?……ああ、これですか。水泳ゴーグルです」


「見りゃわかりますけどさ!にしたって……」


「仕方がないでしょう。玉ねぎに含まれる硫化アリルという辛味成分は、瞳を刺激して涙を流させるのですから。……ゴーグルでも付けないと、目が痛みます」


ふざけんなーっ!アリルだかクリスマスだか知らないけど、なんたる妨害!ゴーグルなんて貫通しろよ!涙出さんかい涙を!俺は神谷さんの綺麗な涙が見たいんだァ!


「ぐっ……負け、た……!」


そこで俺は力尽き、床に全身を倒すのだった。……ああ、暗がりが広がる。もう俺は、彼女の変わりゆく表情を見ることはできないのか───。



……。……。……。



……気づけば、テーブルの上にはハヤシライスとサラダが並んでいた。朦朧とした意識の中、なんとか無事に作り切れたようだった。


「それでは皆さん、召し上がれ!」


先生の宣言で、クラス全体が食事ムードに切り替わる。……食欲なんてない。今の俺の瞳には、希望の光など一片も無くなったのだから───。


このまま神谷さんの無表情だけを見続けて、三年生になって、クラスも別れて、卒業するまで───神谷さんの笑顔は、見れないまま……なんだろうな。



「───美味しいですね」



「……ぇ?」


そこで、隣の彼女の横顔を───見る。その小さな唇は、確かに、密かに……笑っていたような、そんな気がした。


「あれ……神谷さん、今───」


「須藤くんの作った舎利、なかなか良くできていますね。……とても美味しいですよ」


「あ、ありがとう……ございます」


褒められた。それ以上は、もうなにも詮索できなかった。……カレーライスの味よりも味わい深いなにかを、知れたような気がした。


───気のせいじゃない笑顔だと、願うばかりの昼下がりであった。


【得点】 須藤1 神谷2

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