第一章 シスコン王女と竜の二股
その①
一ヵ月前、リオノーラ・アデル・レイブラは王宮で
最愛の妹シャーロットが春先に
来る日も来る日も、自室の
その日も、リオノーラは朝からドレスに
「ああ、シャーリー……どうしてわたしを置いていってしまったの……?」
「政略
独り言に返事があった。
病弱で一年の大半を
リオノーラは
「お、おはようございます、お母様。起き上がっても
「今日はすこぶる調子がよいのです」
母のレイブラ第二
「あの、今日はどうなさったのですか。わたしの部屋にいらっしゃるなんて」
「あなたが毎日毎日シャーリーシャーリーとうるさいからどうにかしてほしい、と苦情が来ているのです。あなた、他にやることはないのですか」
「ないです」
リオノーラは第二王女でありながら王位
公務もない。王女らしく
役立たず、王宮の
(仕官できるのなら、
聞いた話によると〝大
「……そうでしたね。本当に役に立たない子。せめて政略結婚の
「なぜかみなさんお断りなさるんですよね」
「『なぜか』ではないでしょう!」
ロザリンドが身を乗り出して、閉じた扇でぱしんと
「口を開けばシャーリー、シャーリーって、妹の話ばっかり! 天気の話をしようものなら空の青さをシャーリーの瞳に
「逆にお聞きしますが、シャーリーのこと以上に語る価値のあるものがこの世に存在するでしょうか! いえありません!」
「ごまんとありますよ、この
母からの鋭い切り返しにもリオノーラは
物心ついた頃から、シャーロットはリオノーラの生きる意味だった。
小さな
そして、実際に妹のために戦い続けてきた。
レイブラは女性にも王位継承権があるとはいえ男王が望まれる風潮は強く、女ばかり産んだロザリンドの発言力は弱かった。病気がちの体質もいけなかった。他の
届くはずの食事が届かなかったり、真冬に
つまり、妹のおかげでいまの自分があると言っても過言ではない。妹は自分にとって空気であり水であり太陽であり、世界のすべてだ。
ちなみに世界のすべてである妹を産んだ母妃はほぼ神である。
(やっぱりシャーリーが世界で一番尊いわよね。知ってた。はい証明
リオノーラが一人でうんうんとうなずいている一方で、ロザリンドはこちらの表情から何か
「あなたがここまで妹
うっ、と思わず言葉を
ヴァンレインはレイブラ、オルダートと並ぶ大陸の三大国家の一つだ。
大陸北部にあるレイブラは、ヴァンレインをはじめとする中部の国々が
そんな国の王太子であるライオネルは、戦死した騎士や兵士たちのために
つまり王女でさえあればシャーロットでなくてもよかったのだ。
「わたしのせいでシャーリーは戦争国家になんて嫁がされ……うわああ──」
「はいそこまで。あなたの『シャーリーシャーリーうわああん』につきあうつもりはありません。今日はあなたによい話を持ってきたのです」
「……よい話?」
「あなたを、ヴァンレイン竜騎士団に
「はい?」
思わず変な声が出た。
竜騎士団はどこの国でも保有している軍隊だ。もちろんレイブラにだってある。
〝大断裂〟という
「あのう、お母様。失礼ですが、いまのお話の流れでどうして竜騎士団が?」
「王宮の方は
リオノーラは
(シャーリーに、会える……?)
それは願ったり叶ったりだ。しかし心配ごとがいくつかある。
「行きたいのはやまやまですけれど、わたしはこれでも王女です。急にいなくなったりしたら、お困りになるのでは……」
「あら、役立たずすぎて王宮の居候、売れ残りの林檎とまで呼ばれているあなたに、何か特別な価値があると?」
「ないですよね!」
まず一つ目の
「ですが、さすがにご病気のお母様を置いていくわけには」
「わたくしのことなら結構。とっくに治ってますから」
「ええっ!? あの、でも先月も具合が悪化したと……」
「
「…………」
約二年間、この母は
「病気で
「まったくわかりませんが、お母様が本当はお元気だと聞いて安心しました!」
「安心して国を捨てられる?」
「うっ! いえ、それとこれとは話が……」
国を捨てるという言葉の重みに口ごもる。平民ならばともかく、王族と生まれた者がそうやすやすと捨てられるものではない。
「あなた、シャーリーが心配ではないの? シャーリーを守りたいとは思わないの?」
「思いますよ! でも、ヴァンレイン竜騎士団の武勇は
さんざん役立たず
「あら、そう? ヴァンレインの竜騎士団長は自分の契約竜を
「ど、どういうことですか? 竜って、ヴァンレインでも神の使いとして神聖視されてるんですよね? それを犠牲にって……」
「新しく就任した竜騎士団長は
「ええ。数々の街を
大陸の大半で
「その鯨竜戦艦を
「……一人で、じゃないですよね?」
だとしたらそれはもう人間の所業ではない。
「魔力砲の砲口に火薬を積んだ自分の契約竜を
「それは、なんというか……」
「非情にしてもほどがあります。他人の竜ですら手にかけるのは罪深いというのに、自身の契約竜などあってはならないことですよ。そのおかげで一つの街が壊滅から救われたとはいえ、竜は
リオノーラはぞっとした。
母の話を聞くかぎりでは、とんでもない男が竜騎士団長の任に
ロザリンドはぱちんと閉じた扇の先を向けてくる。
「その竜騎士団長──〝竜殺しのハーヴェイ〟と呼ばれる男が王都守護役のトップなのですよ? もしもオルダートに
「それは……ですが、全部お母様の推測でしょう? そこまで悪い人かどうかは……」
「はーっ! あなたのシャーリーへの愛はその程度のものだったのですね!」
「…………!」
その程度? 何が。シャーリーへの愛が?
「見くびらないでください!」
「いくらお母様でもわたしのシャーリーへの愛を『その程度』呼ばわりなさるなんて許せません! わたしの愛は大断裂よりも深く広く、底なしなんですから!!」
「その大断裂を
「ありますーっ! シャーリーのためなら海越え山越え断裂越えて! 世界の果てまで飛んでいって帰ってこない
力任せに
(い、言ってしまった……)
売り言葉に買い言葉で言わされた感もある。
呼吸を整えながらロザリンドをうかがうと、どこか満足そうな双眸と目が合った。
「それでこそリオノーラ・アデル・レイブラです」
「え?」
意外な反応に目を丸くしていると、ロザリンドは
その侍女が近づいてきて盆を差し出してくるので、リオノーラは
「ノーラというのはどなたですか?」
「あなたの
どうやらリオノーラのヴァンレイン行きは決定してしまったようだ。急な
「あ、ありがとうございます。ところでここに『両親を病気で失い、
「十年ほど前までヴァンレインで竜騎士団長をつとめていた男で、わたくしの旧友です。いまは竜騎士を引退し、貿易船用の竜の調教師をしています。あちらでの身の
何から何まで、あまりにも準備がよすぎる気がした。かなり前から、もしかしたらシャーロットが嫁いですぐに手配を進めていたのかもしれない。
「感動しました。お母様がわたしのためにそこまでしてくださるなんて……」
「毎日毎日シャーリーシャーリーとうるさくて、いいかげん苦痛になってきただけです。それよりもわかっているのでしょうね? もう身の回りの世話をしてくれる者はいなくなるのですよ。それどころか、あなたが世話をする側になるのです」
「もともとわたしたちはお兄様たちに勝手に人
「……そうでしたね」
薄い唇を緩めてどこか寂しそうに微笑むロザリンドに、リオノーラはドレスの袖をまくって小さな力こぶを作ってみせた。
「竜騎士団が守ってくれないのなら、わたしがシャーリーを守ってみせます!」
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