不本意ですが、竜騎士団が過保護です
乙川れい/ビーズログ文庫
序 章 竜騎士団の雑用係
その①
晩春の暖かな日差しの下に、でたらめな歌声が
「しゃーりーしゃーりー、しゃりしゃりしゃーりー♪」
歌を口ずさんでいるのは、紅茶色の
冷たい水がたっぷり入った
以前は
自作した歌を口ずさみながら、
姿かたちは
ここにいるのは〝竜騎士〟と
「みんなおはよう! 新しいお水を持ってきたからいっぱい飲んでね!」
元気に声をかけても、竜が言葉や鳴き声で応じることはない。竜は竜騎士と契約を結ぶときと解消するときにしか話さないのだという。
リオノーラは竜の世話をする時間が一番好きだ。最初は少し
鼻歌交じりで、飲み水の桶から昨日の水を捨て、
竜は契約者から
リオノーラは一番
「おはよう、アクセル。どれか食べたいものはある? 今日も林檎だけ?」
アクセルは戦死した先代竜騎士団長の竜だ。契約者を失った後も野生に
リオノーラの手にした
「もう一個食べる? それか、他のものはどう?」
しかしアクセルはもういいとばかりにぷいと顔を
「もう! ちゃんと食べるか、
不意に背後からがばっと何者かにのしかかられて、思わず変な声が出てしまう。
いや、何者かではない。
「だんちょ──」
「聞いてくれよノーラちゃん」
低くて
「
同意を求められても困る。あと、人の頭に顎を載せたまま
(重い……けど、軽いっ!)
いままでリオノーラの周囲にはいなかったタイプだ。
リオノーラは
「団長さん!
長身で体格にも
目鼻立ちは整っているものの、
(この人が
彼の名前はハーヴェイ・ボルドウィン。
ヴァンレイン王国の竜騎士団長であり、騎士階級の出身ながら戦時の功績で
さらに言えば、竜騎士にとって最大の
「えー、だめ? ノーラちゃんっていつも魔力がダダ漏れになってるから、くっついていると傷の痛みがやわらぐんだけど」
「わたしは
「そっか、だめかあ。あと少し痛みが引けば、現場に復帰できそうなんだけどな……やっぱり、地道に治していくしかないか」
整った顔が
(わたしったら……なんのためにここで働いていると思っているの!)
最初は
「そ、そういうことでしたら、ちょっとくらいなら……」
「いいんだ? ありがとね。ノーラちゃんは
後ろからぎゅっと、今度はのしかかるのではなく抱きしめられる。彼の体温が早朝の水仕事で冷えた体にじんと染み入るように伝わってくる。
(うう……)
どうにも落ち着かない。
この距離感は間違っていないのだろうか。平民にとってはこのくらいのスキンシップは
ほのかに
「団長、またセクハラっすか?」
「違う違う、魔力で
「へえそうっすか──ノーラ、この人こりないからぶっ飛ばしてもいいぞ。古傷が痛むっていうのも薬をちゃんと飲まないのが原因だから」
「えっ?」
「おいばらすな──」
ぐぇ、と
「……ふ、古傷のど真ん中に……」
「あやうく
「苦いの苦手なんだよ。ノーラちゃん、口移しで飲ませて?」
「お断りですっ! お館様に言いつけますよ!」
「うっ、それだけはやめて、お願い」
ハーヴェイが両手で自分を抱きしめ、
(こういう人のことを『チャラい』って言うのよね)
「アクセル、おまえのせいでノーラちゃんに
ハーヴェイは人参でアクセルの鼻先をぺしぺしと
彼は自身の契約竜を持たない。戦時中にみずからの手で殺しているからだ。
いまの彼は竜騎士団長でありながら元竜騎士という、少々
(竜の立場からしたら、竜殺しと契約するのはやっぱり
一人と一頭の
再び
竜騎士たちの宿舎や
リオノーラはここからの
その理由たる存在が、ちょうど屋根のついた
(シャーリー!)
(今日も世界一美しいわ! ああシャーリー、ラブ! 世界で一番愛してる!)
向こうからはこちらは見えなくても構わず、リオノーラは空の桶をぶんぶん振ってありったけの気持ちを送り続けた。
「あーあ、またやってるよ」
「シャーロット様の大ファンだものね。確かにおきれいだけど」
「ノーラも結構
通りすがりの使用人たちのあきれた声など耳に入らない。
(
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