モルスを継承する者

「そなた、本当に大丈夫なのか?」


 謁見の間の玉座に座りながら、アウローラ国王は目の前の人物に問いかけた。

 元通りに戻った謁見の間は、大きな窓から差し込む太陽によって揺らめく光が天井いっぱいに広がっており、荘厳な雰囲気を醸し出している。


「ええ、大丈夫ですとも」


 ミササギは、ひざまずいていた体を杖で支えて立ち上がると、心配そうな王に視線を向けた。その横にいるラクスも、同じような表情をしている。

 ミササギは二人を見ながら黒い杖を横に持とうとしたが、上体がふらつくのを感じると、体を支えるように杖を突いた。


「昨日の朝、ようやく目覚めたと聞いている。わかっているのか、お前は二日間以上気を失っていたんだぞ?」

「そうらしいですね、クストス殿。それを聞いて驚きました。あれからすでに、今日で四日目になるとは」


 ミササギは微笑んだが、その笑みにはどこか力がない。本調子でないのは明らかだ。


「お気遣いはりません。体が不安定なのは、二日間ろくに食べ物も取らず眠り続けていたせいですから。体力はいずれ元に戻るでしょう。私としては、タタウ=クストス殿の葬儀をこの手で行えなかったことが、悔しくて仕方ありません」

「それについては気にせずともよい。代理として呼んだ魂送師こんそうしも、見事に葬儀を執り行ってくれた。それにあの優しいタタウのこと、そなたが葬儀を行えなかったことを残念だと思いはしても、それよりもずっとそなたのことを案じているに違いない」

「私もそう思います、王よ。それに例え、お前の意識があったとしても、お前の魂の状態だと葬儀の儀式なんて行えないんだろう。誰もお前を責めはしないさ」


 ラクスの言葉を聞いて、王がミササギに問いかけるような目を向けた。


「よければミササギよ。答えてくれぬか。我はこの目で見ることはなかったが……そなたが使用した魔法は、一体何であったのだ?」


「私とセセラギは、魂に守りの魔法が刻まれています。亡き母デアが遺したこれ以上ないほどの形見です。この守りの魔法は、別の魔法としても機能するのです。母は私に言い遺しました、本当に危険が迫った時にその魔法を使えと。故に使用したのです」


「現状を打破せよ、だったか?」


「そう、現状を打破する守りの魔法。私が使用した時、文字通り現状を打破するために、フルメンの魔法を止め、壊れていた城内を直し、その場にいた者に癒しを与えた。明確な命令がない魔法であるゆえに、それだけのことが一度に行われた。そして」


 疲れたのか、そこで一度言葉を切ると息を整えるように吸う。


「代償として、私の魂力こんりきをこの世から消え失せる寸前まで削り取った。本当に危ない時に使え。その意味を今は身にしみるほど感じています。何せ、いまだに、私には自らの魂が儚いものに感じられますから。当分の間魔法は使えないでしょう、モルスであるというのに」


 ミササギはそこまで言うと、顔から笑みを消した。


「それで、陛下。あなたはどこまで事件のことをご存知なのでしょうか?」

「うむ、クストスより全て聞いた。クストスも知らぬことがあったそうだが、そなたの弟とフロース公より話を聞いて把握したそうだ」


 王はラクスに確認するように目を向け、ラクスも答えるように黙ってうなずく。


「あまりにも信じがたい話の数々であったが、ミササギ。そなた、モルスを終わらせるそうだな」

「モルスとは結果として、一人の男であったわけになりますから。その意味で、モルスは終わらせたほうがいいのでしょう。私は調子が戻り次第、最後のモルスとして、この国の魔法の在り方を模索していこうと思っています」


 ミササギは杖を持っていない手を、胸に置いた。


「私は、亡くなられた先人の思いを継ぎ、人をより守ることのできる魔法の在り方を作りたいのです」

「……ミササギよ。我は我もまた、タタウと変わらぬと思っている。何も知らなかったということは罪を犯しているのと同じ。二百年という時を生きた彼と、彼の犠牲にした者たち。彼らのためにも、そなたの思い尊重しようではないか。ここにいるラクスとともに考えていけばよい。タタウもそれを望んでいるであろうて」


 王は、そこで辛そうな表情を浮かべた。


「そこで一つ。思い悩んでいることがある。オルドのこと、明かすか否か」

「失礼ながら陛下。それは私にもわかりかねます。言えば、混乱が生まれることは明らかですし、信じてもらえないでしょう。この世には、真実を示す証拠が一つも残っていないのですから」


 今のところトキノキラに関しても、王城の騒動に巻き込まれて亡くなったと、トキノキラ家には伝えることに留めていると聞いていた。


「陛下、私はあなたにお任せ致します。私にできるのは、魔法で人を助けること。最期まで自らをして、を守った人がいたことを魂に記憶として刻むこと。きっと、あの方もそれを望んでいるでしょう」


 彼はそこまで言うと、空いている手も杖に置いた。そろそろ疲れてきているようだ。

 それを見たラクスは、王に視線を向けてから、


「お前の思いはわかった。とりあえず今は休め。体と魂を癒すことに専念してくれ」


 そうミササギに声をかけた。ミササギが王に視線を向けると、王も大きくうなずいてみせた。


「此度のこと本当に感謝している。そなたのおかげで多くの者が助けられた。それだけのことをしたのだ、休んでも損などない。休めるだけ休めばよいのだ。さあ下がるがよい」

「この身に余るお言葉を頂戴し、感謝いたします。今はあなた方の厚意に甘えさせていただきましょう。失礼いたします」


 ミササギは頭を深く王に下げ、ラクスにも礼をすると、彼らに背を向けて歩き始めた。

 杖をついている足取りは重い上に、体も疲れてきていたが、ミササギには寄るつもりの場所があった。

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