最低な男

「私とセラギの魂に刻まれた守りの魔法。魂喰たまはみからをも守るものだったようだ。私には魂喰が効かなかった」


 あの時見た紫の法陣。ミササギに向けられながらも、何かに阻まれたかのように弾けた。


「禁忌の魔法を使ったところを見られたオルド殿はそのことを悟ると、全てを話し始めた。自分は永遠のモルス、罪人なのだと」

「よく信じたわね、そんなこと」

「嘘にしては、彼の話はあまりにも具体的だった。それに、そんなことを嘘で言っても何にもならないだろう。信じた。いや、信じるしかなかった、かな」


 彼は話し続けながらも、悲しげに目を細める。


「それに私は思うんだ。母上はもしかすると、全てわかっていたのではないかと」

「デア様が?」

「優れた魔法の使い手で魂の感知もできた。その母上が、私とセラギの魂に守りの魔法を刻んだのは私が次期モルスになると決まった時だ。モルスがそのような存在であるとどこかでわかっていたから、魂に法陣を刻むということをしたのではないかな。今となっては……確かめようがないが」

「それでオルドの話を信じたあなたは、自分の体を奪われたの?」

「さっきも思ったが、奪われたわけじゃない。説明したと思うんだが」


 否定する彼の言葉に、ヨルベは腕を組んだ。非難めいた視線を向ける。


「あのね。魂の感知であなたでない別の魂が、あなたの体に存在していることが分かっても、体を貸したなんてことは、どれだけ時がたっても頭が追い付かないわ。そんなことをする意味が本当にあったの?」


 ミササギは怒ったように言い募るヨルベを、申し訳なさそうに見つめてから『すすぎの宮』から足を踏み出した。

 それでも語ることは止めない。真実を闇に放っておくつもりはなかった。オルドも全てを語った上で、逝ったのだから。


「あの時母上の死に加え、それに続くように奇妙な現象が起きはじめていた。オルド殿は、フルメン卿が犯人だということまではわかっていなかったにしても、それらが優れた魔法使いの仕業だとは考えていた、特に母上の死に関してはな。だとすると、相手は簡単に正体を現しはしないし、表立って動けばすぐにばれる」


 ミササギはヨルベが後ろについてきていることを確かめつつ、庭園をゆっくりと歩いていく。


「その上、それほどに強い魂力こんりきの相手に対抗できる者は限られている。それを考えた時、万一を想定する必要があった。だからオルド殿は『私』として動くことを決めた。もし仮にオルド殿が倒されても、私の魂が残っていれば可能性が残ることになると」

「ミサギの魂は感知ができない。体の外にいれば、存在していることさえも誰にもわからないから?」

「そう、だから体を貸した。そうすれば、母上の本当の仇に会えるかもしれないから。実際、相手が魔法使いであることは王城を襲った魔物が現れたことで確かなことになった。……だが、まさか敵がフルメン卿だとは。オルド殿も彼の部下に会うまで思いもしなかったようだ」


 魔法を使う者が至る場所は同じ。オルドはそう言っていた。だが、本当にそうだろうかとミササギは思う。

 魔法とは、誰かを助けるもののはずだ。魔法が本来は魂を送るためのものであるように。オルドが、最後までセセラギたちと国を守ろうとしたように。


「フルメン卿は、今や己を止めれる者など、誰一人いないと思い込んでいるはず。二百年この時を待っていたんだ、今が彼の一番の隙だろう。今ここに、彼の部下も全員いるに違いない」


 ミササギは、庭園から見える王城を見つめた。


「今止めれば、この国も人々も全て守れる」

「……だけどそのために、あなたが何人もの人を傷つけたのは間違いないのよ?」


 彼はヨルベの言葉に足を止めると、寂しげに目を伏せた。


「魂の感知ができる君には話すしかなかったが、セラギにも、父上にもラクスにも誰にもこのことは言えるわけがなかった。相手が魔法を扱えることを考えれば、な」

「……」

「もちろん、君のことだって傷つけていないわけじゃない、一番苦しかったのは君だろう。誰にも言えずに、このことを秘としなければならなかったのだから。私は」


 ミササギは、右手を横に伸ばした。


「兄としても息子としても。友人としても婚約者としても、人しても最低だ。国を守るために近しい人を傷つけすぎた。十分にわかっているつもりだよ」

「ミサギ、私は」

「ゴルガ・ゼギ、解除せよ」


 ヨルベの声を打ち消すように、ミササギは彼女にかけられた魔法封じの法陣を解除した。


「この国の魔法の在り方が正しいのかどうか、私には断言はできない。だが、フルメン卿がやろうとしていることが、多くの人を苦しませるのは間違いない。ならば、私はオルド殿の託されたものを継承し、守らなければならない。なぜなら私はモルスだから」


 ヨルベは、辛そうにミササギを見上げると、彼の伸ばされたままの右手を掴んだ。そのまま腕ごと、自分の方に彼の体を引き寄せる。ミササギはされるままにそうさせる。


「その前にあなたはミササギだわ。デア様の仇をとろうとしたことも、体を貸したことも、今からあなたがしようとしていることも、全部誰かのためにしていることじゃない。あなたは、あなたのために動けばいいじゃない」

「私は私の意志で、今ここにいる。それは間違いないことだよ、ヨルベ」


 ミササギは微笑むと、安心させるように彼女の頬に優しく触れた。

 その時、王城の方から嵐が駆け抜けたかのような鈍い音が聞こえた。

 ミササギはヨルベから手を離すと、王城に顔を向けた。ここから見える王城の側面には何の変化も見られないため、入り口近くで何かが起こったとみて間違いない。


「上位の風の魔法だ、行かなくては。少しの間は、ラクスが持たせてくれているはず」


 ミササギは、魂の気配を探ると様子を伺った。


「無事だとは思うが、こういう時セラギの魂は感じられないから困るな。――私から離れないようにしてくれ。来るんだろう?」

「止めないの?」

「止めても君はついて来る人だ。よく知っているよ。頼むから、自分の身を優先してくれ」


 ヨルベはそれにうなずいて、ついていこうとして足を止めた。


「ねえ、図書館の方に気配を感じない?」

「確かに、誰かいるような。フルメン卿の部下ならもしかすると」


 そうしてミササギが図書館に視線を向けた時、図書館から破裂音が聞こえ、煙が上がった。ヨルベは身をすくませたが、ミササギは煙を上げる建物を冷静に眺めている。


「……禁書庫を狙ってるな、そう簡単に破られないとは思うが。全く、それ以外の書物の中にも貴重なものがあるというのに。どうしたものか」


 ヨルベは、眉をひそめているミササギと図書館を交互に見ると、決心したように図書館の方に体を向けた。


「私が禁書庫を守りに行く。あなたは城に行けばいい」

「っだが、それだと君が」

「セラギが、それ以外の人たちが死んでもいいの?」


 そう返されると、ミササギは迷うように視線を揺らした。


「ああ、もう。迷いの無さは、オルドの方が上だったわね。大丈夫よ、二度も同じ過ちは起こさない。私だってそれなりに優秀な魔法の使い手よ?」


 ヨルベの強い言葉に、ミササギは視線を定めると笑った。


「なんで笑うのよ」

「君には勝てないな、と思っただけだよ。わかった、無理はしないでくれ」


 そう言うと、彼女の腕を優しく引き寄せた。彼女の手を包むように、上から自分の手を重ねる。


「きっとまた会いに行く」


 そうささやくとミササギは体を離して、もう一度笑ってみせた。

 ずっと近くで物事を見ていたと言っても、魂だけの状態では魂を維持するだけでも、それなりの魂力を消費する。だから、ヨルベに思いを伝えることができたのは、たったの一回しかできなかった。

 また会いたい。それは魂からの言葉だ。


「君の魂に、先達の守りがあらんことを」


 そう伝えて、彼女に背を向けた。転移魔法の法陣を展開しながら、離れたところに見える王城の見張り台に視線を向ける。


「あなたもね」


 ヨルベがそう返したのを確かに聞いて、王城の見張り台に転移した。

 ミササギは振り返って、小さく見える桃色の髪の人物が図書館の方角に走っていくのを見届けると、見張り台から城の中に入った。

 謁見の間は一階にある。城の上の階から行った方が、敵に見つからない可能性が高い。彼は足音を立てないようにして、先を急いだ。

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