王城を襲う魔物
ミササギは諦めたようにカップを机に置いた。少女に、横にどくように手で示す。
少女が部屋の真ん中からどいた瞬間に、扉が勢いよく開いた。入ってきたのはやはり兵士で、服装で門を守る兵だとわかる。
兵士が口を開く前に、
「裏門か、魔物でも来たのか?」
ミササギは問いかけた。
兵士は驚いたようだったが、すぐに気を取り直した。ミササギがどういう人物であるのか、彼は理解していた。
「わかっておいででしたか?」
「普通とは違う魂だからな。近ければすぐにわかる」
「では伝えます。守衛隊長が、モルス殿に裏門への加勢を要請しています」
ミササギはそれを聞くと、顔に苦笑いを浮かべた。『モルス』とは、ミササギの職業名のことだ。
少女はというと、状況が飲み込めず二人を交互に見上げている。
「私は確かにモルスではあるが、兵士ではない。魔物と戦うのは、そして城を守るのは君たちの仕事だろう」
「私にはよくわかりませんが、あなたは今おっしゃったでしょう。普通ではない魂だと。その通り、あれは普通の魔物ではありません。魔物なら通れないはずの魔物よけを越えて、王城に入り込もうとしているのですから。私たちだけでは対処できません」
「なるほど、一理あるな」
「モルス殿っ」
一向に動く気配がないミササギに、兵士は強く呼びかけた。
「あの魔物を倒せるのはこの国で唯一、自由に魔法が行使できる、あなただけだと考えます。どうか」
ミササギは、兵士の顔を見つめる視線を強めた。思っているよりも緊急事態のようだ。
「……。怪我人はいるのか」
打って変わって真剣な面持ちで、ミササギは問いかけた。
「いえ、今のところは」
「では、怪我人がでる前に行こう。――シルワ」
ミササギは少女の名を呼んだ。
「は、はいっ」
「来るかどうか好きにして構わないが、来るなら私の指示に従え」
「行きます」
彼女にとっては願ってもない、魔法を見れる良い機会だ。断る理由がない。
「では、君たちは下から裏門に行け」
その言葉の真意がわからずに、兵士とシルワは動きを止めた。
「私には、歩いているほどの余裕はなさそうだ」
ミササギはそう言って笑うと、開け放たれたままの扉から出ていった。
そのまま今いる建物から、渡り廊下を歩いて横に建っている図書館に向かい、王立図書館の階段から屋上に上がった。
残してきた二人が階下に降りていくのを感じながら、ミササギは屋上にたどり着く。
図書館の屋上は日に照らされ、石の床がそれを反射して、屋上全体が黄色に染められている。彼は、懐から黒い手袋を取り出すと手にはめた。
王立図書館は、王城敷地内の端にあり裏門に近いが、それでも裏門とはかなりの距離がある。
ミササギは、小さく見える裏門にじっと目を向けると意識を集中させた。複数の魂が感じ取れるが、魔物の姿は見えない。
まだ王城内に侵入されてはいない――そう思った時、岩が砕けるような激しい音が聞こえた。
屋上から見える内門には変化がないことを考えると、裏門の外門側に何かあったとみて間違いないだろう。王城は全ての入り口に、内門と外門が存在する二重構造になっている。
遅れて、空気を震わすような魔物のうなり声が遠くでもはっきりと聞こえてきた。
『ウオオォーン』
「少し、油断しすぎたか」
外門を突破されたとなると、王城敷地内に魔物が入るのも時間の問題だろう。
ミササギは内門の一点を見つめると、その方向に向けて腕を差し出し、指で何かの記号を宙に描いた。
「ラケニ・ガピ、転移せよ」
その瞬間、宙に描いた見えないはずの記号をなぞるように緑色の紋様が展開し、ミササギの体は屋上から消え失せ、同時に、
「うわぁ!」
固く閉ざされた内門の上、つまり城壁の上に光とともに現れ、地上にいた一人の兵士を驚かせた。
ミササギは兵士に何も答えることなく、城壁の上に立ったまま、そこから見える外門側の光景を眺めた。
人の二倍以上の大きさを持つ魔物が、兵士たちに囲まれているのが見える。見た目は狼に近いが、全身を覆う毛は深い青色だ。
魔物の後ろにある外側の城壁が壊れており、城壁を破壊して内門側にまで来たことがわかる。
ミササギが状況を読み取っている中、囲んでいる兵士の一角に向けて、魔物が勢いよく突進を開始した。
「守りよ、レナ、転移せよ」
ミササギが唱えると、兵士たちと魔物の間に透明な壁が青い紋様とともに現れた。
ガツンと大きな音とともに魔物は壁に激突して地に倒れ、キュウンと小さく鳴いた。衝撃で地に振動が走る。
「え、えっ?」
いきなりのことで何が起きたのかわからない兵士らの前に、たたみかけるようにミササギが現れる。
兵士たちはさらに驚きつつも、突然現れたミササギを不審そうに
「巻き込まれたくないなら、離れろ」
ミササギは油断なく魔物を見つめながら、兵士たちに向けて注意を喚起した。
青色の巨大な魔物は、鋭い牙に尖った爪を持っている。攻撃を受ければひとたまりもないのは明らかだが、ミササギには恐れなど何一つ見えない。
「いや、あなたこそ一体」
「退却しろ、モルス殿の言う通りにしろ」
ミササギを止めようとした兵士を、壮年の兵士が制止した。『モルス』という単語を聞いた瞬間、周囲の兵士たちはミササギに対する態度を改めた。
壮年の兵士は上等な装備を着ており、おそらく彼が守衛隊長だろう。
隊長の命を受けて兵士たちが離れた頃、魔物が立ち上がった。ぎらついた目を兵士に向けたが、
「こっちだ」
ミササギは手を叩いて、自分に注意を向けさせた。そして「ゼギ」と言うと、魔物との間に作った透明な壁を消した。
兵士たちはその姿を驚いたように見つめた。ミササギは剣を持っていなければ鎧さえもまとっていない。魔物の攻撃を食らえば即死だろう。
魔物は
「クロノトル・ドネ――痺れ果てよ」
ミササギの声と共に、黄色の
『ウウゥオオォォンッッ!!』
苦しげな魔物の叫び声がしたかと思うと、魔物の周囲に同じ黄色の法陣が現れ、魔物に向かって激しい電撃を放った。
電撃はビチビチと火花を立てながら風を起こし、ミササギの黒いコートと髪をたなびかせた。
その電撃はすさまじい勢いで、魔物そのものが光っているかのようだ。周囲の地面をも焦がしていく。
魔物は、電撃の中で苦しむようにもだえ叫んだ。地面を何度も蹴り体をゆする。そのたびに地が揺れる。
「これがモルスの魔法か……」
「恐ろしいもんだ」
「こんな魔法、はじめて見たぜ」
兵士たちは、目の前の光景に口々に声を上げた。辺りに、何かが焦げたような嫌なにおいがたちこめはじめる。
ミササギは険しい表情で燃える魔物を見つめていたが、やがて、
「ゼギ」
そう言葉を口にした。彼の言葉に導かれるように、一瞬で電撃は消え失せた。
後に残ったのは、半分黒焦げになった大きな魔物とミササギだけだった。魔物の体はぴくりとも動かない。
先ほどまで兵士たちを脅かしていた存在は、たちまちのうちに倒されていた。
ミササギは落ち着いた足取りで魔物に近づいた。焼けたにおいがきつくなりはじめていたが、それを気にしていないようだ。
「悪かったな。お前がもう少し大人しければ、ここまではしなかったのだが」
息絶えた魔物の様子を観察しながら、ミササギはつぶやいた。
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