第49話 不確定名 WEAPON
そして朝を迎えた。
五人が朝食を終えたところへ、予定通りクラウズが訪れてきた。まだ早朝の時間帯。思っていたよりも早い到着だ。
「小兎亭のマスターから詳しい話は聞いている。お前さん方、大変な目に会っているようだな……」
挨拶もそこそこに彼はそう切り出した。
「こんな時に依頼を持ちかけるのもどうかと思ったのだが、マスターと相談した結果、それが逆に良い方向に向かいそうだと話がまとまってな」
「そうですね。自分たちもそう考えました」
五人を代表してカイムがそう答える。
「決して楽な仕事ではないがな……。とにかくその話は後回しだ。まずはヘルマン殿に経緯を話して頂くとしよう。奥方殿、ご主人の体調は如何かな? 彼らに面会させても差し支えなかろうか?」
クラウズは傍らに控えて話を聞いていた夫人に尋ねた。
「はい。おかげ様で今朝はだいぶ調子も良いようですわ」
「それは喜ばしい。では、ご案内宜しく頼みますぞ。それと例の物を別室へ持ってこさせて頂けますかな?」
「……はい。承知ました」
夫人は一瞬躊躇いを見せた後、使用人の一人にそれを指示した。
彼女に連れられて部屋を移動する間、クラウズは隣を歩くこかげに語りかけた。
「お前さんの方の調子はどうだ?」
「おかげ様を持ちまして特に不都合もなく。クラウズ殿に施して頂いた効果の力で難を逃れ得る一面もありました」
「それは重畳。だが、現状維持といったところか。今回の仕事な、お前さんの呪いを解く為の手がかりに繋がるかもしれん」
「それは一体……」
部屋の前に到着して、その会話は打ち切られた。彼の容態を案じて見舞う人の数も多い為、その部屋は本来の寝室ではなく、間取りの広い部屋を病室として利用していた。寒い季節は狭い部屋に移るが、今の時季ならその方が彼の気分的にも開放感があって良いようだ。
庭に面した広い窓の傍らにベッドが置かれている。夫人の助けで半身を起こして貰い、ヘルマンは彼らを出迎えた。
「こんな格好でお恥ずかしい限りだが、お初にお目にかかる」
痩せ細った男だった。血色も良くない。しかし、柔和な笑顔を浮かべ、カイムたちに対しても丁寧な挨拶で気取らない。夫人と同じ三十代だそうだが、病のせいでもっと老けて見えた。カイムたち一人一人の自己紹介にもいちいち頷いて真剣に耳を傾けていた。気さくで人望の厚い人物だと聞いている。
「頼もしそうな方々だ。クラウズ殿には私のような者の為に奔走して頂いて、感謝に堪えない」
彼はそう言って目頭を押さえた。かつてはこれほど涙脆くはなかったろう。
「あなた……」
夫人にハンカチを渡され、彼は慌てて取り繕った。
「いや、これは失礼。私としたことが、お見苦しいところをお見せしてしまった」
「いた仕方ありますまい。病では誰しも気が脆くなるというもの。早速で申し訳ないが、この者らに語って聞かせて頂きたい」
「心得ました」
クラウズに促され、ヘルマンは話を始めた。
今から三ヶ月ほど前のことである。衛兵隊の隊長だった彼は一隊を率い後詰めとして戦に参加していた。まだ川向こうの砦が健在だった当時、そこから敵国ザーグの砦を攻める戦いだった。
結果は惨敗。彼の隊は
ヘルマンの腕の中で息を引き取る時、しかし彼はこう言い残した。
「何があろうと……この刀を使ってはならない。……俺と共にここへ捨て置け……」
ヘルマンが自分の刀に目を奪われていることに気づいていたのだろう。もはや助からないほどの酷い深手を負いながら、傭兵はそう忠告してくれた。
「彼が亡くなった後、私は愚かにも、その死を悼むより刀のことで頭が一杯になっていた」
ヘルマンはその時のことを回想し、慚愧の念に歪んだ表情をした。
「この刀を抜いてみたい。使ってみたい。一体どれほど美しい刀身なのだろう。どれほど素晴らしい切れ味なのだろう……と」
熱に浮かされたようにそう続ける。
思えばすでにこの時から彼は妖刀の呪縛に囚われていたのかもしれない。だが、彼は頭を振り、傭兵と刀をその場に残して立ち去る決意をした。自分の行おうとしていた行為は、明らかに死者への冒涜である。しかし、事はそれで収まらなかった。
そこへ彼の退路を断つ形で敵兵のゴーレムが現れた。しかも、アイアン・ゴーレムと呼ばれる最も恐れられる上位兵種だ。鉄の甲冑で全身をくまなく覆った巨大な人型。人の一・五倍ほどもある。さらに槍と盾で武装している。
ヘルマンはそこから逃げ延びる為、必死に応戦した。彼の愛刀はまるで刃が立たなかった。根元から折れた刀を手に絶望しかけた時、傭兵の亡骸の傍らにある刀が目に飛び込んだ。
「この先のことはご想像の通りだ。私はその刀を抜き、アイアン・ゴーレムに勝利した。鉄をも切り裂く、とてつもないとしか形容し得ない切れ味だった。そしてその刀身と刃紋の美しさたるや……」
うっとりした目で遠くを見つめている。彼は武人であると共に刀の好事家でもあった。目にしてきたどんな名刀よりもそれは秀麗で、怪しい光沢を放っていたという。彼の心は完全にその刀の虜になってしまった。そのまま置いていくなど、もはや考えも及ばなかった。
フェイランが目を輝かせ、のめり込むように話に聞き入っている。部屋の扉がノックされた。
「例の物をお持ちしました」
「待て! 入ってきてはならん!」
クラウズが突如鋭く叫んだ。彼は急いで扉へ駆け寄ると小さく開け、その向こうにいる使用人と小声で何か会話している。そのまま扉を閉め、一人戻ってきた。
「いやはや、突然大声を出して大変失礼した」
唖然とする全員に苦し紛れの愛想笑いを浮かべる。ヘルマン一人、冷静な顔だ。
「あの刀ですな?」
「さて、何のことやら」
「久方ぶりに手に取ってみたいのだが……」
「あなた! いけません!」
落ち着きなく言う彼を夫人が強く咎めた。
「では、我々はこれにて退散しよう。あまり長居してはヘルマン殿のお身体にも障りますしな」
そう言った後、クラウズは夫人にそっと耳打ちした。
「手違いがあったようだ。すまぬが、後の事は頼みましたぞ」
「わかりました」
クラウズはヘルマンとその夫人に挨拶した後、カイムたちを引き連れ退室した。その足で別室に移る。そこに足を踏み入れた途端、寒気を感じた。その部屋だけ他より室温が低い気がする。部屋の片隅に背の高いキャスター台。その上に木製の掛台に飾られた刀。鞘に収まった状態だ。
「これが……」
フェイランが真っ先にそれに近づいた。
「触ってみてもいいですか?」
「どの道お前さん方に運んで貰う品だ。構わんが、お前さんだけにはあまり奨められん」
フェイランは刀に夢中なあまり彼の言葉の後半は耳に入らなかったようだ。刀を手に取り、しげしげとそれを眺めている。
「あんな話を聞かされては、興味を持たざるを得ないでしょう」
「とはいえ、どれほど厄介な刀かも知らずに運べというのも酷な話だろう」
テッドにクラウズがそう言い訳する。マチュアが首を傾げた。
「どうしてフェイランには触って欲しくないの?」
「刀に精通する者程、興味に駆られ扱ってみたくなるからだ」
フェイランも刀にはそれなりの目利きがある。ヘルマン程ではなかろうが愛着も深い。
「確かにこの鞘と柄だけ見ても、その精巧さに驚かされますね」
相変わらずフェイランには他者の会話が耳に入っていない。刀身を見てみたくて仕方なかった。しかし、その鯉口は
「抜いちゃ駄目ですか?」
「それだけはならん! 正直、この五人の中でお前さんが一番危ないと思っておった。フェイランよ。以後、その刀に触れる事を固く禁ずる。運ぶのも他の者に任せる」
クラウズに厳しくたしなめられ、フェイランはがっくりと
「はい。すみませんでした……」
「ちょっと刀抜いていいか聞いただけじゃないですか。何もそこまで言わなくても」
マチュアがフェイランを憐れんで反発するも、カイムとテッドはクラウズの肩を持った。
「クラウズさんはフェイランの身を案じて、そう言ってくれてるんだから……」
「呪いの危険性を考えれば、厳重に注意するのも仕方ないですよ」
ヘルマンが体調を崩し、病に冒され始めたのは刀を手にして一月後のことだった。元の持ち主に警告されたとはいえ、最初はただの偶然だと思っていた。しかし、その病はどの医者からも原因不明と診断され、匙を投げられた。テンリンを始めとするあらゆる魔法での治療も効果がなかった。病状は日に日に悪化する一方。
夫人に相談を受け、刀の事を知った叔父のローゼンミュラー子爵が知己のクラウズに依頼を持ちかけた。呪術師であるクラウズはあらゆる施術を試したものの、どれも一向に効果がない。そしてとある逸話を思い出した。
ヘルマンのように呪いの品で病に冒された者がいた。その品がどんな物かは伝わっていない。それは災いの宝物殿と呼ばれる迷宮から持ち出された物だったらしい。それを知ったその者は病で動けない自分に代わり、他者の手を介して品をそこへ返還した。するとたちどころに病気が治り、その後何事もなく平穏に過ごせたという。
どのように返したなどの詳しい経緯は不明だが、確かにその迷宮は実在する。そこから持ち出された品々が、各地で呪いを振り撒いている噂も聞き及んでいる。呪いの効果は病死だけでなく、事故死や戦死など様々だ。
「要するにあたしたちの仕事はこの呪われた刀を、そのなんとか言う迷宮まで持っていけばいいのよね?」
「そうだ。それで呪いから解放されるという確かな保証はないが、もはやそれしか手がないのだ。しかし、逆にこれほど強力な呪いを持つ品なら、高確率でそこから持ち出された物と推察も出来る」
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