第42話 白昼の死闘
エスペランザが四人の私兵を引き連れ参戦したことで、数的有利は覆った。人数対比は八対五。しかも、相手側にはソーサラーもいる。警笛に呼応したのはメランヴィルの私兵のみで、ブリエンテの私兵たちは屋敷の監視を継続しているのが救いだった。敵も一枚岩ではない。
味方の女私兵は傍らの騎兵の男を振り返った。
「ここを突破して、屋敷へ救援を!」
「了解した! 後は頼む!」
もっと早くその判断を下すべきだったと、ほぞを噛む。騎兵も思いは同じだったようだ。すぐに馬首を返し、馬の横腹を強く蹴った。
「行かせるな! お前たちで足を止めろ!」
エスペランザは自分の右手側の二人に指示を下す。駆け出そうとする馬の進路に私兵たちが立ちはだかった。
「どけい!」
騎兵は馬上で長剣を降り下ろす。私兵二人は共に短い武器しか持たず、馬の迫力に気圧されている。だが、かろうじて騎兵の足止めの任は果たせていた。少しずつ後ろに下がりながらも、三者もつれ合いの混戦状態に持ち込んでいる。
その間、他の者たちの間では各々戦いが繰り広げられていた。
ソーサラーの男はこかげに向け、マジックミサイルの発動準備に入っていた。その背中に突如痛みが伝わる。魔法を中断し、振り返った男の前にマントを纏う一人の人物が立っていた。その下に柿渋色の装束を身に着け、頭も同色の覆面ですっぽり覆っている。その者はテッドに流星槌を見舞おうとしていた騎兵にも、棒手裏剣を投げつけた。
「何者だ? 貴様!」
激しい痛みではない。背中に軽い手傷を負わされた二人は、共にその者に対峙する。
「そこな者らに、ご助勢致す! この二人は拙者に任されよ!」
男たちには答えず、その謎の人物は彼ら越しにカイムたちに大声で呼びかけた。覆面越しでくぐもった声だが、明らかに女性の声だ。体つきもそれらしい。
「助かります!」
カイムはエスペランザと相対していた。かろうじてそれだけ返すのがやっとだった。
「正義の味方気取りか? 舐めるな!」
流星槌が覆面忍びに唸りを上げて襲いかかる。彼女はそれをひらりとかわした。そこへマジックミサイルが着弾する。
「うっ!」
覆面はわずかに呻いたのみでそれを耐えた。間髪入れず、再び流星槌が飛んでくるもさらりと避ける。そんな芸当が出来る人間などいない。通常の痛覚を持つ者なら、マジックミサイルを受けた後はその激痛に必ず動きが鈍るはずだ。
「魔法防御……タテナシが使えるのか貴様?」
「……如何にも」
ソーサラーの問いに覆面は短く答えた。さすがに平然とはしていられないのか息は荒い。
謎の覆面の助太刀を得られたことでカイムたち三人は、エスペランザと二人の私兵にそれぞれ対する事が出来た。残り二人の私兵は騎兵が、モハマドは女私兵が苦戦しつつも相手をしてくれている。
こかげはエスペランザとやり合うつもりだったのだが、なし崩し的にカイムが相手をすることになってしまっていた。この混戦では敵を選んでいる余裕はなかった。カイムとテッドにこっそりある物を渡していたのも出遅れる原因になった。
戦いの場となったその石畳の通りの道幅は広く、およそ十メートル近くもある。全体の立ち位置は以下の通り。
通り真ん中の馬車の右側面で女私兵VSモハマド。馬車を挟んだ反対側でテッドVS一人の私兵。馬車の前方で覆面女VS流星槌の騎兵とソーサラー。馬車の後方左側でカイムVSエスペランザ。馬車から少し離れた後方右側で騎兵VS私兵二人。
そして馬車の後方中央で、長柄のウォーハンマーを振るう太った私兵とこかげは戦っていた。男のウォーハンマーは大振りで動きは遅いものの破壊力は抜群だ。一発でも当たれば無事ではいられまい。それが薙ぎ払われる度に空気をビリビリと震わせ、振り降ろせば石畳を叩き割る。
「逃げてばかりで、うっとしい女め!」
ちょこまかと避けるのみで攻撃してこないこかげに、男は苛立ち始めていた。そこへ彼女お得意のフェイントが発動した。避けた際、
こかげが背中を向けたのは右へ身体を捻った為だった。そこから全身を左へ逆
まずは左手に握った苦無で右から左へ切りつける。これはかろうじてかわされた。男はまだ次が来ると読んで攻撃を止め身構えた。
案の定、次いで右手の飛び苦無による切り払い。軽く掠めるも痛手にはならない。しかし、攻撃はまだ間断なく続いた。
「ひっ!」
男の顔が恐怖に歪む。さらに右足での回し蹴り。爪先から飛び出た刃物が男の胸を深く切り裂く。鎧のない彼にとって、これが致命傷になった。血飛沫が上がる。
「ぎぃやああ!」
さらに攻撃は続いた。一回転し終えた後、その回転の遠心力を利用しながら右手の飛び苦無が放たれた。男の腹に突き刺さる。疾風怒濤の四段攻撃だった。
男は悶絶して仰向けにぶっ倒れた。こかげは立ち上がって男に歩み寄ると、その腹に刺さった飛び苦無を引き抜いた。じわじわ血が滲み出る。彼女はすぐさま周りの戦況を確認した。
エスペランザはカイムの手斧を弾き飛ばし、退いた彼に一撃を加える為、踏み込もうとするところだった。仲間の悲鳴を聞き振り返る。男がこかげの無慈悲な攻撃の前に昏倒する様を目撃した。すぐに治癒魔法をかけねば危険な出血量と判断する。
「一旦お預けだ、小僧」
エスペランザは
エスペランザとカイムとに交互に視線を送るこかげに、カイムは首を振った。モハマドに押され、もはや風前の灯火の女私兵に視線を向ける。両者の位置は馬車の側面からかなり後方にまで下がっていた。
俺に構わず彼女を助けに行ってくれ。
カイムの目はそう告げていた。逡巡したが、恩ある女私兵も放ってはおけない。こかげは彼に黙って頷いた。
魔法具の強固なシールドはショーテルの前ではその真価を発揮出来なかった。長く深く湾曲した細い両刃の曲刀は、正面に相対しながら盾越しに相手を攻撃出来る。ただ斬るだけでなく鎌のように相手を引っ掻ける。鋭い先端で側面から突くなど。刀身に重心が大きく偏っているため扱いは難しいが、それこそ変幻自在の攻撃手段を取れるのがショーテルの強みだ。
「この武器を見てなお盾を持ち出すようでは、まだまだ素人だな!」
モハマドは完全に勝ち誇っていた。片手のみで相手を翻弄している。馬鹿正直に繊細な刃を相手の盾に叩きつけたりはしない。右から左から、時には上からチクチクと女私兵を痛めつけていった。彼女は盾の向こう側からあちこち突かれ、切り裂かれ、ぼろぼろで血だらけだった。もはや言い返す気力もない。まだ小剣を手離さないのが奇跡に近かった。
「女をじわじわいたぶるのは俺の趣味じゃないんでな。そろそろ終わらせてやる!」
散々なぶっておいて、そう宣言し、モハマドは奥の手を出した。どんなに硬い盾だろうとそれを支える者が脆弱では意味を成さない。彼はその強靭な肉体で盾に激しく体当たりをかました。
「ああっ!」
女私兵は盾ごと吹き飛ばされ、後方にひっくり返った。ついに小剣が手から離れ、石畳の上を滑る。
「なかなか色っぽい声出すじゃねえか。今度ベッドの上で聞かせてくれよ」
「お前ごときに彼女はもったいない」
声と共に飛び苦無が飛んできた。モハマドは上体を僅かに反らしてそれを避け、飛んできた方向を振り返った。
「こりゃまた上玉だな。今度は貴様が相手をしてくれるのか? 男冥利に尽きるぜ」
「黙れ、ライオン丸。さかってないで、かかってこい」
こかげは余裕を見せて挑発しながらも、彼が相当手強い相手であると認識していた。マチュアに魔法で投げ飛ばされたと聞いていたが、恐らく相当運が良かったのだろう。
「何だとこの女!! 許さんぞ!」
捻りも何もなく激怒した。どうやら沸点はかなり低いようだ。手練れだが乗せられやすいタイプらしい。
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