第28話 貴族からの依頼

 五人はオーランド商会の応接室にいた。

 格調高い四角いテーブルを取り囲み置かれた、これまた豪奢なソファー。その左右にそれぞれ男女分かれて腰を降ろしている。

 皆一様に場違い感を感じて落ち着かない様子。ただ一人こかげだけが泰然自若としていた。今朝の騒動の際、目を覚ました途端無言でカウンターの裏へすっ飛んでいって以降、特にその事を恥じる様子もない。マチュアやアンジェにフォローされて服を着てからは普段通りの落ち着きぶりを取り戻していた。

 カイムと共にクラウズ邸へ赴く前に、ここへ来たのも彼女自身の強い希望だった。


 その依頼主の貴族直々に詳しい内容を説明すると聞かされており、五人は出されたお茶にも手をつけす、緊張して黙っている。


「お待たせしてしまってごめんなさいね」


 ノックと共に扉が開かれた。五人は跳ねるように一斉にソファーから立ち上がる。


「まあ! どうか堅苦しくなさらないで。皆様お座り下さい」


 入って来たのは落ち着いた色調のドレスを着て黒猫を抱いた貴婦人だった。まだ若い。二十後半辺り。彼女に続いて室内へ入ろうとしてきた商会の者や従者らしき男たちをやんわりと押し止める。


「申し訳ないのだけれど、あなた方はお話が済むまで外で待っていて下さるかしら」


「ですが、奥様!」


「お願い」


 そのたった一言で彼らは押し黙り、その言葉に従って回れ右をした。最後に商会の初老の男が部屋を出る間際、ソファーに座り直したカイムたちを振り返る。


「あー君たち、くれくれも粗相の無いようにな。この方は……」


「ミヒャルドさん」


 婦人にひと睨みされ、彼は素直に口と扉を閉めた。


「誤解なさらないでね。私は別に大した権力を握ってるとかそういうのはないから。あの人がちょっと心配性なだけよ」


 若干砕けた口調に変わる。その後、彼女は決まり悪そうに再びドアを開け、自分の分もお茶を用意して欲しいと外の男たちに頼んだ。

 

 シュトルベルク男爵家当主の妻クリスティーナと彼女は名乗った。フェイランが請け負った二匹の猫捜索の依頼主である。抱いている黒猫はカイムたちが救出したペットたちの内の一匹だ。駐屯所で遊んであげたマチュアは特にはっきり覚えている。


「クリスとお呼び下さいね。そして、あなた方に助けて頂いたこの子はディートリンデ。ディートと呼んで頂けると嬉しいわ。ほら、あなたの恩人の皆様ですよ。ご挨拶なさい」


 彼女は正面のソファーに腰かけ、微笑みながら猫の前足を手に取り軽く振ってみせた。猫の首輪につけられた鈴の澄んだ音色。ディートは何するの? といった様子で彼女の顔を見上げている。


「あなた方にはこの子を救って頂いて本当に感謝しています。改めてお礼を言わせて頂きますわ。ありがとうございました」


「いえ、そんな……」


 深々と頭を下げるクリスにカイムたちは恐縮する。


「あの……もう片方の子はお救い出来ず……申し訳……」


「謝る必要はありません」


 クリスは無理に笑顔を作ってフェイランの謝罪をさえぎった。


「依頼報酬も多少減額させて頂きましたし、それに関してはあなた方に一切の落ち度はありません。悪いのは私です。私がもっと早く依頼を出していれば……」


 彼女は猫を抱きしめた両腕に力を込め、唇をぎゅっと噛み締めた、ディートが軽く抗議の鳴き声をあげ、慌ててゴメンねとその頭を撫でる。


 彼女が直近になってディートと同時に茶トラの捜索依頼を出したのには、ある理由があった。その猫がすでに老齢であった為、死期を悟り自分から行方をくらましたのだと、迂闊にも思い込んでいたからだ。実際それは衰弱した猫が身を隠そうとする習性が誤って流布されたものに過ぎないのだが、一部の猫にはそうした行動を取る固体もいる、と信じる人々は多い。

 だが続けてディートまで行方不明になり、彼女はそれが間違った思い込みであった事に気づいた。


 お茶を持ってきてくれた商会の女性に礼を言い、彼女が退室した後、クリスは少し戸惑ったようにカイムたち五人を見回した。 


「ところで救出に関わって下さった冒険者の方は、四人とお聞きしていたのですが……」


「どうか非礼をお許し下さい。実はちょっと訳ありで、彼女もある形で今回の件に少なからず貢献してくれていたんです」


 すかさずカイムがこかげを指し示す。彼女が囮になってくれなければ相手の尻尾を掴むことは出来なかった。続いてテッドも口を開く。


「今回の依頼は調査とお聞きしました。僭越ながら申し上げますが、彼女は忍びというその方面のエキスパートなのです。恐らく我々の中で最もお役に立てるかと」


 男性二人の迅速なフォローの後、こかげが立ち上がった。


「無理にとは申しませんが、出来ましたら私も参加させて頂けないでしょうか?」


「分かりました。願ってもないことです」


 クリスは微笑みながらあっさり即答した。


「では、あなたの分の報酬も上乗せ致しましょう。よろしく頼みます」

 

「感謝します」


 こかげは軽く頭を下げて着席した。


「金に糸目はつけないというわけね」


「ちょ! マチュアさん!」


 すっかり緊張もほぐれたのか、ずけずけと言う彼女にフェイランが慌てふためく。


「いいのですよ。実際その通りですもの」


 クリスはそんな二人に苦笑した後、表情を改めた。


「すでにお察しかと思いますが、あなた方にお願いしたいのは他でもありませんん。ペットを買い取っている謎の組織を突き止めて頂きたいのです。そして可能ならば、カールハインツを探し出し助けて頂けないでしょうか?」

 

 それはすでに買い取られた茶トラ猫の名前。五人は一様にその顔に難色を示した。


「難しい話である事は重々承知しています。それが駄目なら、せめてどうなったかだけでも知りたいのです。私は愚かでした。あの子が自分の意志で姿を消したと思っていた時はまだ諦めもつきました、けれど……」


 彼女は穏やかな雰囲気を一変させた。奥歯をギリリと噛み締める。


「そうでないのなら、あの子にもしも不幸をもたらした者がいるのなら、私は何があろうとその者を許しません。私からあの子を奪った者を許しません。あの子は年老いていました。だからといって……」


 クリスのカールハインツへの思いがとくとくと語られる。


「失礼」


 こかげが話を遮った。


「要するにそれは我々に死ぬ気で調査に望めという意味に受け取ってよろしいのでしょうか?」


 室内の空気が凍りついた。


「こ、こかげさん」


 おろおろと制止しようとするテッドに目もくれず、彼女は続けた。


「でしたら、そのご意志は充分伝わりましたので、他に有益な情報や調査に対して捕捉などありましたら……」


「こかげ!!」


 カイムの大声に彼女はビクッと体を震わせ口を閉ざした。


「お座り」


「最初から座っている」


「カイムさん、そもそもこかげさんは今、犬じゃないんですから……いや猫か」


「それ以前にそれ面白いと思って言った?」


 テッドとマチュアが情け容赦なく突っ込む。しんと静まり返る中、フェイランがあたふたと立ち上がった。


「まあまあ皆さん。カイムさんはきっと場を和ませようとしてくれたんですよ」


 こかげの肩に手を置く。


「実はこの方、ついこないだまで猫だったんです! で! あちらのカイムさんが飼い主だったんです! ですのでカイムさんはクリスさんのお気持ちに共感できて、こかげさんを止めたんだと思います。というか、えーと、その……」


「それ喋る必要あります? むしろ話をややこしくしてるだけでは……」


「このどうしようもない状況を、どうにか収拾つけようとする努力だけは認めるわ」


 テッドとマチュアは顔を歪めてこめかみに指を当てた。


 結局、クリスは自分の感情をただカイムたちにぶつけようとしていただけだったと気づいたのか、その後、特にこかげを咎める事もなく淡々と情報提供に話を切り替えた。


 この三日間、彼女は黒マントの男らから徹底的に組織に関する情報を聞き出していたらしい。

 査定買い取りに訪れていた中年の女性始め、接触したすべての人物の特徴。いつどこでさらったペットを、いついくらで売り渡したかの詳細な情報等。

 貴族といえど、どう考えてもその領分を越えた権限を持っているとしか思えなかったが、それに関して彼女は一切何も語らなかった。

 それらの情報を開示された後、指名依頼の通例通り報酬の三割を前金として商会側から受け取り、クリスとの打ち合わせは微妙な空気のままお開きとなった。

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