第23話 事後処理
二人が元の場所に戻ると、そこはすでに大騒ぎになっていた。
野次馬の数は増え、その中を衛兵や衛兵付きの治療術師が忙しなく走り回っている。テッドやフェイランは衛兵たちに懸命に状況を説明していた。路地左右の建物の住人の中には、わざわざ自分から出向いて目撃した情報を提供してくれている者までいた。
状況の確認が終わった後、今度は当事者全員最寄の駐屯所に連行させられ、そこでもまた事情聴取が始まった。
一刻も早く黒マントたちのアジトを突き止めないと、彼らの仲間にペットごと逃亡される危険がある。そう衛兵に訴えかけるカイムたち。
乗り気でない衛兵らの心情を大きく揺さぶったのは、カイムらとフェイランの依頼主が貴族である、という一言だった。言った方もそれによって心動かされた方も、双方褒められたものではなかったが、手立てを選んではいられない。
精神魔法による自白という最終手段をちらつかされ、黒マントたち二人組はあっさりアジトの場所を明かした。
それは意外と近くにあった。繁華街の隣にある生鮮食市場の一角。そこは野良犬や野良猫が多く、昼夜問わずその鳴き声でうるさいことが知られていた。そこなら、さらったペットたちが鳴き声をあげても怪しまれにくい。木を隠すなら森の中というわけだ。
深夜にも関わらず早速衛兵隊の一団が組織され、カイムたちもそれに同行して乗り込んだ。
アジトの家屋でペットたちの世話をしながら留守を守っていたのは、たった二人の仲間だった。彼らは逃亡することなく無抵抗で降参し、さらわれていたペットたちは無事保護された。
リルの愛犬ウェンディを始め、カイムたちの目的である毛長白猫、フェイランの目的である黒猫。そして飼い主不明の犬も一匹いた。しかし、フェイランのもう片方の目的である、一月前に行方不明になったという茶トラ猫の姿はなかった。
ともあれ彼らは皆元気こそ無けれど、比較的良好な健康状態だった。ずさんな管理は行っていなかったようだ。
ペットたちは一時的に駐屯所で保護されることとなり、改めて彼らをさらった目的について黒マントたちへの尋問が行われた。
それにより、黒マントたちからペットを高額で買い取る謎の組織の存在が明らかになった。彼らにもその素性は不明。二月ほど前に冒険者ギルドの酒場で個人的に接触してきて、ペット誘拐の仕事を持ちかけてきたという。アジトのぼろ家屋も彼らの資金提供で入手したものだ。
その組織は不定期に黒マントらに接触し、その都度さらったペットを買い取っていった。茶トラもすでにその中に含まれていた。
そしてその値段の付け方が一風変わっていた。
『元の飼い主に対する愛情が深ければ深いほど高く買い取る』
ペットの査定に必ず訪れる首謀者らしき中年の女はそう言った。
その女の洞察力は驚くべきものだった。一度、捨てられたばかりであろう身奇麗な犬を拾って売りつけたことがあった。それにそこそこな値がついたことに味をしめ、今度は比較的おとなしい只の野良犬を捕まえて、その体を洗い毛並みを整え、さも飼い犬であるように見せかけ売りつけようとした。
ところがその犬は全く見向きもされなかった。また、飼い主に虐待されていた猫をさらった際も買い取りは拒否された。
そうしたペットや野良をさらい、外見だけ取り繕っても無駄だと釘を刺された。のみならず、そのように信用ならない行為を続けた事が女の逆鱗に触れたらしく、次に訪れるまでにこちらが満足する五匹以上のペットを用意出来なければ
関係を断ち切ると恫喝された。
その結果、無理をしてこのような結末を迎えた次第だ。
その組織が存在する限り、また同じ事件の起こる可能性が大きい。まだまだ謎だらけではあるが、衛兵隊の犯罪捜査部門によって引き続きそれを突き止めるべく捜査が続行されることとなった。
黒マントらは投獄され、モヒカンと角刈りもその共謀及び障害罪という形で同じく牢にぶち込まれる結果となった。もちろん全員、それを持つものは冒険者ギルドの資格も剥奪された。
冒険者同士の抗争は日常茶飯事な為、本来ならば両者痛み分けという形で黙認されるケースが多い。カイムらがその例に漏れず不問に付されたのに対し、黒マントやモヒカンたちが一方的に障害罪をも問われるという不公平な形になったのは、彼らが貴族に不利益をもたらす側にいたという理由がある。
貴族社会の理不尽さを象徴する裁定だった。
ともあれ根本的な解決はなされなかったものの、カイムたちにとっては一部を除き依頼は達成した形になる。
彼らが駐屯所から開放された時には、すでに朝日が昇っていた。そこから表向き依頼主の各商会へ達成報告に出向かなければならない。しかし、解散する前に彼らにはまだやるべきことがあった。
リルの喜ぶ顔が見たい。四人ともその思いは一致していた。場所を知るカイムとそれに随行する形でテッドが、リルの自宅へ知らせに赴いた。
「ウェンディ!」
ペットたちが保護された駐屯所の一室で、リルは愛犬との感動の再会を果たした。レトリーバー種のふさふさな茶色い毛並みに顔を埋め、強く抱きしめる。
ウェンディの方もたった一日ぶりだというのに、尻尾を激しく振ってとても嬉しそうだ。リルはうっとりした顔でその柔らかそうな毛を撫で回している。
それを見守るのは衛兵たちやカイムら四人とこかげ。それとリルの保護者であるクラウズという名の老人。紺を基調としたローブをまとった威厳ある男だった。
リルとウェンディの再会を見守るのは彼らだけではない。ともに囚われていたペットたちも、ケージの中からそれを羨ましそうに眺めて鳴いていた。飼い主との繋がりが深いゆえに余計にそうなのだろう。
ちなみに出所不明だった犬に関しては、黒マントから聞き出して判明した飼い主の家に、衛兵側で知らせに行ってくれるとのことだった。他の二匹の猫たちもカイムらが商会に報告すれば、本日中にでも貴族の飼い主自らすっ飛んでくるはずだ。
そんな彼らの痛ましい鳴き声を不憫に思ったのか、フェイランとマチュアが揃ってそれらのケージへ近づいた。フェイランは直接手で犬をあやしている。人懐こく彼女の指先を舐める犬。
マチュアは何処から拾ってきたのか、矢じりを失った矢で黒猫や白猫の気を引き始めた。柵の間から矢羽を中に入れフリフリと動かしている。時々、ケージの外に出して意地悪もする。中から一生懸命手を伸ばして、その矢羽を引き寄せようとする猫たち。
二人ともそんなペットたちの様子に至福の笑顔だ。気が紛れたのかその鳴き声も止んでいる。
よくやく気が済んだらしく、リルはウェンディの体を離してカイムに歩み寄った。ウェンディも賢くその後に続く。
「お兄ちゃんたち本当にありがとう! これ約束のお礼」
懐をごそごそと探り、お小遣いを取り出してその小さな手でカイムに差し出した。
カイムは彼女の前にしゃがんで、その頭に手を置く。カイムに抱かれたこかげは、ケージの猫たちをあやすマチュアの矢羽を一心不乱に目で追っていた。
「どういたしまして。でもお礼はその気持ちだけで……」
にこやかに言いかけたカイムの肩にそっと手が置かれた。
「カイムさん。ここは素直に受け取るべきです」
テッドが穏やかに諭す。
「彼女はどれだけの覚悟であんな怖い酒場に足を運んだことか。その思いを無碍にするのはかえってリルさんに失礼です。あなたが体裁ではなく、優しさから辞退しようと……」
床の上で巧みにうねる矢羽の動きに遂に耐えきれず、こかげはカイムの腕の中から飛び出した。すごい勢いで床を滑りながらマチュアの持つ矢にかじりつく。それを奪い去っていくこかげをマチュアは慌てて追いかけた。
「あーっ! こかげ! 横取りするんじゃないわよ!」
「こかげさんて運動神経いいんですねえ」
「こら、こかげ! 他の猫たちが可哀想だろ。それはマチュアに返してやれ」
「……しているのはわかってます。けれど、どうかこの子の決意も尊重してあげて下さい。て、今いい話してるんですけど、カイムさん聞いてます?」
結局、カイムは素直にリルからの報酬を受け取った。
「また何かあったら、いつでも頼りにきてくれ。喜んで依頼受けるよ」
「うん! 困ったことがあったら会いに行くね!」
曇りない笑顔でリルはカイムにそう答えた。
リルたちと連れ立って駐屯所を出たカイムたち。
出口から少し離れた場所で、カイムはリルの祖父クラウズに声をかけられた。
「うちの孫が本当に世話になった。お前さん方には心から礼を言うよ。で、これはワシからのほんの礼代わりの提案なんだが……」
彼はカイムの腕の中で眠るこかげをじっと見つめた。
「お前さんのその猫は強力な呪いによって人が姿を変えられたものだ。ワシならその呪いが解けるかもしれん。どうだ? お前さんさえ良ければワシに任せてみる気はないか?」
唐突なその言葉の意味が理解出来ず、カイムはしばらく無言でそこに立ちすくんだ。他の三人も老人の言葉に驚いて足を止めた。
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