第26話 新たな仲間

 こかげはマチュアと同じく、ここで宿酒場の従業員として働かせて貰うことになった。本人の強い希望である。

 人の姿を取り戻したばかりであるし、彼女の体調を気遣ってアンジェはせめて今日一日くらいはゆっくり休むことを薦めてくれた。カイムもそれに同意するも、こかげは頑として聞き入れなかった。

 アンジェは仕方なく、取りあえずマチュアについて回り仕事内容を一通り把握して覚えるようこかげに言い渡した。


 まずは接客。見目麗しいこともあり、アンジェとしては大いに期待していたのであるが、残念ながらそれは期待外れに終わった。

 とにかく愛想がないのだ。

 女性客に対してはまだマシな対応こそすれ、男性客に対してはとにかく無愛想の一言に尽きた。実生活では小生意気なマチュアもプロ意識の高さゆえか、カイムなどの一部例外は除いて客への対応はそつがない。それでも接客はそこそこと言われるマチュアと比べてさえ天地の差があった。


 ただ、その他の掃除、洗濯、料理等に関してはかろうじてそれなりの及第点は得られた。元々身体能力が高く、手先が器用で飲み込みも早い為だろう。忍びの名は伊達ではなかった。

 

 結局、こかげは裏方専門に回ることになった。接客態度が良ければ、マチュアとタメを張る看板娘になり得たのにと、アンジェは大いに悔しがったものだ。

 

 そうした中、カイムとアンジェはカウンターで向かい合っていた。


「お仲間の女子二人に働かせてあなたは酒場でのんびり。羨ましいお立場ね」

 

「ぐっ……」


 アンジェの痛烈な一言がカイムの胸を抉る。多少なりとも気にしていたのだ。似たような嫌味を以前にも言われた気がする。


「その物言いは心外ですね。だからこうして懸命に次の仕事探してるんじゃないですか」


 資産は仲間で共有しているわけではない。ゆえにアンジェのそれは言いがかりに等しい。ただ、傍から見ればそういう構図に見えるのは間違いない。

 だから彼はせめて二人の負担を軽減しようと、手頃な仕事がないか依頼書に目を通しているのだ。

 

「で、いいの見つかった?」


 アンジェはカウンターに頬杖をついて気だるそうだ。他人に働かせてのんびりしてるのはお互い様だとカイムは恨めしく思う。もちろん、顔には出さない。


「うーん、ソロで出来そうな仕事なら幾つかあるんですけど、それだと報酬が少なくて……。せっかくだし、三人で丁度こなせて割の良い仕事探してるんですけど、なかなか無いですね」


「選り好みしてる余裕はあるのね」


「もう少し人数が多ければ出来そうな依頼はあるんですよ。ほら、これとか……」


 カイムの見せた依頼書は隣街まで商人の馬車を護衛する任務だ。

 

「拘束期間は長いけど報酬は悪くないわね。条件は五人以上か……。なら昨晩ここに来てた二人を誘ってみたら? 仲良さそうだったじゃない。というか、なんで彼らとパーティ組まないの? 五人以上なら他にも出来る仕事一杯あるわよ」


 二人とはテッドとフェイランのことだ。


「二人とも別の支部所属ですし、それぞれソロが性に合ってるみたいなんで、なんとなく声かけづらくて……。良い人たちなんですけとね」


 困った顔でハハハと笑う。テッドはともかく、フェイランは初めて出会った時に同行を断られた経緯がある。こちらから再び誘うのは若干抵抗があった。


 アンジェは深い溜息を吐いた。


「情けないわね、しっかりなさい」


「え?」


「人数が必要だと思うんなら、あなたが中心になって多少強引にでも集めなきゃ。それが今の仲間の為になるなら尚更でしょ。あなた、あの子たちのリーダーだって自覚ある? 無いならいっそ彼女たちに養って貰うといいわ」


 口調は優しくとも内容は苛烈だ。


「お。いい考えですね、それ」


 減らず口を叩いてアンジェに睨まれた。もちろん言われた事は真摯に受け止めている。

 王都出立に際し、そこの冒険者ギルドで仲間を募ったものの誰一人として加わってはくれなかったという過去。実はそのことが消極的な対応になる一因にもなっていた。

 


 その後、カイムとこかげはアンジェの計らいにより、酒場で二人きりで夕食をとった。

 こかげが真っ先に口にしたのは鮎の干物だった。それは猫としてカイムと初めて出会った時、彼に与えられて口にした物である。その他、注文したのは鶏のささみや煮干しなど猫の時の好物ばかりだった。

 人として栄養バランスに欠ける偏食。しかし、カイムは敢えてそれを咎めなかった。人の姿になって久しぶりに自分の好きに摂れる食事だ。

 今回くらいは自由にさせてあげよう。

 そこでふと彼は、まだ自分がこかげの飼い主気取りでいることに気づいた。

 この先、ちゃんと野菜なども食べるよう薦めたら彼女はどんな顔をするだろうか。

 対面で黙々と食べるこかげを眺めながら、カイムは自分の食事も忘れてそんなことを考えていた。


「うまいか?」


「ん」


 お互い不器用で十年ぶりに再会した父娘の食事風景を思わせるような会話。

 せっかくアンジェが気を利かせ、食事を共にする機会を与えられながら、結局二人の間で交わされたのはそれのみだった。



 その日の夜更け。

 こかげはマチュアと同室で寝泊りすることになった。

 

「ていうかホントにそんなとこでいいの? ちょっと狭いけどこっちで一緒に寝ない?」


 マチュアはベッドの上で腹ばいになり、両膝を交互に折り曲げている。

 彼女はここで働くことを条件に宿泊費を格安にして貰っていた。こかげはそれすらも払えないので、カイムが負担しようとした。それに対し、マチュアが自分との相部屋を提案したのだ。本来、同室だろうが宿泊料は取られるのが一般的だが、マチュアの口利きで特別に免除されるという。

 すでにカイムに食事代を払って貰っているこかげは、マチュアのその厚意に一も二も無く飛びついたのだ。


「いや、私はここで構わない。元々、床で寝るのは慣れている」


 床にマットを敷き、下着姿で頭から毛布を被っている。その格好で座り込み、自分の忍び道具の手入れを行っていた。

 

「色々すまないな。猫の間も貴殿には世話になった」


「ぷっ! あはははは!」


 突然吹き出すマチュアに対し、こかげは昼と同じ調子で睨みつけた。


「何がおかしい」


「普通、笑うでしょ、それ」


 マチュアは引っくり返って腹を抱え、足をバタつかせた。


「ふん。恩義は感じるが、やはり貴殿は好かん」


「あーははははは!」


 それを聞いて一層笑い転げる。こかげは諦めたのか、黙々と作業に専念している。ようやく笑いのおさまったマチュアはぜいぜい言いながら、うつ伏せの体勢に戻った。


「ひー、死にかけた。猫の時から絶対そう思われてると思ってた。あんたも大変なのに笑いものにして悪かったわ」


「別にいい。気にしてない」


 淡々とした口調。拗ねているわけでもなさそうだ。


「これはもう聞くまでも無いわね」


 マチュアがぽつりと呟く。


「何か言ったか?」


「別に。もう寝るわ。それ終わったら明かり消しといてよ。明日も早いんだからあんたも早く寝なさい。おやすみ」

 

 もぞもぞとベッドに潜りながらマチュアは答えた。


「わかった。明日もよろしく頼む」

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