第3章 必殺とか言いたくないんだけどね。大人の事情でさ
第16話 猛き白鳥亭
『麗しの小兎亭』に戻って休む間もなく、カイムとマチュアは新しい依頼を受けた。それは行方不明になったペットの猫探しの依頼だった。
猫を連れている、というだけの適当な理由でアンジェに紹介されたものだ。
貴族からの依頼だけあって報酬は格段に良かったので、二人は一も二もなくそれを快諾した。まだ戦いに自信のない二人にとっても、比較的平和に解決を望めるであろうこの依頼は特に断る理由も無かった。
ただし、それには五日間の期限が設けられていた。その期限内に達成出来なければ、依頼を再受注する権利すらも失われる。ペットの命がかかっているかもしれない仕事だ。無能な冒険者に無期限で任せられるほど悠長に構えていられるはずも無い。
貴族の飼うペットというものは本来その屋敷内か、少なくとも敷地内を出ることはないはずである。なのに忽然と姿を消した事に二人は大きなひっかかりを覚えつつも、まずは依頼主である貴族の館を中心に捜索と聞き込みを行った。
しかし結局その日は何の手がかりも得られず、捜索は翌日に持ち越された。
昼下がりの街中。
猫の肖像画を手に、カイムたちは今度は貴族の屋敷に一番近い繁華街で聞き込みを行っていた。
「うーん、悪いけど見かけたことないわねえ」
露天商の女性はカイムの見せた肖像画を目にして首を振った。描かれているのはふさふさで真っ白な毛に覆われた気品のありそうな猫である。野良猫として見かける事など滅多にない種で、目撃されていたならば間違いなく記憶に残っているはずであった。
「そうですか……。ありがとうございました」
カイムはその場から離れて深く溜息を吐いた。彼の革兜の上に悠然と鎮座するこかげが、それと対照的に暢気な欠伸をする。
街中でのペット捜索といえ何が起こるか分からない。彼は物々しくも完全武装の状態だった。くたびれた革の鎧に、腰には短剣、手斧。そして背中には新たに奮発して購入した真新しい盾。
ヘルハウンドとの戦いで失った平面の丸盾に比べ、同じ木製でも中央を頂点に少し膨らんだ形に加工され、その表面がさらに薄く滑らかななめし革で覆われている。これにより単純に強度が増しただけでなく、斬撃に対してのみであるが一定の耐性も備わっている。ただし、それに伴いコストは遥かに高かった。
「猫探しでも流行ってんのかい?」
何度目の聞き込みだろう。見たことないと答える雑貨店の親父さんにお礼を述べて立ち去りかけた時、カイムはそう言われて足を止めた。
「ついこないだ、美人のねーちゃんにも聞かれたな。その猫とは違うようだけど」
「どんな人でした?」
ふと気になって訊ね返すカイムに、親父さんは何を思い返したのかだらしなく相好を崩しながら、
「まだまだガキっぽいところもあるが、スタイル抜群のいい女だったぜ。いやあ、胸なんかもうこんなで……」
両手でジェスチャーしながら、今にもグヘヘなどと言い出しかねない雰囲気だ。
「その人、猫捜索に関して他に何か言ってませんでしたか?」
「それなら、ほれ、店の入り口のそこに張り紙がある。そのねーちゃんが張らせて欲しいと言ってきたやつだ」
「ありがとうございます!」
カイムは親父さんに深く頭を下げ、彼の指し示す張り紙に飛びついて目を走らせた。
「カイムー! 何か進展あったあ?」
丁度そこに別行動していたマチュアが、息を切らせて駆け寄ってきた。それに対し張り紙に視線を釘付けたまま答える。
「進展というか、もしかしたら関係あるかもしれない程度の情報なら。そっちは?」
「収穫なし。面目ない」
「そうか。気にするな」
「で、その情報って?」
すぐ隣に来たマチュアへ、カイムは無言で張り紙を指し示す。彼女の背丈でもかろうじて読める高さに張られたそれを、マチュアも見上げた。
その張り紙には二匹の猫の細かな特徴がまず記され、その下にはこう書かれていた。
[上記猫をどちらかでも手厚く保護し、『猛き白鳥亭』にお連れ下さった方へ報奨金をお支払いします。また、同猫の目撃情報を提供して下さった方へも、その情報を元に保護出来た場合に限り礼金をお支払いします。
それらの用向き、もしくは詳細は『猛き白鳥亭』の『双角の牙』まで。当人は留守が多いのでその場合は店のマスターにお願いします]
さらには簡単ながら店の場所を示す地図まで記載されていた。
『猛き白鳥亭』とは『麗しの小兎亭』と同じ冒険者ギルドの一支部である。
「どうでもいいけど、双角の牙て意味わかんないんだけど。微妙に頭悪そう。で、これがあたしたちの猫探しにどう関係するの?」
いつも通り思った事を率直に口するマチュア。
そこへ少し離れた場所で寝そべっていたこかげが近づいてきた。彼女の足元へ辿りつくと顔を見上げ、身軽にジャンプしてその上半身へ飛びつく。
「何あんた。服に穴空くから、爪立ててしがみつくのやめて」
突然猫に抱きつかれ、言いながらまんざらでもなさそうだ。顔を緩めながら抱きしめようとした時、こかげはそこからひらりとカイムの胸元へと飛び移った。
「あたしは単なる中継点か!」
慣れた様子でそんなこかげを抱きとめながらカイムは答える。
「俺たちとまったく同じ時期に猫を探しているのが気になるんだ。このまま闇雲に探すより、この人に会って詳しく話を聞いてみようかと」
「なるほど……。それも一理あるわね。少し一休みしたいし、この『猛き白鳥亭』とやらに行ってみましょう」
「そうそう、その『双角の牙』って通り名聞いて今、思い出したんだが……」
二人の会話を聞いていたらしい店の親父さんが、唐突に話に割って入った。
「その美人のねーちゃん。頭にこんな角生やしてたぜ」
両手で頭に闘牛の角の形を作ってみせる。
「あと、牛みたいな尻尾も生やしてたな。ありゃガウルとかいう牛人族だっけ?
ここらじゃ滅多に見かけない種族だな。それと柄の長い刀も持ってたような」
それ特徴として真っ先に思い浮かぶべき事項だろ!
と叫びたい衝動を抑え、カイムは親父さんに重ねて丁重に礼を述べた。
そしてマチュアに振り返り、
「やっぱ考え過ぎかもしれない。今の俺の話は聞かなかったことにしてくれ。引き続き地道に聞き込み続けようか」
猫を探してるのがフェイランと知った途端、カイムは主張を逆転させた。彼女のことは好意的に思う反面、会うのは抵抗がある。そんな複雑でデリケートな彼の思いはマチュアににべも無く一蹴された。
「は? どこかに頭ぶつけたの? つべこべ言ってないでさっさとこのギルド支部へ行くわよ」
情報提供してくれた雑貨屋の親父さんへの礼に、マチュアは律儀にも店の商品である小さな
「でもお前、確かギルド登録費未払いだよな? そんな買い物してて大丈夫か?」
「これくらいなら平気よ。それに空いた時間は宿酒場の仕事もさせて貰ってるし……。あんただって無駄遣いしてたじゃない。そんな高価な盾買って」
「無駄とか言うな。これは必要経費だ」
繁華街のほぼ中心部に位置する『猛き白鳥亭』はリース最大の冒険者ギルド支部である。
街外れにぽつんと位置する小兎亭などの小さな支部に比べ、一回りほど店の規模が大きい。そこに籍を置く冒険者の数もそれに比例して最多だ。
ヘルハウンド騒動の際、住民が真っ先に依頼を持ちかけたのもここである。
当時、ここの冒険者のほとんどは砦奪還作戦に参加しており、ほぼもぬけの殻だった。その作戦が失敗に終わった今現在は彼らの多くが帰還し、その頃とは様相を一変させていた。
酒場内は多くの冒険者で賑わい、喧騒に包まれている。彼らは皆一様に虫の居所が悪いのか、かなり荒ぶっている様子だ。それもそのはず、彼らのそのほとんどが負け戦から命からがら逃げ延びた連中である。
大声で怒鳴り散らす者、誰彼構わず喧嘩をふっかけようとする者、テーブルに突っ伏して泣き喚く者までいる。中にはおとなしく酒を嗜む者もいるが、その眼光は異様に鋭く殺気に満ちている。冒険者たちは男女の区別無く皆そのような有様であった。
酒場の店員たちはそんな客層にほとほと手を焼いている有様だ。歴戦の勇士と思わしき屈強な体格の店のマスターが、一喝と睨みを利かせながら対応していなければ、一触即発大乱闘という危うい状況であった。
カイムとマチュアは店の入り口前で、その様を目にし思わず尻込みした。人も少なく暢気な雰囲気の小兎亭とは別世界だ。
「なあ、やっぱ入るのやめようぜ……」
「な、なに弱腰になってんのよ。これくらいで怖気づいてたら冒険者なんて勤まんないでしょ」
フェイランと顔を合わせることにためらいを覚える気持ちも手伝い、弱気のカイム。逆にその発言がマチュアの決断を後押しした。
彼女はずかずかと店の中へ。カイムもこかげを腕に抱いたまま、仕方なくその後に続く。その際マチュアはマントのフードをすっぽり頭に被り、どうにか箔をつけようといじましい手を打つが、
「どうしたお嬢ちゃん。お兄ちゃんと一緒にママのお使いか?」
「そのお兄ちゃんの方は可愛い猫ちゃん抱いて、妹の後をついてくので精一杯だそうだ!」
その努力も空しく、早速大きな笑い声と共に野次に晒される。
「むかつく……」
マチュアは歯軋りしながらもどうにか堪えている。カイムもこのような誹謗中傷には慣れているのか、案外顔色一つ変えず飄々としていた。
「俺に対する
そんな客に怒声を飛ばすマスターに、二人は猫探しの事について訊ねようとするものの、
「見てわからねえのか? 今忙しいんだ。その件に関しては請け負ってる奴がもうすぐ戻るからおとなしく待ってろ」
そうすげなくあしらわれてしまう。仕方なく隅っこの空いていたテーブルに移動しようとした二人をマスターが呼び止めた。
「ちょっと待て。もしかして猫を見つけたのか?」
カイムの抱いていたこかげに気づいたらしい。
「いや待てよ……。依頼の猫は黒と茶色の毛並みだったはず」
「あ、この子は関係ありません。紛らわしくてすみません」
カイムが素直にそう謝ると、マスターは、
「そうか、呼び止めてすまんな。テーブルに着いたら人をやるから何か適当に注文しろ。担当が戻ったら教えてやる」
意外と面倒見がいいのか、それだけを言ってすぐさま別の客に怒鳴り散らした。
「おい! そこ! 喧嘩するなら外でやれ! こらあ、てめえ! 店員に手ぇ出したらぶっ殺すぞ! つーかお前ら、こんなとこで管巻いてる暇あったら何か仕事しやがれ!!」
カイムとマチュアは片隅のテーブルに着いて小さくなりながら、口を揃えて呟いた。
「小兎亭が恋しい……」
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