第12話 ハーフエルフの出稼ぎ戦士

 カイム、マチュア、クロードたち三人の乗った馬車は、その日の夕刻手前にはリース郊外の田園地区に到着した。


 城塞都市を謡うリースであるが、厳密にはその体をなしていない。堅固な城壁に守られているのは北半分のみで、南側は田園を取り囲む山々がその役目を担っている。


 虫除けの原液を取りに行くため一旦クロードの自宅に立ち寄り、そのまますぐに住民たちの避難場所である中央広場に向かう。


 そこは避難民や怪我人を収容する仮設テントが幾つも設置されていた。広場の周りは急ごしらえの木組みのバリケードで囲まれている。テントに入りきらずござの上に寝かされている怪我人も多い。

 その傍らで懸命に看病する者。

 無気力にその場に座り込んで微動だにしない者。

 人々の間を走り回って、介護に勤める者。

 家族で身を寄せ合う者。

 赤子や子供の泣き声、怪我人の呻き声が響き渡るそこは、大規模な天災に見舞われたのかと見紛う悲惨極まりない光景であった。


「おーい!  冒険者さんたち連れて帰ったぞー!」


 想像以上の惨状に呆気に取られるカイムとマチュアを引き連れ、クロードは意気揚々とそんな人々に手を振った。一斉に注目が集まる中、数人の住民がのろのろとした足取りで出迎える。陰鬱な雰囲気はさして変わらなかった。

 その人々の中から唯一喜び勇んで駆け寄ってきたのは一頭の犬だった。

 

「おー、レオ! 留守番ありがとうな。留守の間、魔獣は出なかったか?」


 耳がピンと立ったシェパード種の大型犬だ。体毛は黒と茶二色のダブルコート。嬉しそうに尻尾を振りながら、片膝ついて手を広げるクロードに飛び込んでくる。


「クロード、ちょっとこい」


 愛犬の頭を撫でるクロードは住民たちの一人に引っ張られ、人々の輪の中へ。そこで彼らはカイムたちを放置し、小声でコソコソと内輪話を始めた。


「お前まで、まーた頼りなさそうな連中連れてきおって……」


「だから、オラ言ったでねが! もっぺんお役所さ、かけあって助けて貰うべきだって」


「いやいや、 お役人なんざ当てにならねえ! それより直接屯所さ駆け込んで兵隊さんに来て貰った方が……」


「何言ってんだ。あそこは隊長が代わってから、俺たちのこと全く気にかけてくれなくなったろうが」


「だなあ……。行っても多分、無駄だ……。それに次の戦に駆り出されて、駐屯所に残っとる兵の数も大分少ないようだしなあ」


「前任の隊長さんは気さくでええ人だったのにな……。あの方なら無理してでも助けに来てくれたろうに」


「ヘルマン様か……。なんでもつい先日、重い病にかかって隊長の任を退かれたとか」


 歓迎どころか完全に蚊帳の外のカイムが、人々の輪の中に唐突に割って入った。


「お話の最中すみません。見たところまだ大勢の怪我人がいらっしゃる様子」


 訝しがる住民たちにカイムはそこで拾ってきた二本の薪を差し出す。それぞれセイゲツの明かりが灯っていた。


「この光には怪我を治す効力があります。出来るだけ多くの怪我人に、この光が当たるよう手配して頂けませんか?」


 薪を手渡された人々が唖然としていると、


「急いで下さい。 その光はそんなに長くは持ちません。布地や包帯越しでなく、出来るだけ光が直接患部を照らすよう配慮して下さい」


 彼らは半信半疑ながらもカイムの指示通り、怪我人たちを二箇所に集め始めた。


 ファルネア教会から応援に駆けつけた司祭も扱うジュエル魔法のコウフウ。

 代表的な治癒魔法の一つであるが、個々にしか効力を発揮しないという当然の制約がある。それに比べ、カイムのセイゲツは遅効性という欠点こそあれ、一度に広範囲かつ複数の怪我人を治療出来るという大きな強みがあった。


 その様子を呆然と見つめる一人の女性に、マチュアがおずおずと話しかけた。


「あの……、教会から救援にいらしたという司祭様は、今どちらに?」


「ああ、司祭様ならあそこのテントでお休みになられてるよ」


 年配の女性はそう言って、奥のテントを指し示した。


「あたしたちの治療の為に、魔法を使い果たして昏睡中だけどね……。けど、あんたのお連れさんのおかげで、今後はそこまで無理なさる事もないだろうね」


 怪我人たちは少しずつ痛みが引いて行く感覚に感嘆の声をあげている。それらの人々の様子を見守りながら、女性は安堵している様子だ。


「司祭様のお知り合いかい? お目覚めになるまで、まだだいぶかかると思うけど……」


 出来ればそっとしておいてあげて欲しい。女性は言外にそう匂わせている。


「ご無事を確認できれば十分です。ありがとうございました」


 マチュアは女性にぺこりと頭を下げた。


 カイムはというと、人々に感謝されながらその彼らに何かを頼み込んでいる。どうやらこかげの事のようだ。抱いていた彼女をそっと地面に降ろし、しゃがみ込んで対峙する。


「いいか、こかげ。俺が戦いに出てる間、ここでこの人たちの言う事を聞いておとなしくしてるんだぞ」


 猫に向かって真顔で釘を刺す。本人は真剣そのものだ。

 こかげは彼女にしては珍しく、カイムの前なのにふて腐れた様子。うずくまって耳を寝かせ、そっぽを向いている。彼についていけないのが不満なのだろう。


「やれやれ……。珍しく虫の居所が悪いな」


 不機嫌な様子のこかげに、カイムが困り果てていると、そのこかげの頭に横からそっと手が置かれた。犬の前足だった。先程クロードを出迎えた番犬のレオが前足を立てて座っている。舌を出して息をしながら、左前足を軽く添えるように猫の頭に乗せていた。そうしながら優しそうな目でちらちらとカイムに視線を送っている。こかげも何故か嫌がる様子もなく、その状態のまま、まったく動こうとしない。

 その様子がおかしくて、傍から見ていたマチュアは思わず噴き出した。


 住民たちが口々にカイムに告げた。


「名前で勘違いされやすいけど、レオは優しい雌だからねえ。その子のことは自分に任せろって言いたいのよ、きっと」


「その上、賢くて勇敢なんで任せて安心だべ」


 近隣住民たちの間でも随分評判が良いらしい。それらの言葉を聞いて、


「こかげの事、よろしく頼むよ。レオ」


「ワン!」


 威勢の良い返答を受け、カイムはこかげをその場に残して立ち上がった。遠巻きに見ていたマチュアを見つけ出し、彼女の元に歩み寄る。


「ところで、先に依頼を受けてたハーフエルフの冒険者って、どこにいるのかしら?」


 マチュアに問われ、カイムはそのことを思い出した。辺りを見回そうとした時、背後から二人に声がかかる。


「あ、どうも……。それ、僕のことですよね?」


 振り返った二人の目の前に、ぼんやりした風体の冴えない男が立っていた。

 カイムよりもずっと上の年齢だろう。ひょろりとした長身。銀色の長髪。

 クロードの言っていた通りハーフエルフらしく、純血種ほど長くはないが尖った耳をしている。革鎧と丈の長いマントで身を包み、手には短槍、背には短弓と矢筒、腰にはなた


「ええと……名はテッドといいます。いやあ、実はさっきからずっとお二人に話しかけようと思ってたんですが、なかなかその機会に恵まれなくて……」


「あ、あたしはマチュアです!  今回が初仕事です。魔法使えます……二つだけですけど。どうぞよろしく!」


 頼りなさげなテッドの挨拶に対し、マチュアは意外にもしゃちほこ張って生真面目な自己紹介をした。それらしい先輩冒険者を前にして、ようやく新米としての自覚が芽生えたのだろうか。


「この通り、俺も含めて二人とも冒険者としてまだ日が浅いんです」


 マチュアの態度に心中苦笑いしつつ、カイムもテッドを年配の冒険者と見込んで、素直に自分たちがまだ駆け出しであることを伝えた。


「共々、至らない点も多いと思いますが、よろしくお願いします」


「ああ……そんな畏まらないで下さい、お二人とも。僕だってこの仕事長くないんですよ。それにあなた方と違って魔法も使えませんし……」


 三人の間に何となく気まずい雰囲気が流れる。


「立ち話もなんですし、どこかに腰かけて話しませんか? 無駄な体力はなるべく使わない方がいいでしょう」


 テッドの提案で、三人はバリケード用の資材置き場に腰を落ち着ける場所を見つけ、そこに並んで腰を下ろした。


「いやあ……それにしても、お二人が来てくれて本当に助かりましたよ」


 カイムの魔法のおかげか、若干明るさを取り戻し始めた人々を眺めながらテッドがぽつりと呟く。


 人々の輪の中心には猫のこかげと番犬のレオ。こかげは地べたに引っくり返って一方的にレオにじゃれついている。カイムはテッドの言葉に耳を傾けながら、こかげのそんな子供っぽい一面を微笑ましく眺めていた。


「僕と司祭様の力だけでは、ヘルハウンドの撃退どころか、彼らを守ることすら危うい状況でしたから……」


「俺たちの他に戦えそうな人はいないんですか?」


「いないですね……残念ながら……」


 カイムの質問にテッドは即座に答えた。


「正確にはいなくなった……と、言うべきかな」


 ヘルハウンドと戦える程の気概を持った者は、それゆえに命を落とし、或いは大怪我を負って戦意喪失した。かろうじて頼りになりそうなのは、物見櫓の監視担当数名と番犬のレオくらいしか残っていないという。

 それを聞き、カイムは改めて手に汗を滲ませる。当ても外れてしまった。


「お腹すいた。炊き出しまだかな~」


「……はあ?」


 場にそぐわない暢気なマチュアの発言に少しイラッときて、カイムは隣に座るマチュアに視線を送った。


「ていうか、当たり前のように頂くつもりか、お前」


 彼女は微かに震えていた。それを表に出すまいと精一杯虚勢を張ったつもりなのだろう。

 カイムはふわりとその頭に手を乗せ、彼女に倣ってお気楽さを装う。


「ちゃっちゃと仕事片付けて、俺たちも炊き出しにありつくか」


「あたしはこかげじゃないし」


 マチュアはすげなくその手を振り払った。


「それに震える手で景気づけされてもねえ……」


「さっきのしおらしい態度どこいった!?」


 そんなやり取りの中、マチュアはふとテッドに視線を向けた。槍を傍らに置き、両手で大事そうに持った何かをじっと見つめている。


「何ですか? それ」


 マチュアの問いに、テッドは少し気恥ずかしそうにそれを隠そうとした。


「また始まった……。何にでも興味示して無遠慮に首突っ込むの止めなさい」


「いいんですよ、カイムさん。これは故郷を出る際、娘がお守り代わりに僕に作ってくれた物なんです」


 少し歪で小さなフェルト製の人形だった。


「戦いの前にこうやって眺めていると心が落ち着くんですよ」


「ふーん」


 尋ねておいて関心を失うと淡白な反応を示すのも、マチュアお決まりの流れだ。


「何か気の利いた一言も言えんのか、こいつは……」


 カイムが小声でぼやく。

 その瞬間、木槌で板を何度も打ち鳴らす音が響き渡る。


「で、出た!  ヘルハウンドが出たぞ!」


 広場は瞬く間に騒然となった。


「さて、仕事の時間ですね」


 人々の喧騒と子供の泣き叫ぶ声。

 テッドは人形を大事そうに懐にしまうと、槍を手に立ち上がった。

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