第5話 ボーン・ゴーレムとクノイチ
薄暗くなり始めた空を二羽の巨大な鳥に似た何かが飛んでくる。こちらへ近づくにつれ、そのまたしても異様な風体がはっきりしてきた。
骨だけの翼竜。一言で言い表すならこうだ。薄い皮膜に覆われた一対の大きな翼に、鋭い鈎爪の両足、細く長い尻尾、胴体もそれらも全て骨。そして最も異様なのがその頭部。弓状に湾曲した一本の長く太い骨だけで、その中心部には今までの怪物同様、光石のような目玉が縦に二つ並んでいる。
「今度はボーン・ゴーレムですか」
ほとほとウンザリしているのか、それを見つめるフェイランの口調はどこか投げやりで他人事のようだ。
「あれがもっと早く差し向けられていたら為す術がなかった……」
カイムは顔をしかめつつも、そうならなかった幸運に感謝した。今はすでに立ち上がり、脇腹が痛むのか手で強く押さえている。
「ボーン・ゴーレムはその素材の貴重さゆえ個体数が少ないと聞きます。……と、そんなことよりも」
フェイランは自分の背嚢と長巻を拾い上げた。
「森へ逃げ込みましょう。彼らの主武器は弓です。そこで戦えば私たちにも勝ち目はあるはず」
二人は森へと走り出した。
ボーン・ゴーレムたちは空から川を越え二人に近づいてくる。飛行したまま細長い尻尾をサソリのように背中へ反らした。尻尾の先端には三本の指。それで背に備わる矢筒から矢を引き抜くと、弓状の頭部につがえる。弓の弦を引き絞り、森へと走る二人目がけて二体同時に矢を放った。
背負った背嚢にくくりつけたカイムの木盾に矢が突き刺さる。彼は背後からの衝撃に大きくよろめくも、かろうじて倒れず踏み止まった。背嚢が緩衝材にもなっていた。
もう一体の矢はフェイランの左肩に直撃した。それが刺さらず弾き返されたのは、タテナシの魔法がまだ効果を持続していたおかけだ。しかし、その衝撃で彼女はもんどりうって倒れた。背負っていた背嚢や手にしていた長巻が放り出される。矢の当たった肩からは血が滲んでいた。
川面や足場の悪い地形から放っていたウッド・ゴーレムの連弩と違い、驚くべき命中精度だ。
前を走っていたフェイランのその様を見て、カイムはすぐさま彼女に駆け寄り助け起こした。
「森まであと少しだ! 頑張れ!」
先ほどとは逆にフェイランに肩を貸し、よろよろと森を目指す。ボーン・ゴーレムたちはすでに二射目の矢をつがえつつ、さらに接近してくる。高度を下げ、彼らの背後に迫った。
カイムはふと目前の森の木の上から煙が立ち上っているのに気がついた。その朦々たる煙を吹き上げた小さな玉が二つ、彼らの背後に投げ込まれた。二体のゴーレムは煙に包まれて逃げるカイムたちに向かい、それでも二射目を放つ。その目くらましのおかげで、矢は二本ともかろうじて彼らの体を掠めるに留まった。
大きく羽ばたきながら煙を吹き飛ばし、なお高度を下げて迫る一体のゴーレム。
眼前に生い茂った木の葉の中から、細いロープを率いた鈎爪が飛び出した。それはゴーレムの弓状の頭に絡みつき、同時に木の上からロープを手にした何者かが真下に飛び降りる。ゴーレムは煙の中、目前の木にロープで急速に引っ張られ茂みの中に突っ込んだ。意外に頑丈なようでバラバラにはならない。そこに縫い付けられ枝々に挟まれ、激しく羽ばたきもがいている。そのせいで翼の皮膜は破れ、細かい骨の部分もぼろぼろだ。暴れるゴーレムにより木が大きく揺れる。
ロープを握った人物は着地すると同時に素早く幹にそれを巻きつけた。幹に二体目の放った矢が突き刺さる。その者は身を隠しつつ、巻いたロープを手早く結んでいる。
灰色が基調の長袖ジャケットにショートパンツ。茶色い革の長手袋に、膝まである丈長の同色革ブーツ。背中にはカイムたちのものに比べ小さな背嚢を背負い、腰のベルトには幾つかの用途不明な道具やポーチをぶら下げている。それは女性だった。姫カットにした艶やかな長い黒髪。目は切れ長で整った顔立ち。年はカイムよりも少し上だろうか。
カイムはフェイランに肩を貸したまま、森の中を少し入った所で立ち止まっていた。木の上で身動きとれず暴れるボーン・ゴーレムと黒髪の女性を、呆然とした顔で交互に見比べている。
「何をしている! 早く奥へ逃げろ!」
女性は幹に縛り付けたロープの結び目に、コの字型のかすがいを打ちつけながら叫んだ。何故だか息を切らせ苦しそうにしている。その言葉で我に返ったカイムは彼女に背を向け、再び森の奥へ急いだ。
「ありがとう! この子を安全な所まで連れて行ったら戻ります!」
「戻ってくるな!」
女性はとっさにそう返した後、一拍置いて
「あ……足元に気をつけるがいい!」
強い口調で突き放したのが気になったのか、フォローを入れてきた。直後、彼女は激しい動悸に見舞われ、その場に膝をついた。
「長くはもたない……」
そのすぐ近くに二体目のボーン・ゴーレムが羽ばたきながら着地した。彼女はそこから飛び退り、カイムたちとは直角の方向、河原沿いに右手へ森の中を走った。
ゴーレムは森の中へ踏み入り、弓を引き絞りながら彼女の後を追う。女性が身を隠した木の幹に再び矢が刺さる。翼を畳んだ状態で次の矢をつがえつつ、骨の怪物はそこへ向かって猛然と駆け寄った。地を疾走する猛禽類のようだ。
すぐ傍まで迫った時、幹の陰から河原の方へ小枝が放り投げられた。相手が一瞬そちらへ気をとられた隙に、女性はその反対方向、ゴーレムの目前を横切った。そのまま逃げると思いきやゴーレムに向かって斜めに走り、真横にあった木を足がかりに三角飛び。骨の怪物の背中を飛び越えつつ、矢を持つ尻尾に飛び蹴りを食らわした。
反対側に着地した彼女へ鋭い鉤爪が振り下ろされる。女性は転がって避けつつ、立ち上がり様ブーツの先に仕込んだ刃物で地面の土を抉りゴーレムに浴びせる。そしてそのまま森の奥へ一目散に逃げ出した。
ゴーレムは女性の蹴りによって取り落とした矢に代わり、矢筒から新たな矢を引き抜く。その無防備に走り去る後ろ姿へ向かい頭部の弓を引き絞ろうとして、弦が切断されていることに気づいた。彼女がゴーレムの背中を飛び越えたのは、手にした苦無でそれを行う為だった。
ゴーレムはそれ以上追うのを諦めた。もう一体の仲間の元へ戻る。仲間は尻尾でようやく鉤爪付きのロープを振りほどき、地面に落下したところだった。その衝撃でさらにダメージを受け、飛行どころか満足に歩くことさえ出来ない状態だ。その仲間を二本の足で引っ掴むと、ボーン・ゴーレムは大きく翼を広げ、すっかり暗くなった空へ羽ばたく。そして川を越え、向こう岸へと飛び去っていった。
カイムは木陰からゴーレムたちのその様子を見届けていた。あの後、フェイランを離れた場所まで連れて行き、木の根元で休ませた。さらにその左肩近くの幹にセイゲツの魔法もかけておいた。背嚢を降ろして矢の刺さった盾だけ手に取ると、彼女にそのままここで待っているよう伝え、引き返してきたのだ。
しかし、すべては終わった後だった。助けてくれた黒髪の女性の姿も見当たらない。森の入り口に辿り着くと、彼は腰のベルトに細い鎖で繋がれた宝石のような物を懐から取り出した。それを手にしたままじっと何かを念じる。傍らに落ちていた手頃な小枝を拾い上げると、宝石から手を離し、その手を小枝の先端にそっと触れた。すぐに先端が眩く光り始める。本日三度目の魔法。これで打ち止めだった。
暖かさを感じる灯りを点した小枝を掲げ、辺りの様子を窺った。木に縛られたままのロープとかすがいが残っている。女性の姿を探す。右脇腹に大きな痛みがじわじわ戻ってきた。その傷以外にもあちこち小さな裂傷や打撲があるようだ。全身や脇腹の傷がこの程度で済んでいるのは、間違いなくフェイランがかけてくれた防御魔法のおかげだ。
カイムはセイゲツの光を脇腹近くに当てながら、大声で女性を呼んでみた。返ってくるのは静かな川のせせらぎと虫の声。しばらくそうやっていたが、埒が明かないと思い河原へ出た。明かりを頼りにフェイランが落とした背嚢と長巻を探し出し拾い上げる。カイムのもの同様彼女の
森へ引き返そうとして、微かな猫の鳴き声に気がついた。行き先の森の中から聞こえてくる。声に向かって進んでみた。向こうも鳴き声と共にこちらへ近づいているようだ。そしてカイムは森の中で、あの時の灰色猫と再会した。
「お前……どうしてこんなところに……」
驚きのあまり、手にしていた盾や荷をその場に取り落としてしまった。
「でも良かった。やっぱり無事だったんだな」
嬉しそうに駆け寄る猫に対し、膝をつき両手を大きく広げ出迎える。
「猫おおぉぉ~!」
猫はカイムの横を走り過ぎ、フェイランの背嚢の中へ無邪気に頭から突っ込んだ。落とした衝撃で緩んでいたバックルが外れ、フラップが開いてしまっていたのだ。中身を撒き散らし、その中で楽しそうに大暴れしている。
「ちょ! こらっ! 止めなさい! それ人様の荷物だから!」
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