第4話 クレイ・ゴーレムとウッド・ゴーレム

 二人は息を切らせながら、急斜面を滑り降りていた。

 カイムもフェイランもそれぞれの武器で、行く手を遮る枝を払いながら。どうやらフェイランが登ってきた跡らしく、すでにある程度それらは排除されていたので、多少なりとも進み易くはなっていた。


 そんな二人の側面には、すでにもう一体、先ほどからと全く同じ六本足の巨大な土の化け物が近づいていた。その巨体にも関わらず、今度はタコのように六本の足を器用に使いながら林の中を抜けてくる。

 追いつかれたら今度こそ終わりだ。それがわかっているからこそ、二人はゴーレムに気をとられることなく無言で必死に林の中を進む。


 いつの間にか斜面はなだらかになっていた。静かな川音と共に、やがて木々の間に川べりが見えてくる。大きな川だ。向こう岸までかなりの距離がある。

 林を抜け、簡素な桟橋を目指す。


 突如、空気を切り裂く鋭い音。二人の目前に二本の矢が斜めに突き刺さった。矢と呼ぶには太く、短い。辺りを見渡せば、河原の上を川沿いにこちらへ近づいてくる何かがいる。

 まだ遠くカイムたちには詳細がわからないが、それもまた奇妙な姿をしていた。ずんぐりした小船のような木製の体躯。その左右に大きく幅広な車輪。本体同様木製の車輪は側面から少し間隔が空き、その向きや角度を変えることで自在に方向転換が可能。後ろ左右にも小さな車輪がついている。


「あれは……ウッド・ゴーレム!」


 尻尾をピンと立て、フェイランが叫んだ。カイムの顔も強張る。

 同時に背後の林の中から、クレイ・ゴーレムも姿を現した。真っ直ぐこちらへと向かってくる。


 ウッド・ゴーレムと呼ばれた車輪の怪物が再び矢を放った。放たれた二本の矢は放物線を描いて二人に飛来する。背中に大型の連弩を背負っているのだ。


 二人は降り注ぐ矢の中をひたすら桟橋に向けて走った。河原の石に足を取られて思うように急げない。

 それでもどうにか船着場に辿り着く。ウッド・ゴーレムの連弩は足場の悪い地形で走行しながらの為、命中精度が落ちているのが幸いだった。

 

 桟橋には小さな二艘の渡し舟が平行に繋がれていた。フェイランはその内、向かって左の舟に飛び乗ると長巻を放り出し、船尾に備え付けられたを手に取った。


「カイムさん、ロープを頼みます!」


「わかった!」


 続いて同じ船に乗り込むと、船首と桟橋を繋いである細いロープに向けて抜き放った小剣を叩きつける。切れ味が悪く上手く切れない。


 矢が小船の間近に着水し、小さな水飛沫をあげる。クレイ・ゴーレムもすでに桟橋に辿り着いたところだ。


「川へ! 左へ飛び込んで下さい!」


 ロープに何度も小剣を叩きつけているカイムにフェイランが突如叫んだ。

 と、同時に辺りが黒い影に覆われる。カイムはすぐさま彼女の言葉に従った。その状況に軽いデジャブを感じつつ川へ飛び込む。その直後水面がまるで爆発したかと共に、背中から前に押し流される。自分たちの乗っていた小船にクレイ・ゴーレムが飛び乗ってきたのだ。そんな勢いの巨体を小さな船が支えられるはずもなく、小船を川底の下敷きにしてゴーレムは水中へ。


「あちらの舟に移りましょう!」


 同じく川に飛び込んでいたフェイランは、胸まで水に漬かりながら叫んだ。波に飲まれそうになりながらも、その手にはしっかり自分の背嚢と長巻を手にしている。二人は目の前であわや転覆かと思える程大きく揺れる小船に必死に辿りつき、どうにかよじ登った。


 そこでやっと背後を振り返る。ゴーレムは川の中、それでもまだこちらに近づこうとしていた。もがきながら徐々に接近するも、土で出来たその体はドロドロに溶け始めていた。


 カイムは手にしていた小剣を舟の中に放り投げ、腰の後ろに挿していた短剣を抜いた。先程と同じように船首の舳先と桟橋を繋ぐロープを切る。


「最初からこっちを使うべきだった……」


 そのまま片足で桟橋を蹴り、船首を岸から引き離した。


 泥で濁りきった水の中から、のろのろと溶けた腕がカイムに伸びる。

 そこへフェイランの長巻が一閃。見るも無残に痩せ細ったゴーレムの腕は、いともたやすく寸断され、泥の塊と化してカイムの顔面に直撃した。


「あ、ごめんなさい!」


 船の中で片膝を付き、得意げな顔で長巻を構えていたフェイランは彼の様子に気づくと慌てて頭を下げた。


「いや、いいさ……」


 泥だらけの顔を手ぬぐいで拭いながら半笑いのカイム。


「それより、急ごう。まだあいつが追ってきてる」


 いつの間にか矢が飛んでこなくなっていた。船尾の櫓を力一杯漕ぎながら、フェイランは離れていく岸を振り返った。


「あれは厄介そうですね……」


 彼女の言葉通り、車輪の怪物ウッド・ゴーレムはまだ二人を逃がすつもりはないようだ。斜めに進路を変え、川の中へ進入してきた。

 左右の大きな車輪には深い横溝が等間隔に複数刻まれている。その車輪は地上を走行する為だけのものでなく、そのまま両舷側式外輪船りょうげんそくしきがいりんせんの推進器としての役割も担っていた。


 さすがに不安定な川面で遠くから連弩を射かけてくることはなかったが、本体前面の衝角でこちらの小舟を粉砕しようと肉薄してくる。クレイ・ゴーレムに匹敵する巨体だ。激突されればひとたまりも無い。本体上部の連弩も近距離であれば容赦なく放ってくるだろう。


 対岸までまだ距離がある。


「このまま流れに沿って下流へ逃げましょうか?」


 闘牛のような角の少女は懸命に船尾の櫓を漕ぎながら言った。さほど息切れしていないところを見るに、体力と腕力はありそうだ。それに対しカイムは小船の中にあった長いロープを手にして、


「いや、それじゃ多分逃げ切れない。このまま向こう岸へ行こう」


 そう言ってウッド・ゴーレムを見つめた。


「どの道、岸に辿り着く前に追いつかれそうですが」


「俺に考えがあるんだ。頼むよ」


 カイムの様子は落ち着いている。フェイランはちらりと彼に視線を送り、達観したように嘆息した。垂れ下がった尻尾が左右にゆらゆらと揺れている。


「……わかりました。あなたと神を信じましょう」


「ありがとう。感謝するよ」


 少し微笑んで、すぐさまロープを小船の舳先に結び始めた。何度も引っ張って結び目を強くする。


「岸の近くで追いつかれそうになったら、俺に構わず舟を捨てて川に飛び込んでくれ」


「……あなたは?」


「これ以上追ってこれないよう足止めしてみるよ」


 舳先に結んだロープの端を、自分の小剣の柄にぐるぐると巻きつけている。簡単に外れないよう、つばも十字巻きして縛る。


 二人を乗せた渡し舟は徐々に岸に近づいていた。

 河原のすぐ向こうには鬱蒼と茂る大きな森が広がっている。その森に入ることが出来れば恐らくウッド・ゴーレムから逃げ切れるだろう。しかしそれはすでに舟のすぐ真後ろにまで近づいていた。


 前面衝角の上には十字に彫られた溝。そこにクレイ・ゴーレムと同じ無機質な目玉が二つ。一つは中央上部に固定したままこちらを見据え、もう一つは左右に走る溝の上を忙しなくいったりきたりしている。時折中央で止まるのはこちらとの距離を測っているのか。

 本体上部に設置された二連装式の弩がこちらを向く。もちろん射手などいない。それは怪物の体の一部だからだ。その照準は船尾で櫓を漕ぐフェイランに向けられていた。


「伏せるんだ!」


 それを見ていたカイムの呼びかけで、フェイランはすぐさま櫓から手を離して甲板に身を伏せた。彼女も連弩がいつ放たれるかと警戒していたのだ。

 同じように伏せたカイムとフェイランの真上を二本の矢が掠めていく。

 漕ぎ手を失ったことで、小船は流されるまま岸と平行方向にゆっくりと向きを変えている。


「今のうちに川へ!」


 伏せたままカイムが叫んだ。フェイランも同様腹這いのまま顔を上げて彼を見つめ、神に祈りを捧げる仕草を行った。


「どうかご無事で……」


 そしてすぐさま自分の背嚢と長巻を引っ掴むと、躊躇なく川に飛び込む。

 ほんの少し間を置いて、怪物の衝角が小船の船尾横に激突した。物凄い衝撃と共に船尾がめきめきと破壊される。


「王より賜わりし……」


 カイムは片手に剣を握ったまま衝撃に耐え、転覆する小船のへりを乗り超えた。てこの原理で回転し、船首がウッド・ゴーレムの側面へ。


「なまくらの剣よ!」


 そう叫びながら舟を足場に後方に飛び退りつつ、ゴーレムの車輪目がけて思い切り小剣を投げつけた。と、同時にウッド・ゴーレムの連弩が彼に放たれる。ロープに繋がれた小剣と連弩の二本の矢が空中で交差する。

 小剣は車輪のスポークに巻き込まれ水中へ消えた。

 連弩の片方の矢はカイムの右脇腹に直撃した。

 ……ように見えた。しかし、それはまるで鉄の鎧にでも弾かれるように脇腹を掠めて軌道を変えた。


「我にしょ」


 カイムはそのまま川へ落下し、大きな水飛沫を上げた。決め台詞はペース配分をきちんと考えなければ駄目なようだ。


 ウッド・ゴーレムの左車輪がロープを巻き上げていく。船首に繋がれたロープが半壊し転覆した小船を引き寄せていく。やがて、車輪の回転が徐々に落ちると共に小船と左車輪が接触。車輪は完全に動かなくなった。

 右車輪のみで弧を描く移動しか出来なくなったゴーレムは、小船を起点にぐるぐる回りながら、少しずつ川に流され遠ざかっていった。


 無事、先に対岸へ辿り着いていたフェイランは荷物を投げ捨て慌てて川の中へ。疲労困憊して浅瀬なのに溺れかけていたカイムを助け起こす。


「大丈夫ですか? しっかりして下さい!」


 彼に肩を貸して共に河原へ辿り着く。二人ともずぶ濡れで満身創痍だ。どちらともなく石に足を取られ、重なるように倒れこむ。フェイランは彼から体を離して、ごろりと仰向けに寝転がった。カイムはうつ伏せのまま、まだ荒く息を吐いている。寝転がりたくとも背中に背嚢と盾を背負っていて叶わない。


 二人とも喋る気力すらなかった。

 フェイランがふと上体を起こして、その沈黙を破った。


「まだまだ休ませては貰えないようですね……」


 彼女の視線の先には、川の向こうからこちらへ向けて飛来する新たな追っ手の姿があった。

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