ケース02 厨二病

第4話



 暗闇に満ちた部屋の中で、男が笑っている。

 男の目の前には一つのデスク。

 その上には、数々の実験器具が並べられていた。


「ふ……」


 男は、それらの器具を前にして笑い声を漏らす。


「くくく……くくっ」


 初めは小さくかったそれは、次第に大きくなり、部屋中に響き渡らんがばかりになっった。


「ふはは、あーはっはっは」


 声の主は、おかしくてたまらないと言った様子でひとしきり笑い終わった後に、天井を仰ぎながら何者かに話しかけ始めた。


「いま、これをもってこの世界は我の手に堕ちた。愚かなる人の子よ、称えよ。崇めるがいい!」


 男の視線の先には、何物もいない。

 ただのコンクリートでできた天井があるだけであり、そこに人や生物らしきものはみじんもそんざいしていなかった。


 だというのに、男は話しかける行為をやめようとはしない。

 それどころか、語気を荒くし、声高らかに叫ぶようにして、その行為はエスカレートしていく。


「どうやらこの混沌に包まれし時代に生まれ落ちた魔王が、愚かなるものどもに裁きを与える時が来てしまった様だな。泣け! 叫べ! そして無様に命乞いするがいい! 醜い人の業をさらけだせ! 運が良ければ助けてやろう、だがこの俺様の異にそぐわなければ……ふっ、直々にひねりつぶしてく」

「だぁぁぁぁ! うるっせぇ!」


 しかし、男が全てを言い終える前に、横合いから遮る様な声が飛んだ。

 その声の主は、部屋にある二段ベッドの上の方からだ。


 布団をはねのける様にして、起き上がった声の主はイライラしたような様子で、部屋の壁にかかっている時計を指示してみせた。


「今、何時だと思ってやがる。夜中の二時だぞ! 明日は試験があるってのに、こんな時間に起こすんじゃねぇ!」


 憤慨の感情を声色に載せたその声の主は、頭を掻きながら渋々と言った様子でベッドを降り、部屋の電気をつけた。


 明るくなった部屋の光景に数秒、眩し気に目を細めたその男。


 全体的に細身であるその人物、男性ウィーダ・ロットフォールは先程誰にはばかることなく大声を張りあげていた男性をきっと睨みつける。


 その姿は、本人の容姿のレベルの高さもあり、府の感情を表明しているにもかかわらず大変サマになるものだった。


 明け方の空色を思わせる様な薄い青の長髪。生命の神秘が眠りだろう深い海の底を思わせる様な、青の瞳。するどいまなざしは、端正な顔立ちとよく合っていて強い意思がその物に内在されている事を、見る者に示していた。


 誰もが皆、口をそろえて美形だろうと述べるそんな養子をしたウィーダは、己の同室である人間へ向かって、低い声で悪態をついた。


「ユウ……ユウ・カザードさん。お前はアレか、俺を寝不足にさせて明日の試験を駄目にさせようっていう、間接的にそうやってライバルを蹴落とそうとでもしてんのか? なぁおい」


 そんなウィーダに対する、深夜にあるまじき騒音を発生させた人間は、ふ……と口元を歪めて見せた。


「貴様の様な人間を蹴落とすのに、この俺様がそんな下らん事をするわけがないだろう。自信過剰は見た目だけにしろ」

「なんだと……」


 嫌みたっぷりの声の調子で応じたその人間の容姿は、一言で言えば「不衛生」もう一言で説明すれば「野生」と述べるようなものだった。


 ぼさぼさの黒髪は、一般的なそれよりも大分長い。

 長い間手入れを忘れられていた事を証明する様に、長くのび後ろ髪は紐で無造作にくくられ、前髪は瞳を覆い尽くすほど伸びている。

 体つきは、細心を通り越して見る物を不安にさせる様なやせた体格。


 誰もが、彼を見て「人間社会でまともに生活しているものの様子だとは思えない」と言う程だ。


「その言葉、そっくりそのままお前に返させてもらうぜ、万年ビリ。どこが魔王だ、どこが天才だ。天才児って言うよりは、天災児の間違いじゃねーのか」

「ふん、真の天才となれば、その功績はお前ら凡人には計り知れないものとなるのだ。自らのひんそうな定規で俺様の偉大さを理解しようなどとは、浅はかにも程がある」

「だぁぁぁっ、ああ言えばこう言う。いちいちムカつく奴だな! お前ってホント。何でこんな面倒くさい奴が俺のルームメートなんだよ!」


 髪の毛を掻きむしるようにして、こうなる事の原因となった人物を脳裏に思う浮かべ運命を呪うウィーダ。

 しかし、ユウはそんな彼の様子を冷めた目で見つめた後は、相手をするのも馬鹿馬鹿しいと言わんばかりの態度で、机の方へと向き直った。


「しるか、部屋割りを決めた教官殿にでも聞けばいいだろう。一人部屋を申請したというのに、なぜ貴様の様な愚馬鹿と共に生活を共にせねばならんのだ」

「愚馬鹿ってなんだよ、おい」


 取り合う事も面倒だと言わんばかりの仕草で、ユウは作業机と向き直る。


「おいこら、無視すんな」


 その肩をウィーダが掴もうとしたところで、部屋のドアが開いだ。


「騒がしいぞ貴様等。今、何時だと思っている」


 扉から顔を覗かせたのは、厳めしい顔つきをした熊の様に大柄な体格をした、ゲルド・シュトラウスキー。ユウたちの教官だった。


 ゲルドは、厳めしい顔つきを更に厳めしくしながら、室内にいる二人の人物を交互に睨みつけ「次は吊るすぞ」そう言ってから扉を閉め、去って行った。


 静寂の満ちた部屋の中で、ウィーダは「ふぅ・……」と額に浮かんだ冷や汗をぬぐった。


 そうして、先程よりもかなりひそめて調整した声で、ユウの背中へと文句をぶつけた。


「お前のせいで、また鬼のゲルドに怒られちまったじゃねぇか」

「貴様が身にもならんような言いがかりをつけるからだろう」

「なぁ、いいがかりだと? あんだけはっきり安眠妨害しといて言いがかりはねぇだろ」

「声が煩い。教官殿がまた叱りに来るぞ」

「くっ」


 言い合いする内に段々声のトーンが大きくなっていた事を指摘されて、ウィーダは悔しそうに一度口を閉じる。


「ただでさえ、組織内に裏切り者がいるかもっしれねぇって話があるんだから、お前もちょっとは空気読めよな。ディスコミュってるお前が一番怪しまれてるんだぞ」

「凡人の問題などどうでもいい。貴様は煩いからさっさと眠りにつけ。眠ったらそのまま永遠に目覚めるな。その方が俺の為だ」

「人が親切に忠告してやってるってのに、この野郎……」


 口元をふくつかせるウィーダは一度拳を握りしめるが、諦めたように息をはいてベッドの方へと歩いて行った。


「とにかく、俺はもう寝るからな、今度は起こすなよ」

「……」

「無視かよ!」


 念を押すウィーダだが、それに対する答えは返ってこずに、嘆くような足取りで自分のベッドへと戻っていた。


 自らの寝床へと戻り数秒して寝息が部屋に響き始めた頃、作業の続きを行っていなかったユウは、背後を振り返った。


「余計なお世話だ、愚馬鹿め」


 そして、そう一言だけ呟いたのだった。



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