第2話



 夜闇のような黒髪に中性的な顔立ち、瞳は夜をたたえているような漆黒で、白磁の様に……とまではいかずとおそれなりにキメこまやかな肌。


 その容姿の持ち主、フェイクス・ハートは、町の入口で考え込んでいた。


 下手をしたかもしれない、と。


 この世界には七つの浮遊大陸がある。青の大地、緑の大地、赤の大地、黄の大地、城の大地、水の大地、黒の大地。大地はそれぞれ、蔓木とよばれた、幾重にも緑の蔓が川待ってできた連絡通路でつながっている。


 自分がいるのは、その常世の大地の入口、連絡通路の上だ。


「ねぇ、ちょっと聞いてるの!」


 きゃんきゃんと耳元で騒がれて、渋々相手の方へ意識を向ける。


「うるさい。俺に何のようだ」

「何よ、用がなきゃ話しかけちゃいけないの? あなたがちゃんとご飯を食べてるか聞きに来たのに」


 こいつは何をしてるんだ。

 何度目になるかも分からない疑問に頭を悩まされる。


 フェイクスが視線を投げると、かなり離れた所で同じように地面の岩久に腰をおろして休憩しているものがいる。

 本来ならこいつもあいつらと同じ場所にいるべき人間だというのに。なぜ自分などに構おうとしているのか、まったく意味が分からなかった。


「守護聖樹に差別なんて言葉は存在しないわ。ここにいるってことは貴方は私たちの仲間なんでしょう? だったら気にするのは当然の事」

「まだ見習いだろ」

「だから? 常に聖樹たらんとするのは良い事よ」


 これ見よがしにため息をついてみせるが、それをどう受け取ったのか彼女は得意げな様子だ。


 フェルカ・アーデル。それが目の前の女の名前だった。

 腰まで届く優しく甘やかな色合いの金髪に、空に燦然と輝き続ける太陽を思わせる橙の瞳。やや子供っぽさが残った顔つきに肌は日焼けを知らぬ白だ。そしてどうでもいいが、周囲の目を呼んでやまない、職業にふさわしくない女性の魅力に富んだ体つき。

 それが物好きな女の特徴だ。


 現在フェイクスたちは、氷の魔女と呼ばれる脅威を討伐しにいく道中で休憩をとっている最中だ。

 七つあるうちの一つ、常世の大地にて、旅人を無差別に襲うというその魔女が現れたのは一ヶ月前。

 フェイクスは、その氷の魔女が己が探して人物なのではないかと思って、偶然行き会った討伐対に参加しているのだ。


「うるさい、とっととどっかいけ」

「貴方ねぇ、せっかく人が心配してあげてるのに」

「余計なお世話だと言っているんだ」


 イライラしてくる。

 討伐対に参加してからこの女はずっとこんな感じで俺に構い続ける。


「俺に話しかけるな。邪魔だ。近づくな」


 不愉快の感情を隠しすことなく、声音に乗せる。

 一瞬女は、たじろいだように見せるが、ここで身を引くようなら俺は困ってはいない。


「ふん、いいわよ。もうすぐで目的地につくんだから、ちゃんとご飯たべておくのよ」


 子供の癇癪に怒ったような態度で、女は離れていく。

 そして、次話しかけてくるときは、何事もなかったかのような顔を見せるのだ。


 他人というものがこれほど理解できない事は他になかった。


 うんざりした様子で道具袋を漁る。

 月夜の銘の短剣。そして漆黒の精霊石。後は携帯食料にお金。薬。そんなものだ。


 ふと肩に重みを感じる。


「お前も物好きだな」


 視線を寄こせば、黒いうさぎがそこに乗っていた。


「くきゅう」


 泣き声一つ。そんなの今更でしょ、とでも言っているかのようだ。

 首をのばして、こちらの顔へ頬ずりする。

 あいかわらずふわふわで良い毛並みをしている。


 ウサギと評するにはその動物は体長が一回り小さい。

 メスの黒ウサギ、クロ・ハート。それが彼女の名前だ。ある人がフェイクスに託してくれた者。ウサギと評するにはその動物は体長が一回り小さいそれは精霊だ。フェイクスの所持している精霊石と対になる生き物で、疲れた時にはその石に眠り体力ならぬ精霊力を回復するのだが。


「疲れてないか?」

「くきゅーっ」


 肩で元気よく飛び跳ねる彼女に疲労の様なものは感じられない。この黒ウサギはわけあって精霊石に戻る事が出来ないのだ。なので常に体調に気を付けてやらねばならない。


「お前は、今回の件どうだと思う」

「くきゅう?」


 ウサギは小首を傾げる。


「見てみないことには分からないよな」


 情報だけでは判断できない。実際にこの目で見るまでは、何とも言えないのが実情だった。


「だが、もしそいつが俺の探していた奴だとしたら……」


 フェイクスは瞳に憎悪の色を宿して言いきる。


「絶対に殺す。……必要な情報を吐かせた後に、な」





 目的地に大分近づいてきた、その証拠かどうかは分からないが魔物の襲撃回数が格段と増えた。


「ガルルルルッ」「グルアァァァッ」「ガウッ」


 四足の犬の魔獣。犬歯をむき出しにして獰猛そうな表情を浮かべながら、討伐隊を攻撃してくる。

 俊敏な機動力で隊員を翻弄しては縦横無尽に駆け回り、こちらが攻撃に打って出ようとすれば知恵よく察して距離をとる。


「こいつら手ごわいぞ」「来るぞ!」「回避だ。背後に気を付けろ」


 いいように翻弄されている討伐隊の様子を横で見ながらフェイクスは嘆息する。

駄目だ。弱すぎる。


 使えるかもしれないと思って同行していたが、こうまで弱いとは思わなかった。

 戦力にならない分はっきり言って、邪魔ですらある。


「しっかしりなさい! 光よ、かの者の傷を癒しなさい!」


 量産される怪我人に休む暇もなく声をかけ走り回っているのはフェルカだ。


「男でしょ、これぐらい気合で乗りきりなさい! 怯んでる場合!?」


 怪我の治癒だけではなく、浮き足だっている戦線に活を入れて回ってまでいる。

 情けない。

 男がどうとか、女がどうとか考えないフェイクスにしてもこの絵面はそう感じざるを得ない。


 うっとおしさしか覚えてなかったが、初めてあいつに同情した。


「ちっ、自分の面倒ぐらい自分でみろよ」


 近くで背後からの強襲に気付かない男に加勢してやる。


「らぁっ!」


 身につけた剣で一閃、獣を切り裂いて行動不能にする。


「た、たすか……」

「礼を言う暇があったら何とかしろ!」


 一括してその場に捨て置く、もっとも混乱している場所へと向かう。

 走り寄るや否や、魔獣の一匹を腕に食らいつかれて半狂乱になっている者へと向かう。


「うわあぁぁっ!」

「―――ぜぁっ」


 切りつける、その衝撃に身を震わせた魔獣が咢を離して、振り回していた男の腕から離れる。


「ああぁぁぁ、痛ぇ」

「ぼけっとすんな!」


 痛みにうめき、その場にしゃがみ込むそいつにふたたび魔獣が飛びかかろうとするのを剣で切り捨てる。


「フェルカ! そいつだ!」

「っ!」


 離れた所にいる彼女に呼び掛ければ、察しよく事態に気付いて駆けつけてくる。

 こんなところでぼさっとしている獲物をみすみす逃がすような奴らじゃない。続けざまに襲い掛かってくる魔獣を二、三匹きり伏せて、貴重な回復訳が到着するのを待つ。


「あぁぁ……」

「怪我を見せなさい」


 フェルカが到着次第、次の魔獣を片付けにいく。


 面倒だった。敵を斬るどころか、討伐隊の面々のフォローをしてまわらなければならない。討伐体、と聞いていたのにロクに戦い方もしらない連中ばかりじゃないか。どうなっているんだ。


 思ったことをそのまま吐きだしたかったが、それを行った所で足手まといたちが使えるようになるわけがない。

 苛立ちを抑えて、剣を振るう。だが、キリがない。


「クロ!」

「くきゅっ!」


 呼び掛け一つで相棒は察してくれたようだ。

 淡い精霊光を纏って宙へと舞い上がる。

 黒ウサギは、つぶらな瞳をつぶり、集中するそぶりを見せると一瞬後その体から、精霊力を吹き出した。


「く、きゅうぅぅぅ――――っ」


 光は敵へとまとわりつき、消えてなくなる。

 その光をうけた魔獣たちは、一瞬だけ体をおぞけに震わせた。


 その後の魔獣の動きの変化は劇的だった。動きが鈍くなって、明らかに判断力を落としている。


 力を失って、ふわりと落下してくるウサギを受け止めた後、フェルカのもとへ走る。


「こいつを頼む」

「えっ?」


 そして押し付けたきり、また魔獣との斬り合いに戻る。

 本当なら傍で見ててやりたいが、この有利な状況がいつまで続くか分からない。

この場で一番、信用できそうな人間に渡した後、何とかギリギリ渡り合えている隊員のフォローへと駆けまわる事になった。





 疲れた。

 普段やり慣れてない集団行動に関わったせいで、精神的に疲れていた。

 フェイクスは、服が汚れるのも構わず地面に座り込んでいた。


「フェイクス」

「お前か」


 声をかけてきた人間の事など見向きしたくなかったが、今回は嫌々顔を向けてやった。

 やってきた女の腕にはくったりとした精霊が抱えられている。


「くきゅ」


 それでもフェイクスの顔をみれば、起き上がり鳴き声を上げて見せる。それぐらいの元気はあるようだった。


「体力は回復させたから大丈夫だけど。まだ手荒に扱っちゃダメよ」

「物じゃあるまいし、そんな事するか」


 フェルカの案じる声にそう言ってやれば意外そうな顔をされる。


「悪かったな」

「えっ? 何よ」


 その顔がさらに意外そうになった。というよりは、耳を疑うような表情……と言った方がいいか。


「貴方がそんな殊勝なことを言うなんてね。」


 フェルカは苦笑しつつも、フェイクスの隣に来て座る。

 いつもなら文句を飛ばしている所だが、追い払う気力がなかった。


「その子、精霊石に戻さないの?」

「無理だ。そういう奴なんだ」


 出来たらとっくの昔にやっている。首を振って見せれば、彼女は興味深そうな視線を腕の中のウサギに向けた。


「ちょっと、変わってるわよね。この子。治療した時も変なかんじがしたわ」

「個性的だからだ」

「さっきの精霊魔法も、けっこう協力だったし」

「丈夫でいいだろ」


 おざなりな返答をすればフェルカが頬を膨らませる。


「私は真面目に聞いてるのに」


 俺は真面目に答えたくないんだ。


「でもいいわ。今日は私の名前を呼んでくれたし。それで許してあげる」

「……」


 そういえばそんな事もあった。

 苦虫を噛み潰したような表情をしてフェイクスが黙り込んでいると、その場に近づいてくる影があった。


「さっきは助かった。ありがとな、フェイ」

「馴れ馴れしい」


 先ほどフェイクスが助けた隊員の一人らしい。

 礼を言いに来たようだ。


「そう固いこと言うなよフェイ。一緒に死線を潜り抜けた中だろフェイ。あーフェイ、そういえば精霊は大丈夫か?」


 連呼される相性にイラっときた。その苛立ちは隣にいる女の比ではない。


「とっとと失せろ」

「怒るなよ、かわいい顔が台無しだぜ」


 殺意すら込めたフェイクスの視線に全く動じる様子がない。

 根本的に相性が合わないようだ。


「俺の名前はジェンド・オールト。頼りにしてるぜ。じゃあな」


 ジェンドと名乗った男は己の言いたいことを言うだけ言って、その場から離れていく。

 音に残されたのはやり場のない苛立ちだけだ。


「くきゅう」


 もっともそんな感情も、フェルカの腕から飛び出してきた黒ウサギの無事の様子に霧散してしまうのだが。

 隣にいるフェルカが残念そうな視線をよこしてきたが知らないふりをした。



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