彼女が眠り姫になるまで2

2年が経って、僕は13歳になっていた。

アルフレッド兄様の学年が卒業する年だ。

最高学年が卒業する時には、卒業パーティーが開かれる。

在学生、卒業生の身内、婚約者などが招かれて、盛大にお祝いする。

特に王族が卒業するから、それはそれは盛大なものが開かれた。

勿論、警護も厳しいはずだった。

でも。

どこからか、虫が入り込んだ。

僕たち王家を憎悪する暗殺者が。

その暗殺者は、真っ直ぐに僕たちの元に向かって来た。

殺意を剥き出しにしており、暗殺者としてはお粗末過ぎていた。

兵にすぐ様捕らえられ、動きを封じられる彼。

ゾッとするような、真っ暗な瞳が、僕たちを見上げて。

深い深い憎悪が込められた声が、吐き出された。

「…我が命を糧に、成就を」

兵が気付き、彼の口を封じた時には、もう遅かった。

彼はミイラのようになり、その命を生贄に成された呪いが第一王子に飛んできていた。

参加者は皆、目を見開いて固まったままだった。

深い深い憎悪の篭った殺意に、萎縮していたのかもしれない。

誰も動かなかった。

否、動けなかった。

勿論、僕も。

唯一、彼女だけが動いた。

第一王子の婚約者だからと招かれ、第一王子の近くにいた彼女だけが。

「危ないッ‼︎」

彼女が第一王子…アル兄様を庇う。

彼女に呪いが当たった途端、金縛りが解けたかのように動けるようになった。

倒れ伏した彼女を茫然と見ている兄を尻目に、慌てて駆け寄って抱き上げた。

「よか…」

ふわりと微笑む彼女。

何ともなかったのかと安心した瞬間、彼女の目は閉じられた。

それからは、揺すっても、声をかけても返事が返ってくることがなかった。

何度も何度も呼びかけて。

レオ兄様に止められるまで、ずっと続けていた。

羽交い締めにされて、漸く自分が何をしていたのか気付いた。

“人が倒れた時、絶対に揺すってはいけません”

昔、偉い人が書いたらしい本に書かれていた内容を思い出し、青ざめる。

「どうやら、寝ているようだよ」

レオ兄様の言葉に、安堵した。

彼女は、ピクリとも動かない。

本当に眠っているのか、心配になる程だった。

…彼女に呪いがかかったことで、パーティーは終わりを告げた。

そしてすぐ様、公爵が召集される。

公爵は娘の姿を見て、唖然とし。

フルフルと震える手で、撫でていた。

そんな公爵にも関わらず、稀代の愚王と名高い僕の父は、言い放った。

「ふむ、呪いにかかったのか。それなら、王妃にはなれなかろう。よって、この者、アリスティア・スイートピーとアルフレッドの婚約を破棄することにする。だが、王族を守るという名誉ある行動を称え、第三王子との婚約を認めよう。公爵よ、其方の家と王家の関係が友好でなければ、どうなるのか分かっておろう?」

「発言を、お許しください」

「うむ、許そう」

「娘と第三王子殿下の婚約は、了承しかねます。そもそも、第一王子との婚約も、王家が決めたものです。変えることなど…!」

怒りに震えながら、そう言う公爵に。

「其方の娘が呪われてしまったのだから、仕方なかろう。それに、第三王子との婚約は、王命だ。其方、まさか王命に逆らうつもりではあるまいな?」

堂々と王は言い放った。

咄嗟に、いつも護身用に持っている短剣に手が伸びるのを、反対の手で、グッと押さえ、深く息を吐いた。

「王家を守るのは、臣下の役目であろう?当然のことをしたのだ、褒賞など無くても良いものを…王家を婿に出来るのだ、泣いて嬉びこそすれど、怒るなど持っての他。そうは思わんか?」

何を言っているのだろう、こいつは。

正直、そう思ってしまった。

「…」

「王命の件、分かったな?」

「…畏まり、ました」

震える手で彼女を抱き上げ、公爵は退出した。

「お前も分かったな?」

…否定の言葉は出なかった。

これは、彼女と結ばれることのできる、唯一のチャンスかもしれないのだ。

ずっと無理だと諦めていた、彼女との未来。

正直、嬉しいと思ってしまった。

そんな僕が、心の底から醜くて、憎いと思った。

吐き気がした。

「分かったなら、行け」

そう言われ、僕も追い出されるように退出した。

…僕は。

僕は、こんな結末など望んでいなかったのだ。

彼女が幸せでありさえすれば良いと、そう思っていただけだった。

彼女との婚約を、世間はなんと噂するだろうか。

尻軽だの何だの言われるには、彼女は若過ぎていた。

彼女はまだ、10歳なのだ。

10歳の幼い少女、しかも命の恩人に、この仕打ち。

多くの人が参加していたパーティーでの出来事。

きっと、王家は見放されるだろう。

…王家が見放されるのは、構わなかった。

どうでもよかったから。

でも、万が一彼女の悪評が広がったら、僕はきっと…。

…。

ふらふらと廊下を歩く。



…ふと顔を上げると、僕がいた。

目には昏い光を宿し。

口は端だけが歪に上がり、歪んだ弧を描いている。

これは…僕なのか?

手を伸ばせば、そのも手を伸ばす。

そのは、鏡に映った僕だった。

怖い、そう思った。

まるで、僕が僕でなくなるような気分。

頭の中が、手で掻き回されてしまったかのようにぐちゃぐちゃになっていく。

気持ち悪くて、苦しくて。

そして何だか、無性に笑いたくなって。

意味もなく、ケラケラケラケラと嗤った。

苦しくて苦しくて苦しくて堪らなかった。

苦しいのに安堵している自分がいた。

涙が溢れた。

ぐるぐる、天井が揺れて。

ゆらゆら、床が近付いて離れる。

自分がどうなっているのかも分からなかった。

呼吸が出来ない。

それでもただただ、嗤い続けて…。













気が付けば、ベッドの上にいた。

周りを確認する。

どうやら、自室らしい。

ベッドの側には、ガーベラが飾られていた。

ガーベラの花言葉は、希望,常に前進。

あの日から、花を調べる時は花言葉も調べるようになったから、知っている。

花は全身で込められた想いを表現するという彼女の言葉は、本当だったらしい。

希望、その花言葉を表すかのように、柔らかに咲いていた。

それは、とても暖かで。

優しさに満ちていて。

何だか泣きたくなった。

誰が飾ってくれたのか分からない。

僕の事情を知っていたのかどうかすら、定かでない。

でも。

とても、嬉しかった。

そしてふと、思いついた。

彼女に、花を贈ろうかと。

見ることが出来なくてもいい。

毎日贈るから。

邪魔だと、僕に贈られるものなど要らないと捨てられてしまっても良い。

ただ…叶うならば、彼女が目覚めた時、花を見て欲しいのだ。

そして、笑って欲しい。

あの日と同じように。

僕が花を執拗に贈り続けていれば、きっと公爵も、何かあるくらいは気付くはずだ。

そうと決まれば、早速、贈る花を選ぼう。

まずはそうだな…。






そう考えている内に、いつの間にか気持ち悪さは消えていた。

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