彼女が眠り姫になるまで1
あれから、中々彼女に会うことは出来なかった。
偶々会った時に、話す程度。
それでも、嬉しかった。
僕は、話す度に、少しずつ彼女に惹かれていった。
いや、一目惚れから益々好きになっていったが正しいだろう。
でも、思いを告げることも、叶えることも出来なかった。
第一王子の婚約者だから。
でもその関係も。
僕が11歳の時、偶々僕たちが話しているのを見かけた愚兄によって砕かれた。
「オイ、アリスティア・スイートピー。何故テオドールと話している?」
「用事があったので」
「お前もテオドールがいいと言うのか?残念だったな。お前の婚約者は、俺だ!」
「存じております」
会話が噛み合っていない。
「良いか、可愛げがないお前を、俺が嫁に貰ってやると言っているんだ。この俺が!それを恩に感じて、俺を立てるべきところを…俺より優秀だとか言われる程目立ちやがって!ふざけるなよ!しかも、テオドールと話すだと?俺は、こいつが嫌いなんだ!分かったら二度とこいつと話すな!」
「はい、すみませんでした」
「ふん、分かったらとっとと去れ」
我が愚兄は、ドスドスと足音を立てて去っていった。
えーと。
こいつ、僕の兄か?
王子だよね、教育もバッチリ受けてるよね?
常識って知ってる?
見てみろ、この立ち振る舞い。
まだ幼い彼女が、周りの目を気にして、会話をすぐに終わらせたのに対し。
愚兄は、周りの目も気にせず、一方的に意味不明なことを喚き散らし、去っていった。
どちらが常識的であるかなど、言うまでもない。
「皆様、失礼致しました。…殿下、わたくしと話すのはもうお辞め下さい。それでは、失礼致します」
こうして、僕は癒しの時間を失ったのである。
甚だ不本意であった。
いや、まあね?
僕に下心がないとは言えなかったが。
彼女には下心なぞカケラもないだろう。
それに、愚兄より優秀とはどういうことか。
ということで、調べたら…情報は、すぐに集まった。
出るわ出るわ、彼女の天才っぷりを証明する数々の逸話。
曰く、もう数カ国語をマスターした。
曰く、学者と会って、時間を忘れるくらい熱い討論を交わしていた。
曰く、曰く…。
…本当に8歳児なのだろうか?
流石の僕も、愚兄に少しだけ同情した。
それはさぞや、肩身の狭い思いをしているだろうと。
愚兄が彼女に目をつけたのは、幼いなら自分より優秀ではないだろうという考えもあったのだろうし。
自尊心を満たすどころか、バッキバキに折られただろう。
自業自得だが。
完璧に自業自得であり、運が無いとしか言いようがない。
彼は、先程の態度でも分かる通り、あまり評価がよろしくないのだ。
家庭教師からは逃げ出す。
叱ろうにも、権力を振りかざされ、出来ない。
おまけに、馬鹿な子ほど可愛いというのか、王に溺愛されている。
これを、どうすれば改善できるというのか。
唯一逃げ出さない授業は、剣と魔法の実技授業だけである。
座学は逃げる。
改善など、無理である。
彼も自分が優秀では無いと分かっているのだろう、やたらと僕とレオ兄様に突っかかってくる。
特に僕に。
それは、ある噂が理由だろう。
即ち。
“アルフレッド殿下はもう駄目だ、諦めよう。そうすると、レオンハルト殿下かテオドール殿下になるが…レオンハルト殿下は少々不安だ。テオドール殿下を推そう”
という、失礼極まりないものだ。
まあ、彼なら操りやすく、甘い汁も吸いやすいだろうとつく者はいることはいるが…少ない。
何というか、猪突猛進なのだ、彼は。
思いついたら即行動。
行動原理は、勘。
その勘が野生児並に働くため、悪事は即バラされる。
あとついでに、テストも選択肢問題なら満点である。
その彼が、噂されていると気づかないとでも?
否、である。
プライドがやたらと高く、自己評価もやたらと高い彼は、それを聞き、勉学に真面目に取り組み出…すこともなく、恨み、嫉妬したのだろう。
嫉妬する暇があれば、せめて8歳児の婚約者に放り投げている仕事をしろや16歳。
てなわけである。
そんな彼には最近、不穏な噂が立っている。
“ある女子生徒と懇ろな間柄になっている”という噂が。
吃驚である。
あの兄が気に入るなど、その女子生徒は兄が満足出来る程の度し難い馬鹿なのだろうか。
それとも、守ってあげたくなるようなか弱く可愛らしい者なのか。
はたまた、あの兄を包み込んでくれるような、懐が大き過ぎる者か。
…猛獣使いかもしれない。
気になって、見に行ったのだが…僕には無理だった。
どこか別の世界に生きているかのような人だったのだ。
所謂、電波ちゃんという種族であろう。
昔、偉い人が書いたらしい本に、“こういう者は、電波ちゃんという”と書いてあった。
しかも、夜の蝶のようであった。
カッコいい男性を見ると、フラフラする。
でも、兄の前では毛ほどもそれを見せない。
後、怖い。
「テオ様〜‼︎」
とか言って、追いかけてきたのだ。
愛称も許してないし、そもそも名乗っていないのに。
というかその前に、僕、行くって言ってないんだけど。
どこに行っても声が聞こえてくるような気がして、怖かった。
気分は、ストーカーという種族に会った人だ。
偉い人の書いた本に、ストーカーの説明と共に、“ストーカーにまともに取り合ってはいけません”と書かれていたので、逃げた。
正直、二度と会いたくないと思った。
あんなのに付き合える兄を見て、初めて尊敬した。
…この時、初めて兄を尊敬したなんて言う暇を使って、もっとしっかり彼女について調べていれば、何かが変わったかもしれない。
でも、実際には調べたりなどせずにいて。
だから、あんな結末を迎えることになったのかもしれない。
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