僕と眠り姫との出会い
僕と彼女が出逢ったのは、あいつ–––––僕の兄と彼女との婚約式だった。
微妙な視線を向ける僕に、彼女は見事なカーテシーを披露して、挨拶してきた。
「お初にお目にかかります、第三王子殿下。わたくしは、アリスティア・スイートピーと申しますわ。このたびは、アルフレッド殿下とわたくしの婚約パーティーに出席くださり、ありがとうございます」
正直に言おう。
アリスティア嬢が賢い、美しいというのは、スイートピー公爵の過大評価だと思っていた。
つまりは、親バカだと思っていたのである。
実際にはどうだろう。
プリズムのようにキラキラと輝き、虹のようにも見える見事な銀髪。
魔力が膨大な証である紫紺と、紫から水色へとグラデーションした不思議な色合いの瞳は本物の宝石かと疑ってしまうほどだった。
「あの…殿下?どうかいたしましたか?」
これで、5歳児である。
因みに、彼女と婚約すると決めたバカ王子こと僕の兄、第一王子のアルフレッドは13歳である。
彼女と僕を紹介するだけして、さっさと遊びに行ったどっかの馬鹿がいたせいで、余計に彼女の礼儀正しさが目立つ。
婚約早々に放っておくレベルで彼女に興味が無いのに、何故婚約したのか。
それは、次の彼の言葉で察した。
曰く、“お前に王位は継がせないぞ”と。
つまりは、ここブライア王国に存在する2大公爵家の1つであるスイートピー家との結びつきにより、自分の王位の絶対性を確立させるつもりらしい。
公爵は嫌がっていたが、無理矢理もぎ取ってやったと誇らしげにしていた。
そしてこのせいで、パワーバランスを保つためにレオンハルト…レオ兄様と、もう1つの公爵家こと、カサブランカ家との婚約が確定することに決まった。
…はぁ。
僕は王位継承権第三位の8歳児だというのに…どこをどう間違えたら僕が王位を継ぐということになるのだろう。
そもそも、この兄が駄目だとしても、第二王子であるレオ兄様が継ぐはず。
というか。
僕は、王位などカケラも欲していない。
だって、考えてみるといい。
外交、謁見、その他仕事多数。
王子の今でさえ既にいっぱいいっぱいなのに更に増えるのだ。
これでもし、災害やら何やらが起きるのを想像してみるといい。
地獄だろう。
考えたくもない。
国民の大多数は平民であるからと、平民を尊重し過ぎると貴族に叩かれ。
貴族を優遇し過ぎると、平民による暴動が起きる。
満足出来るレベルよりちょっと下程度に平民を抑えつつ、貴族を舐められない程度に優遇する。
絶妙な匙加減が必要なのである。
まあ、でも。
確かに、贅沢は出来るだろう。
でもそれは、いざという時に自分の首で収められるようにである。
甘い汁を吸うだけ吸って、オサラバとはいかないのである。
王になるとは即ち、国を纏め、支え、時に抑え、かつ、責任を丸々背負うということである。
なんて嫌な職業。
僕は考えるだけで胃がキリキリしてくる。
…8歳児なのに。
「すみません、心配して下さりありがとうございます。僕は先程兄に紹介された通り、テオドール・ブライアと申します。よろしくお願いしますね、アリスティア嬢」
「ええ」
彼女が、お手本のように綺麗な笑顔を浮かべる。
…これが礼儀とはいえ、彼女はまだ5歳。
こんなに抑制して大丈夫なのかと心配になった。
だから、僕は子供らしく、彼女を連れ出すことにした。
「アリスティア嬢。花は好きですか?」
「ええ、ですが何故?」
「アリスティア嬢が疲れているように見えましたので、気分転換をしてもらおうと思いまして。…ついてきてください」
“彼女が疲れているようなので”
そう言えば、すぐにパーティーを抜け出せた。
5歳児と8歳児。
邪推してニヤニヤするような変態は居なかった。
寧ろ、同情するような眼を向けられた。
つまりは“あの脳筋王子にこんな小さな子が振り回されるなんて…可哀想に”ということだ。
我が兄ながら、庇いようがなかった。
まあ、そのおかげですんなり抜け出せたわけなので、そこだけは感謝した。
「あの、殿下。休憩室は、あちらですよ?」
「いいえ、こちらで合ってます」
「?」
戸惑いながらついてきた彼女が、目的地に着いた途端、固まった。
意表を突くことが出来たようだ。
「どうですか?僕のお気に入りの場所なんです」
目的地–––––庭園は、多種多様な花々が咲き誇っていた。
「…きれい」
うっとりと呟く彼女を、庭園に誘う。
生き生きとし出した彼女は、あちこちを巡り始める。
「あれは、本に載っていた、牡丹という花かしら?あっちの花は何ていうのかしら。あ、これは知っているわ!図鑑でしか見たことがなかったけれど、本物ってとっても綺麗なのね」
先程までの人形のようだった様子と違い、今の彼女は、5歳の子供らしく見えて可愛いと思った。
庭園を一周してきた彼女は、僕の近くに咲いている花を見て、微笑んでいる。
僕が、庭師に頼んで植えてもらった花だ。
偶々図鑑で見て、その花言葉に惹かれた。
確か、名前は…アスチルベ。
僕は、特別花が好きという訳ではなかったけれど。
この花を見つけてから、少しだけ好きになった。
「アリスティア嬢は、花がすきなのですね」
「うん!だって…ッ!も、申し訳ありません、殿下!」
夢見心地で語りかけて、誰と話しているのか思い出したのだろう。
蒼ざめて謝罪された。
「気にしないで下さい。…どの花が好きなのですか?」
「この、アスチルベという花です。地味なのにとよく言われてしまいますが…綺麗だと思いませんか?それに、羨ましい」
何を指して、羨ましいと言ったのだろう。
僕には、分からなかった。
「僕は好きですよ、アスチルベ。地味だとしても、天を指して真っ直ぐに咲く姿が、カッコいいですから」
羨ましいのところには触れず、そう言うと。
彼女はほっとしたように笑った。
「そうですか。ふふ、嬉しいです。1番好きな花なんです。…殿下は、花がお好きですか?」
「はい」
少しだけ好きは、好きなうちに入るだろうか。
まあ、入るだろう。
そう思って、返した答えだった。
「花って、素敵ですよね。ひとつひとつに想いが込められているんです。“愛しています”だったり、“早く元気になって”だったり。素直に言葉を言えなくても、大丈夫なんです。花は、全身でその想いを伝えてくれるんです。ですから、ほら。近くにあると、その花に込められた想いが伝わってくるような気がしませんか?…まあ、“愛しています”とか、“ごめんなさい”とかは、ちゃんと自分の言葉で伝えるべきだと思いますが」
くすくすと笑いながら、嬉しそうに彼女は語る。
「それに、自由にのびのびと咲く姿には、わたくしたちにはない、自然な美しさがあるんです。わたくしたちが手を伸ばして折れば、容易く散ってしまう生命なのに、わたくしたちよりずっと強いのです。ふふ、意味が分からない、という顔をしていらっしゃいますね」
「…」
「本当は、わたくしにも分かっておりませんわ。ただ、見ていたら、そう感じたのです。敵わないって。気のせいかもしれません。ですが、この感覚をわたくしは大切だと思っております。殿下も、見ていたら分かるはずですわ。きっと、少しだけ好きな好きから、大好きに変わるはずです」
悪戯っぽい笑み。
考えが当てられて驚く僕が面白いらしい。
「何でって、思っていらっしゃいますか?ふふ、子供の目は純粋で、隠し事ができないのですわ」
「…子供?」
「ええ、お忘れですか?わたくし、まだ5歳なのですよ」
揶揄うようにそういう彼女に、反撃したくなった。
「先程は蒼ざめていたのに…随分と元気になりましたね」
違う、そうじゃない。
何でこんな嫌味ったらしい言い方になった?
「あら?殿下は仰っていたではありませんか。ここは、休憩室だと。それに、これくらいではお怒りになられないと判断致しました。あとは…わたくしがわたくしのままでいるのを、殿下が望んでおられるようだったから、でしょうか。本当は、こんなはしたないわたくしを見せるつもりは無かったのですが…花で醜態を晒してしまい、割り切ってしまいましたの」
反撃されてしまった。
正直、やられたと思った。
そう思うのは久しぶりで…とても、嬉しかった。
「あははははっ!」
笑いが止まらない。
「何で笑っていらっしゃいますの?」
きょとんとする顔に、余計に笑いを誘われた。
「まあ!人の顔を見て笑うなんて…フッ!」
僕の顔を見て、彼女が吹き出した。
どっちがだ。
彼女こそ、人の顔をみて、笑っているではないか。
「わ、笑いが、うつっ!ふふ、あははははっ!」
2人の笑い声が、庭園にこだました。
そうして、時間になるまでずっと、僕たちは訳も分からず笑っていた。
それが、彼女との最初の記憶だった。
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