感謝の言葉
「やぁ、怪我はない?」
三人組のうち、一歩前に出てそう尋ねてきたのはエクトルだった。サラサラとした金髪が、落ちかけた夕日を反射してキラキラ輝いている。きれーい……。
「ええ、大丈夫。助かったわ。あの、貴方たちは……? 確か今日、村で見かけたわ」
「うん。僕は少し会話もしたかな。そこのミクゥちゃんと。君は、その子の近くにいたよね」
「ミクゥは私の双子の妹なの。私はクレア」
「クレアか。僕はエクトル。ひとまず……よろしく?」
そう言って手を差し出すエクトルに、笑顔で手を握りしめたクレア。……二人とも笑顔なんだけど、どことなく火花散ってない? 気のせいかなぁ?
「たしか、北の森に向かったのを見たけど……なんでここに?」
「……虫の知らせってやつかな。君こそ、今日は村のお祭りだって聞いたよ。なんでここに?」
「……虫の知らせってやつかしらね」
二人は握手をしたまま笑顔を変えずに話してる。なんだか、怖い。
「何やってんだアイツら」
「さぁね」
エクトルの後ろでは、呆れ顔のリニと興味なさげマクロが傍観を決め込んでる様子。えーっと、どうしたらいいんだろ? この状況。二人の会話が途切れ、なんとなく沈黙が流れたその時。
グゥゥゥ……。
空気を読まない私のお腹の虫が声を上げた。は、恥ずかしい! 尻尾と耳がふにゃんと垂れていくのが自分でわかった。慌ててお腹を両腕で押さえてみたけど、時すでに遅し。みんなが私を見ている。か、顔が熱い!
「ご、ごめんなさい……お腹、空いちゃって」
隠しようがないので素直にそう白状すると、クスッとエクトルが噴き出した。あーっ、やっぱり笑われたーっ! ますます身を縮こませていると、クレアがギュッと私を抱きしめた。
「いっぱい頑張ったもんね! ミクゥ。本当にありがとう」
命の恩人だよ、と小さな声で告げられて、胸がいっぱいになる。そんなの、私のセリフなのに。だから私もクレアを抱きしめ返して声をかけた。
「クレアこそ。お疲れ様」
「……お腹空いたね?」
「ふふっ。うん」
私のお腹の虫へのフォローも完璧だ。これだからクレアのこと大好きなんだ! こうして二人で笑いあっていると、ゴホンッという咳払いが聞こえてきた。二人揃って振り向くと、ニコリと微笑んだエクトルがこちらを見ていた。あ、放置しちゃってた。ごめんね?
「……とりあえず、村まで一緒に行っていいかな?」
「……ええ、もちろん」
だから、なんでこの二人は初対面だというのに何となく仲が悪そうなの? 相性が悪いとかそういうのかな? 一目惚れの逆、みたいな。あとはきっと、クレアがエクトルを怪しんでるからだ。そんなに態度に出てたら、不審に思われないかなって心配になるんだけど。
「あ、あの! 今日は村でお祭をやるんです。ご馳走もいっぱいで……だから、たくさん食べてくださいね」
雰囲気がどうも悪いので、なんとか空気を変えようと声をかける。いいの? と言うエクトルにいいのよ、とと言いながらもエクトルの背を押して歩かせるクレア。私から引き離そうとしてるのかな? もう、恋なんかしてないって言ったのに。心配性なんだから。
「えーっと、それ、俺たちも行っていいのか?」
取り残された大柄な赤い髪のリニが、気まずそうに口を開いた。えっ、それはもちろん!
「だって、命の恩人ですし! それどころか、村まで救ってもらって……あ、私、お礼もちゃんと言ってなかった!」
「いや、いーから。そういうの」
「そーそー。礼とかいらねーから!」
慌ててお礼を言おうと二人の前に向き合って立ったんだけど、小柄な黒髪のマクロがそれを遮って素っ気なくそんなことを言う。顔までプイッと背けて……それに同意するようにリニも手をパタパタと振っている。……むー。
「ダメですよっ!」
なんだかそんなのは嫌、って思って頰を膨らます。尻尾が逆立っていると思うけど、怒ってないよ? ちょっと嫌だなって思っただけなんだから。
「お礼の言葉も受け取ってください。あなた方にとっては大したことではなくても、私たちにとっては、村にとっては、命に恩人なんです。命を救っていただいたんですよっ!?」
「む……」
「うっ」
私の言葉に二人は一瞬声を詰まらせた。
「感謝さえ言えないなんて……そんなの」
責める気はないんだ。謝罪の言葉は聞くも聞かないも受け取り手の自由だと思うけど、感謝の言葉を受け取ってもらえないのは……。
「さみしい、じゃないですか……」
しょんぼりと俯いてしまう。ああ、でもこれはただの押し付けかな、とか、これも私が言いたいってだけのワガママかな、とか。今更になって反省してしまう。私の悪い癖だ。こうやって後悔するなら、最初から言わなきゃいいのについ言ってしまうし。
「ご、ごめんなさい。自己満足で押し付けた意見でした」
それで、すぐに謝る。あー、私ってなんでこんなに面倒くさい性格なんだろう。クレアだったらこんな風に悩んだりもしないのにーっ! うう、顔を上げられない。そう思って一人でウジウジ悩んでいると、ポンと頭に手が置かれる感触があった。
「あー、その。俺らも悪かったよ。礼、受け取っとく」
恐る恐る見上げた先には目線を空に向けてバツの悪そうな顔をしたリニ。この手の持ち主はリニだったようだ。
「ん。僕も、ちょっと気恥ずかしかっただけ。確かに受け取ったから。感謝の言葉」
そして、やっぱりバツの悪そうな顔で腕を組み、視線を逸らすマクロ。
なぁんだ……この人たち、いい人なんだなぁ。見た目で判断しちゃダメだね。反省。でも、やっぱり見た目はちょっと怖いけどっ!
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