【エクトル】シナリオ通り


 正直に言おう。ビビった。


 まーじーでー、ビビった。え? 何? どうして魔物の群れの方からミクゥちゃんがくるの!? シナリオと違くないか? そんな内心の動揺はうまく隠せていただろうか。キャラらしく、出来るだけ丁寧に話せていただろうか。俺は、このミクゥちゃんを守るために、途中まではきちんとシナリオ通りに・・・・・・・進めなければならないのだから。


 そう、俺はエクトル。今世ではエクトル。前世はただの日本人大学生だったけど今はエクトルなんだ。あのキャラみたいに物腰柔らかで丁寧な性格ではないけど、少しは寄せないとシナリオが変わってしまう恐れがあるからな。素の俺を出すのはリニとマクロの前だけにしとかないと。


「やぁ、怪我はない?」


 わかってる。わかってるから冷ややかで呆れたような眼差しを俺に向けるのは止めろ二人とも。キャラじゃないのは俺が一番わかってるっつーのに。

 何度も説明したのに相変わらず胡散臭いとか思ってんだろ。でも俺の言った通り魔物の群れは南の森から来た。だからちょっとは信じてもらえたかなって思うんだけど。

 でも、予想外も起きた。それがこの双子の狐っ娘だ。シナリオでは、この子たちは村で祭りの準備をしているはずなのに。ものすごく焦ったぜ。ここでこの子たちが魔物にやられてしまうなんてことがあったら、シナリオがどーのと言ってられない。むしろそこで終了になっちまうし。しかも────


「……なんでここに?」


 握力強ぇなおい!? 双子の姉の方はたしかクレアって名前だった。しかもなんか敵意持ってない? ミクゥちゃんは後ろであわあわしてるけど。かわいい。設定通りめちゃくちゃ可愛い。やはり最推しだミクゥちゃん。

 でも、クレアの方も別に俺たちに対して敵意なんか持ってなかったと思うんだけどなぁ。明るくて元気いっぱいの姉っていう設定だったから間違ってはいないだろうけど。……なぁ、そろそろ離さねぇ? そう思って互いにニコニコしていた時。ミクゥちゃんのお腹の虫が鳴いた。


 っあーーーーー!! 可愛いかよ! お腹の虫すら可愛いかよ! むしろお腹の虫になりてぇ! 顔真っ赤にして恥ずかしがってるし。銀色の尻尾を自ら抱きしめて耳を垂れさせて……やばい、天使がいる。思わず変な声が漏れた。

 そんな妹のフォローに入ったのか、クレアがミクゥを抱きしめた。至近距離で会話しながら顔を突き合わせてクスクス笑う双子の狐っ娘。これはこれでいい。ありがとう、ありがとう……だが、そうも言ってられない。せっかくシナリオ通りに・・・・・・・村が助かったんだから、次のイベントに進んでもらわないと。


「……とりあえず、村まで一緒に行っていいかな?」

「……ええ、もちろん」


 おやぁぁぁ? なぜ姉が返事をする? 俺はミクゥちゃんに聞いたのに! しかもさり気なく俺の腕を引っ張って先に進むし。ちょ、ちょ、俺はミクゥちゃんとお近付きになりたいんだってば! しかも腕の掴み方が雑! 痛ぇし、やっぱり戦う修行がなんかしてたな!?

 ミクゥちゃんもだけど、魔力値が設定よりかなり多く感じる。数値化はされてないからなんとなくしかわからないけど、この二人は戦う力を持っていなかったはずなのに。俺たちには及ばないけど、なかなかの実力を持っているのがわかる。


 色々とおかしなことが起きてるな。ここは、俺の知ってるあの世界とは違うのか? いや、名前も合ってるし、容姿も特徴と一致する。リアル化してるからあのイラストとは違うのは当たり前だけど、種族も町や村の場所も、リニやマクロも全てが設定通りだったはずなんだ。俺を除いて。俺を、除いて……?


 ────もしかして、この子たちも俺と一緒なんじゃね?


 ……そうだ、そうだよ。俺だって転生者なんだ、他に転生者がいてもおかしくはない。俺だけが特別だなんてうぬぼれちゃダメだよな。うん。

 そう考えると辻褄があう。ここにいるはずのない二人がここにいて、しかも設定通りの性格や身体能力ではない、となるとほぼ間違いないと思う。


 クレアが、転生者だ。


 ミクゥちゃんは能力以外は設定通りだ。双子だし、きっとクレアがミクゥちゃんに入れ知恵かなんかしたんだろう。だから転生者ではないと思う。でもクレアはことごとく違う行動をする。今もまさにリニではなく俺を引っ張ってるし。お前はリニルートのライバルキャラだろうに。

 もしかして、クレアはライバルキャラでありながら俺のルートに行きたがってる? なーんて頭がお花畑な考えはしない。こんな態度で気があるなんて思うヤツは相当のドSだし。じゃあなにか。さっきのクレアのミクゥちゃんへのデレデレぶりからするに、クレアはシスコン! きっと、俺にミクゥちゃんを渡したくないとみた! うん、しっくりくる! それならリニやマクロをスルーして俺だけど敵視してくるのも納得だ。納得だけど……。


「二人とも、お優しいんですね」


 それ! 俺が言われたかったヤツー! リニ、マクロ、ズルイぞ! こんのクレアめっ! まぁいい、そっちがその気なら俺だってやってやろうじゃないか。絶対負けないからな。


 俺は、絶対にミクゥちゃんを惚れさせてみせる!! そして、俺の手で、かならずミクゥちゃんを幸せにしてみせるんだ。あんな……あんな破滅ルートなんて、辿らせないからな! シナリオのように、俺がヒロインに靡いたりだってしない。ヒロイン、現れるならリニかマクロを狙ってくれ。

 それに、クレアの狙いも俺の思っている通りかどうかの確信はないからな。しっかり見極めて、それに合わせて対応しようと心に決めた。ま、負けるものかっ!

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