第3話 食器を並べて個を数え

「大きな扉だ、この向こうかな?」

装飾の彫られた派手な扉の中心にあるノブに手を掛けぐるりと回す。

ゆっくりと開く扉の向こうに食事の並んだ長いテーブルが、そこに向かい合う形で4人の人が座っている。


「お、来たか。

こっちだ、席空けといたぞ」

隣の席に当てがい、座るよう促す。

少年が来るまでの間ずっと其処を確保してくれていたようだ。

「そういえば名前聞いてねぇな、何て言うんだ。結局無くなるけどな」

「名前ですか、名前。..名前?」

「なんだよそれも覚えてねぇのか?」

「は、はぁ..」

「そんな事より誰か手伝ってよ!

私一人でずっとやってんだけど?」

会話を他所に、人数分の食器を出しては回している女性に会話を遮断されるフランケンによれば料理を作ったのも彼女らしい。

「そりゃお前の役割だろ、何で俺が」

「同感。」

「今は..無理かな?」

「………」

「あ、僕手伝いますよ..?」


「もういい、終わるし。ていうか誰?

全然知らない顔なんだけど。」

「今日新しく入ったんだ、名前は覚えてないらしいけどな。」

「えっと..はい、そうです。

宜しくお願いします!」

席のセッティングや倒れた際のケアまでこなしてくれるのに存在を伝え忘れるという暴挙、お陰で初対面の爆弾を盛大に起爆する羽目になった。

「..酷だねどうも。

記憶が飛ぶ程弄られたのね」

「いやっ..」

何となく腕に触れた食器は冷たく、意図して冷やしたようだった。極端にそう感じてしまう程、長らく無機物に触れていないのかもしれない。

「名前も無いんだ」

「なんかつけてやらねぇとな。」

「同感。」

「いいんじゃない、そのままで。」

「何言ってんだデビルコック、そしたらコイツを呼べねぇだろうよ。」

作った料理の皿なり鍋なりを等間隔に置き席に着きながら女性は言葉を続けた。

「好きに呼べばいいって事よ。

どうせ自分でもわからないんだし、何だっていいじゃない。ね?」

「ね、って..。」


「そうか、それいいな!」

「同感。」

「………うン..。」

「一番簡単っぽいなぁ〜。」

「えぇ..⁉︎」

名前が無いなら作ればいい。

それも人によって異なれば、呼び名を統一せずに済む。自由な接触だ。

「だとすりゃ何にするかだな。

う〜ん..呼ばれたい名前あるか?」

「..いや、それはどうにもある訳が」


「取り敢えず御飯食べようか。

こうしてる間にも目の前で冷めて朽ちようとしているから。」

「急かすなよ、食うって。」

「作った方の事も考えよ?」

ここが一つのクラスであれば、纏まる事は一向に無いだろう。良かった、只

の居候の集まり達で。

「これ全部一人で作ったんですか?」

「うん、そうだよ。」

メニューは偉く豪勢でピザにパスタに多く並んだ中心に、祝いでも無いのに七面鳥が逆さにされてターキーと名を変え聳える。

「色彩とかよく分からないんだけど美味いもの作ったから、食べてよ。」

「鳥を殺すのが上手いよなお前」

「文句言わずに食べなさい。

一言もしゃべるなよ?」

フランケンとは相性が悪いらしく、顔を合わせればこうして喧嘩を始める。

「フチオくんも食べな。

ほら、スープ飲みなよスープ。」

「フチオ..いただきます」

名前に対しての戸惑いを抑えるように温かい液体を口にゴクリと流し込んだ

「美味しい..!」

「でしょでしょそうでしょ!?

美味いのよコレ、鳥を何時間も煮込んでさ!」


「また鳥かよ。」「黙れツギハギ。」

「喧嘩やめな〜?」

「同感。」「………」

「あはは..」

そもそも鳥を何処から仕入れてくるのだろうか。ルートを聞けば怒号も消えそうなものだが、二度と口を聞いてくれなくなりそうだ。

「ていうかフランケン、あんた私達の事紹介したんでしょうね?」

「え、あぁ..してねぇな」

「だから首傾げてんだなー。」

「何で言わないのよ!」

「友達じゃねぇもん、伝える必要が無ぇだろ。皆仲良い訳でもねぇし」

直ぐに否定したいところだが偽り無い事実、友でなければ家族でも無い、表現するなら知り合いだ。

「..わかったわよ、今は食事中だから詳しくは出来ないけど、軽く紹介してあげるわね。」

一度銀の食器を置き、手を添えながら一人一人の名前を言った。


「彼はフランケン、此処は知ってるわね。改めて紹介するわ」

「二度はいらんだろ」 「うるせ」

やはり仲は悪い。

「フチオくんを挟んで右がマミー、大人しいけど..まぁそのくらいね」

「どうも。」「………うン...。」

全身を包帯で巻いたシルエットの人が一心不乱に食事を口に運んでいる。

殆ど話さず瞳以外の露出が見られない為性別すらも定まらない。

「向かい合う中心はウィッチ、余りアクティブなタイプでは無いかも」

「ワタシだけ悪口っぽいな〜。」

ピンクのおかっぱに黒いローブという奇抜スタイルを貫く小柄な女性。

フォークの先を歯でかじり紹介に難癖を付けている。

「そして奥がゴルゴンさん

コッチも無口だけど..まぁ悪い人では無さそうね。」

「同感。」「自分で言うな」

ウェーブの掛かったワンレンの長髪で棒のようなスタイル。特徴はその程度で実験の痕は強く見られなかった。


「最後に私はアクマ、料理を作るコックでもあるわ。」

胸を叩き見栄を切る。己の名前を言っただけたのだが、威厳を鼓舞する。

「宜しく、お願いします..。」

「固いわね、まぁいいけど。

じゃあ次はみんなとあなたの...」


「はやくしねぇと飯が朽ちて死んでしまうぞー?」

「なっ!」 「そう、ですね。」

時間が経てば廃れていくのはこの世のあらゆる事象に精通するものだ。中でも食事は繊細で時間の経過だけで無く周囲の環境、変化でいかんなく劣化を発揮する。

「あんたもさっさと食べなさいよ!」

「うるせぇな、俺は少食なんだよ。

胃が人間のままだからな!」

もしフランケンが群れをなすなら、彼は真っ先に弾かれるだろう。力も無ければ重さも無い。そのくせ口は達者で感情を持っている。

「最早真逆の生物じゃないの!」

「そういう奴ばっかりだろ此処。」


確かにここに集うのは欠陥品ばかり。

悪意が無く、人を恨みや呪いにかける事が出来なかった悪魔。

魔法を使えない魔女、喋らないミイラ

独りよがりのゴルゴン。

そして失敗作と謳われた少年...。

「隔離されているのか廃棄されて自由を与えられているのか未だにわからないけど、流れる時間は他と同じね」

「当たり前の事言ったね〜。」

「体感が変わらねぇって事だろ?」

「………」

「深く考えないでよ、ふと思って言った事なんだから。」

「ふと時間の流れを気にするんじゃねぇよ、お前が」

「何よそれ、別にいいでしょ。」

「同意。」

「同意って何よ?どっちに?」

「俺に決まってんだろ」「何でよ!」

「ははは..少なくとも僕には違う時間が流れてるなぁ。」

痴話喧嘩を賑やかに引き起こし、小さく纏まった言い争いで済んではいるが実質実験を施された人造の存在。完全な改造を施されたいた場合、どれ程の規模に拡大した戦になっていたのだろうか。


戦争というのは些細な相違から始まる

だがそれがあそこまで大きく派手に展開するのは強固な武力があるからだ。

有り余る力が解放され、見境なく振るわれ続けた結果の惨劇。

しかし力不足であれば事態の肥大は起きずに終わっていく。そう考えると、

欠陥品にも良さが無くはない訳だ。

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