第2話 狂えない狂人

「じゃあ、僕はもうここから出れないって事ですか!?」

「うん、あぁ..まぁそうなるな。」

「そんな...ずっとここに、嘘ぉ..。」


「他に行くアテがあるのかー?」

「えっ?」

「居場所無いから此処来たんだろ」

嘆き、狼狽る少年に同情をする事も無く冷ややかな言葉で両断する。

「でも人に連れてこられたんですよ?

自分の意思で来た訳じゃないのに」

「だとしたら向こうの連中がお手上げだっていう事だろうが。」


「向こう?

..何ですか、向こうって。」

「...お前、何も覚えてねぇのか?」

「………」

少年に残っているのは、僅かに視界に残った記憶のみ。

霧の深い森を歩き、黒いスーツの男達が何やら口を動かし話していた。何を話していたかはまるで判らないが、一つだけはっきりと確実に聞こえた。


『こいつは完全な失敗作だ。』


それがどんな意味かは理解出来なかったが、そのとき察してはいた。

「僕は不良品なんだ、必要とされないから棄てられるんだって。」

「..冴えてんな、お前。」

「褒められてる気がしないよ。

僕だってまさか当たると、思っ...」

「おい、どうした?おいっ!」

そこからは記憶が暫く飛んだ。

気がつけば何処かの一室の、ベッドの上にいた。


「う..ん...。」

「目が覚めましたか、安心しました」白衣を来た銀髪の男が、濡れたタオルを絞って頭に乗せる。

「ここは..?」

「動かないで、まだ安静に。

ここはベッドルームの一室です、助けを請われましてね、城内を出なくて幸いでした。ね、クリスくん?」

「名前で呼ぶな!

..寒気がすんだよ、やめてくれ。」

「フランケンさんが、呼んでくれたんですか?」

「..ああ、良かったな助かってよ!」

罰の悪そうに木の椅子に立て膝で座りながら顔を背ける。

「倒れる直後、どの様な感覚であったか覚えていますか?」

「..確か視界が歪んで、回転してるみたいに頭がぐるぐると。」

「やはりそうですか、君は神経が人より極端に過敏のようですね。だとすれば裸眼で過ごし続けるのは少し危険ですね。」


「危険、ですか?」

「勿体ぶらないで教えてやれ化け狐」

「白狐ですよ。

...視神経というのは人間が最も情報を獲得するのに使用する部分です。しかし君の場合そこは余りにも多くの情報を会得し過ぎる。裸眼で過ごし続ければ、圧し潰されて身体が持ちません」

「だから倒れたんだ。」

「はい、最も君も人間とするかは定かで無い処ですがね、あくまでも仮定の話です。」


「余計な事を」「検討した事実です」

導き出した結論を言葉にした結果だ。

「そうですか。

なら僕はどうすれば」

「これを差し上げます。」

出した掌の上には、黒縁の眼鏡が折り畳まれている。

「度は入っていませんが、感覚を妨げるフィルターになります。どうぞ」

「あ、有難う御座います..。」

「そんなものまで持ってるのかよ」

「私は医者ですよ?

様々な患者の為もケアは常備しております。」

医者の鑑、相手が特殊な患者であれば尚更だ。

「それでは私は行きますね。

また来週おあいしましょう」

「嫌だね、見たくねぇよお前の顔なんて。二度と来るな」

「来ますよ、また決まった日の決まった時間に。」

「ちっ!」

「それでは少年さん、お大事に。」

穏やかな笑顔で扉を閉め、医者だと名乗る男は部屋を出ていった。


「優しい人でしたね。」

「優しい事あるかよ、人でもないしな毎回水曜に決まった時間に城に来るんだよ、暇な奴だよな。」

検診と称して水曜日に住人全員の検査を行う。採血を取り、口の中を確認し心臓の音を聞く。一見只の健康診断だが城の住人達には含みを持たせた、何らかの搾取の様に感じてならなかった


「それにしても何故なんでしょう。

僕の神経が鋭く過敏なのは」

「シゴトの副作用だろ?」

シゴトって..なんでしょうか?」

「お前、覚えてなかったんだよな。」

嫌な雰囲気のその言葉、何やら不穏な匂いを感じる。

「ここに来た奴は皆、研究施設の人体実験で出来損ないと見なされた連中ばかりだ。」

「えっ..⁉︎」

違法な人体実験。

用途は兵器なのか生物開拓なのかは知らないが、人間からいわゆる〝妖怪〟に成り代わろうとした者の成れの果て少年は、失敗作の妖怪なのだ。

「僕が...妖怪?」

「..正確には『ヨウカイ』、片仮名な

それに成るのも志願では無くあっちの都合、おそらくアトランダムだしな。俺もお前も、同じって事だ」


「フランケンさんも失敗作?」

「ああそうだ、見りゃわかるだろ。

フランケンってのは身体がデカイからな、俺はアレと比べたらガリガリだ」

オマケに目も悪く常に眼鏡を着用している。此方はガッチリ度入りの完全医療器具だ。

「そうですか..」

「俺はおそらくお前と逆だ。

人間の部分が多く残り過ぎちまった。

変わったのは性格くらいだなぁ..」

元はもう少し穏やかで丁寧な口調だったらしい。研究の過程で成長が止まると、身体では無く内面や精神に異常をきたす。

穏やかな者が乱暴に、紳士的な者が策略的に..。

「勝手に実験やってる癖に、ヘマが起きたらすぐポイだ」

「酷いですね..」

「そんなもんだぜ、ヒトなんてな。」

飽きたおもちゃは棄てて新たに買い換える。それを繰り返して成功のみを記録する。そうして時代はアコギに誕生してきた。


「取り敢えず今は眠れ、起きたら飯だ場所はわかってるな?」

「えっと..二階!」

「そうだ、先に行ってるぞ。」

元の姿を失っても、欲は消えず腹は減る。生き物としてのデメリットが、生存を痛々しく掻き立ててくれる。

「眠気まで残ってるや...。」


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