第103話 原初化。

「ふぅ……ふぅ。ゴディン……あなた……」


ノーティスの眼の前に居たのは、ゴディンだった。




「はぁはぁ、貴様嘘をついたなっ! 嘘をついたなっ! 嘘は……。嘘はいけないんだぞっ! 神様に叱られるんだっ!」


腹に刺さった剣から血が落ちる。ドボドボと。


ノーティスが突き貫かれ、苦しみの声を上げた。


ノーティスは怪訝そうにゴディンを見やり……。


「君っ……っ。よもや、はぁ……はぁっ。〝原初化″しているのかっ!?」


「なんであんな所に、クラインがいっぱいっ! 私を攻撃するクラインがいっぱいいるんだよ母様っ! おかあ……様?」


「くっ、ゴディンっ! 剣を離し……っ。ぐふっ。なさ……いっ! そうだ、話だ。話……合おうじゃないか。はぁ……はぁ。神のお話だ……よ。ほら……ゴディン」


二コリと……。


剣の切っ先を持ちながら笑う、ノーティス。


なんとか相手を鎮めなければならない。


だが……。



「神……そう、神様っ! 神様への誓いっ。人を教え導き、〝ヒューマン・エンド(孤独)″から……。そう、孤独からっ! そうだ、そうだよ人を守らないとーーっ。うあぁああっ!」


ザスっザスっ!


「孤独めっ! 孤独めっ!」


「ぐっ、ブフッ!?」


絶望に染まる、ノーティスの瞳。


突き刺される剣は、ノーティスの中へと深く深く穿たれていくっ!



「はぁはぁ、今だっ」


狂乱するゴディンを見て、すぐに逃げ始めるジキムートっ!


四つん這い、いや、2つん這いだ。


腕の力だけで匍匐前進するっ!



「がは……っ!? が……。ぁあ……」


ピシャっ! ビシャシャっ!


血が飛び跳ねる。


大量だ。


人間の全血液、約4リットル。


それが外に飛び散っているのだから。


ノーティスはもうすでに――白目をむいて絶命していた。



「うわあぁっ!? これじゃだめだっ!? 聞こえるだろうっ!? なぁっ!? 神様が……神様が怒っているよっ!? どうしよっ! 誰かっ!? どうして神様の嘆きを止めないんだっ!?」


動かなくなった死体から剣を抜いたゴディン。


誰に聞くわけでも無く、剣を振り上げながら周りに叫んでいる。


「うわわ……」


「はぁ……はぁ」


先ほどまでジキムートを追い詰めていた追手たちが、蒼白になってゴディンを見つめて硬直している。


声をかけたくとも、かけれない状態だ。


どういう理由で攻撃されるか分からない。



「明らかに……。ふぅふぅっ! おかしくなってやがるぜアイツ。原初化……って、なんだよ。だがナイスだ、イカれゴディンっ。お前は……。才能だけが取り柄のてめぇは大っ嫌いだが、今はケツでも掘ってやりてえ位は感謝してるぜっ!」


ツルギが舞って、血が飛び散る。


その光景を見ながらジキムートはただただ、自分に気づかない事だけを願い、ゆっくりと後ずさる。


だがしかし……。



「あそこ……。確かジキムート。そうだ、ジキムート。アイツはヴィン・マイコンより弱い。そうだ……。ヴィン・マイコンより……。私をいじめる傭兵より――。傭兵は仕事を邪魔するから……」


ゴディンの眼の中に、殺意よぎる。


その瞬間――っ。


「クソっ!」


ヒュンッ!


すぐさまジキムートが、ゴディンの言葉の腰を折るタイミングでナイフを投げたっ!


カンッ。



「アハハっ。イヒ、ギヒ!」


全く効いていない。


氷の障壁を張り、しかも、恐れている様子すらなかった。


ジキムートに向けゆっくりと、歩き出したゴディン。


「ヤッベェぞっ! 早くっ、さっさと動け俺っ!」


汗を流し、ジキムートは狂喜の使徒から逃げようと必死にもがくっ!


だが、かなりの差があったその距離は、すぐにでも縮まるだろう予感。



「あぁ……ジキムート。こんなの初めてだ。初めてだから、どう殺せば良いのか分からないよ~」


「……くっ、完全にイカレてるっ! 話するのもヤバそうだっ。触っちゃまずいタイプの奴だぜっ!」


こうなると、本当に絶望的だ。


モンスターよりも聞き訳がないのだから、対処の仕方がない。


青ざめてすぐに、体勢に直そうと振り向いた――その時。



カンッ!


バシャリ……っ



バケツから水がこぼれた。


恐らくは溝にたまった汚泥をためておいた物だろう。



ドタタっ!



「……っ!? 今……逃げた?」


音で察するジキムート。


足音が不規則に揺れ、一時的に大きく飛んだ。


一瞬だが、ゴディンの動きが変わるのを知ったジキムートはやおら……。



ガシャガシャンっ! ガシャっ!


「ふっ! ふっ!」


ウロコからナイフを立て続けに射出し、次々とバケツをひっくり返していく。


ドシャドシャっ!


「うわわっ!? ……はぁはぁ、水。大いなる……水。水は私を迎えて……。うぅっ! ダメだ、入ってはっ!」


ゴディンが立ち止まった。


その姿に目を凝らし、ゆっくりと立ち上がったジキムート。



「水……だと? それならおいっ、ゴディンっ!」


「ゴッ……ゴディンっ!? 私の事だよ、ゴディンはっ」


「この音が。水が落ちてんのが聞こえるかっ!?」


「ホントだ。ザーザー……。水だ。水が落ちている」


滝のように水が落ちる音。


この先、ほんの少し先には恐らく、排水官の集合場があるはずである。



(頼む……っ。アイツにマイナスに働いてくれっ!)


水の神に仕える者に、水の在りかを示す。


非常にリスキー……。


というか、自殺行為だ。


自分がそこに、逃げ込もうと言うのだから。


下手を打てば、一緒に飛び込まれてしまう。


が、これしかジキムートにはもう、足を止めさせる方法はなかった。



「神の水……が。アハハ……アハ」


ゴディンの体がドロリ……と溶けた。


半分スライムのよう姿で水を求めるようにゴディンが、ペチャペチャと歩みを進める。


「まだだ」


ジキムートが〝舌″に手を伸ばしながらも、ゴディンの様子を必死に観察する。


傭兵はなるべく音を立てず、そして全力で、後ろにゆっくりと下がっていく。



「ふぅ……ふぅ」


彼の目の前を、ゴディンが通過し……。


「あぁ~。アハハ。水……水っ。み――」


ピタリ……っと止まるゴディンの体。



「私は……私はーっ!?」


ヒュンっとすぐに、ゴディンの体が人間の肌色を取り戻す。


「ダメだ。あっちにいったら私はっ、私が水に取り込まれてしまうっ! わっ、私はゴディン、ゴディンーっ! 〝ソレスティアル・ドゥーエン(予言者)″となる者っ。ゴディンだーっ!」



ドタドタっ!



「聞いてくれっ、私はゴディンだよなっ!? なっ!?」


音を立てて、ジキムートの目の前にやってきたゴディンっ!


ビクンっ!


「はっ!? はぁ……。はぁ……」


息をのむジキムートっ!


突っ込んでいた指を噛みちぎりそうになる。


だが……。



「そっ……そうだ、ゴディン。お前は……そう、ゴディンだ。……ゴクン。間違いねえぜ。そうさ。今日はなかなか髪型も決まってんよ。それで良い。そう……。安心しな。イカしてんぜ」


汗を流し、彼は同意する。


イカレた薬中に話す様な、なだめるように言葉を発して笑うジキムート。


……実際は逆だが。



「はぁはぁ。そっ、そうだよなっ! お前たちっ!」


(これだっ!)


「うらあああぁっ!」


ゴディンが従者に向いた瞬間にジキムートは、一気に走ったっ!


痛む足も、流れる血も何もかも、見ないふりして全力だっ!


腹が痛い、吐き気がする、腕が最悪、足がうざい。


全部全部、ぜーんぶっ!


「立ってっ。前向いて立って死ぬんだよっ!」



立ったまま内臓を吐き、立ったまま足を千切られそして――。


立ったまま死ぬ。


そう言う気概がなければやれない『賭け』。



ゴンっゴンっ!


左足。


動かない左足をまるで痛めつけるように、地面に突き立て走るジキムート。


その眼はもう、前しか見ていない。


「ごっ、ゴディン様っ! ジキムートがっ!」


「ジキムート? 誰それ。……。そっ……そうかっ! ヴィン・マイコンより弱いのがっ!?」


「へし折れろよっ! ふっ! ふぅっ!」


ザスッ! ザスっ! ザスっ!


ジキムートはナイフを幾本も投げた。



前だ。


下水に続く道をふさぐ格子の根元に、ナイフを投げ続ける。


「うらぁーーっ、〝エイラリー(異形鱗翼)″っ!」


そして、左肩のウロコを前に突き出し、格子にぶちかましをし――破壊。



「おわあああーーっ!」


そして真っ逆さまっ!


闇の中へ飛び込んだっ!



ザアアアアッ!


――。

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