第3章

第85話 潜入作戦。

「おいっ。ノーティスが見つかったってのは、本当なのかっ!?」


「あぁ、ただ居場所が分かっただけだが……よ」


急いで入ってくるジキムートに、ヴィン・マイコンが冷静に答えた。


何か機嫌が悪そうだ。



「でも〝居場所″っつってももう、アイツは死んでる可能性もあるんじゃねえのかよっ。大体あんなゴミ野郎共がおいそれと、いったん巣に引きずり込んだエサを放さねえだろっ!?」


「それはねえ。あのヴィッチなお嬢様によれば、奴は潜入のプロ。特に男相手にならば、貴族であろうが王族であろうが、必ず成功させるっていう、かなりのヤリ手らしいぜぇ?」


「潜入、だと? 待てよっ……。それって、それはまさか……あれ自体がっ!?」


ジキムートの脳裏に浮かぶ、ノーティスがさらわれた瞬間。


「そう、奴のお芝居って事だ。捕まれば、奴らは巣穴にごちそうを持ち込む。それを狙ってた訳さ。まぁでも~、お前がゴディン君に勝てそうならばぁ? プランも話は違ったかもなぁ。だろっ? ゴディンごときに勝てない傭兵、ジキムートさんよぉ」


「ちっ……。そういう事か」


ヴィン・マイコンの嫌みに、心底嫌な顔をするジキムート。



「しかもどういう訳か、あの売女は無傷で生還するんだと。ふんっ。だから〝バージン・ヘタイライ(娼婦処女)″と呼ばれているらしいぞ。」


ローラが応えた。


ジキムートとはこの聖地では、初対面だが――。


特に、気さくに挨拶する間柄でもない為、2人は流している。


「そんなおとぎ話みたいな事、ホントにありえるのかよ?」


汗をにじませるジキムート。


相手はあのゴディンだ。


あれが女を丁重に迎える、などと言う話は想像もつかない。



「うんまぁ売り込み文句なら、何でもありじゃね? 勝手に後から名前を付けて、自分で売り込む奴なんて五万といんぜ~」


あっさりと、ヴィン・マイコンが言った。


確かに事実だ。


後付けならば、なんとでも言える。


だが、ジキムートにはその時、別の考えが浮かんだ。



(そういやあのゴディンの野郎……。ノーティスに無駄に執心してやがったな。アレがその手の内って奴かも、な。)


「ただ、残念だが事実として奴は、この数年はそれで生き残ってきたんだよ。悪い噂。というより、失敗や仕事を放棄したと言った悪評は聞いてない。私も調べたんだが、な。ヴィエッタ様も、あのクソ売女を信頼されておられる」


傭兵は実績が全て。


確かに、色々な噂を立てて、自分の功績を細工をする者はいる。


そして己は何もせず、名声だけでアグラをかく人間も居なくはない。


だが、取り立てた人間であるヴィエッタが信頼する以上、ある程度は信を任せなければならなかった。



「でも僕はやはり、懐疑的だ。普通に考えて、相手の手に落ちてしまった可能性。そしてその結果逆に、こちらが罠にかかってしまう事を、考えるべきだと思う」


クイっと、真剣な目つきで眼鏡を上げるレキ。


現場では臨機応変が常。


どういう事態が起こっているかはしっかりと、把握しなければならない。


「それには私も賛成だな。不確かな情報で、多量の騎士達をおいそれとは動かせない。戦力は効率的で、論理的な作戦をもってのみ、使うべきだ」


「……ふん。私もあの女に、導線を引かれるのはしゃくさ。だが、これ以上無意味に、策なんぞ語ってもどうしようもないんだぞ。結局は巣穴に特攻、もとい、潜入はせねばならないんだ。この好機をボケっと見ている訳には……な」


ローラが頭を抱える。


深刻そうにな顔で、焦燥感が浮かんでいた。



「えらく手の込んだ芝居やって、焦っているようだが。そんなに奴らの巣穴ってのは、見つかりにくいのかよ? 住民締め上げりゃ、素人が吐かないわけねえだろに」


「あぁそれか。あの巣穴はVIP専用。超秘密なんだわコレが~。鬱陶しい事に、この町の頭らへんにいる奴らは一切、俺らが来た当初から隠れちまってた。そっから従者と一緒に巣穴から出てこない。そんで、外の奴らは全員、全く巣穴の場所は知らねえんだな、これが。用があるときは、拉致されるのさっ」


「攻撃は主に、ガキどもと女の自爆。もしくか、私達が捕まえそうになれば処分だ。私もあんな危ない物、この呪いで捕まえたくもないっ!」


薄ら笑うローラ。


爆弾を、素手で掴むような物だ。


瞬間移動も役には立たないだろう。


「へっ、なるほど。了解。気合入れるわ」


目に殺気が宿るジキムート。


(こりゃマジで、ココが俺の正念場、か。この戦いをしくじる訳にはいかねえな。いざとなったら)


ジキムートは、自分の道具袋の〝神のクスリ″を睨み、喉を触った。



「ならば肝は、どう人員を裂くかだ」


ローラが考え込む。


今ある手持ちは、ジキムート、レキ、ヴィン・マイコン、ローラ。


そして騎士団長ギリンガムだ。


その中でもリーダー特性がある者ない者など、運用が違う。



「まず僕としては……。ジキムートとローラは是非、巣穴攻略班に回したい。どんな場所かも掴めないような、難しい場面になるだろう。だからこそローラのあの、瞬間的な移動が生きるからね。哨戒や偵察にも向いてるし、いざと言うときは逃げ切れて情報だけでも持ち帰れる。ジキムートに関してはまぁ、能力は未知数だよ。ふふっ」


「言ってくれるな。だが……意地汚く生き残るのは、大の得意だっ! ノーティスにしてやられた手前、危ない方でも俺は拒まねえよ」


笑うジキムート。


だが実際は、この言葉は嘘である。


マッデンという獲物がいなければ、危ない方に乗る事は絶対にしないだろう。


「私もそれには賛同だ、レキ副長。時に、コレは電撃戦なのか? それとも袋叩きをする気なのか? ここから道が分かれるぞ」


「そうだね。そうなるとまずはやはり、提起すべきは電撃戦だろう。敵に気づかれていないという前提なら今が、最大の好機だから。包囲を敷くのは騎士団さえいれば、後でもできるしね」


眼鏡を上げ、見回すレキ。


彼女の案に、全員が首を縦に振る。


(敵が気づいていないという前提、ね。嫌なフレーズだぜ全く。)


一抹の不安を残しながら……。



「だが、な。それだけでは戦力として不十分。ギリンガムは関してはまぁ、決まってんだ。ここに残って騎士団をまとめ上げ、最も奴らが欲する祭壇。水の民ご執心の神殿の防備に専念。って訳だが……よっ。そうすっと、残るは俺とレキだ」


そこまでは恐らく、誰も反論は無い。


最後の問題はレキとヴィン・マイコン。


2人ともリーダーとしての才が高くそして、戦闘力もピカ一のこの2人だ。


すると――。


「巣穴にはこの勇者、レキが行こう」


すっくと立ち上がるレキっ!



「なっ、なにっ!? なっ……何を馬鹿なっ、バカげてるっ! それはならないっ。そんな危険、冒す理由がないぞっっ!?」


レキの突如の申し出に、汗を流してギリンガムが反論するっ!


「……いや、それが良いんだよ。レキ、お前に頼むわ」


「馬鹿なっ!? 何を言うヴィン・マイコンっ! それでも貴様、相棒かっ!? 残れレキっ! 巣穴へはこのヴィン・マイコンが行けば良いのだっ! そして、残った君と我々騎士団で、防備を固め守ろうではないかっ。そうすれば――」


「いや、ギリンガム。てめえは黙っていろ」


「くっ、私は引かんぞっ! ノーティスは処女娼婦か娼婦処女か、あの女がどうなるかも知らんがっ。だが、レキが手に落ちればどういう目に合うかは分かるだろうっ! 彼女は逃げ切る術を持たんっ。しかも相手は〝ソレスティアル・ドゥーエン(予言者)″っ。あのような下賤にレキが捕まれば、汚辱の限りを尽くされるのは分かり切っておるっ! こんな無謀、作戦でもなんでもないわーっ!」


ヴィン・マイコンの言葉に兜を脱ぎ捨て、猛抗議するギリンガムっ!


ツバが散るとかそんな次元ではないっ!


今すぐ食い掛る勢いだっ!


しかし……。



「ありがとう、ギリンガム団長。しかし、僕のほうがおそらく、相手は難しいはず。特に団体様相手になれば、ね。君が人選を考えて配置しているのは、僕も知っているよ。それでもアイツらゴミの攻撃を受け、隊員の女性が奪われているのも、ね」


ニコリと、陰のある笑顔を作るレキ。


「だがっ……しかしっ」


「お気遣い感謝する。でもこの場は僕が行くんだ。それが適任なのさっ!」


眼に闘志を燃やし、力強く宣言するレキっ!


レキはそっと、ギリンガムの甲を握った。


ワナワナと震えるギリンガムの手。


「私は……っ、私は納得は……。なぜヴィン・マイコンでは駄目なのだっ!?」


「……」


応えないヴィン・マイコン。


「自分の弱点を傭兵が応える訳が、ねえわな」


ジキムートが独り言ちる。


そして、ギリンガムが力なく肩を落とし、自分の椅子を探した。



「それで、この男は何するんだよ?」


「俺か? 俺は日がな一日酒を食らって、女働かせて生きたいんだよ」


「誰がお前の理想を語れと」


その言葉の次。


ヴィン・マイコンの目に……殺気が宿った。


「俺は――。上に居る奴を傭兵率いて殺し尽くす。ちょっと今回は気になる事があっから、よ。本気出す」


虐殺だ。


紛れもない、一般人狩りを示唆するヴィン・マイコンっ!


こうなったら巣穴と言わず、この聖地を消し飛ばす気なのかもしれない。


それが神にどう思われるかは分からない。


だが少なくとも、ヴィン・マイコンの今の殺気は、神すらも睨み据えていたっ!



「……へぇ。そりゃ、上に振られた一般市民役の連中は、たまったもんじゃないな」


「お悔やみを申しとくよ」


レキとジキムートが笑った。


相手はどうせ、テロ犯だ。


あまり気に病むような相手では無い。


だが、それでもヴィン・マイコンにかかられる奴らは確かに、不憫ではあった。


「では決まりだ。作戦は今から始めるとしよう。気取られる前に……なっ!」


「おうよっ!」


言葉に呼応し、全員が席を立つ。


そして、各々の準備へと取り掛かったっ!



「ギリンガム。君の部下も、助けられそうなら助けてくるよ。待っててくれ」


「レキ副長……。いや、それはもう良いんだ。あいつらも武人の端くれ。例え望まぬ結果にたどり着いたとしてもそれは、剣の道よ。剣の世界に後戻りはないと教えてきた。凶器を持って相手に挑む以上はすでに、おのれの心は死んでいると知っている。もし仮に、相手になって出てくれば、その時は迷わず、斬り伏せてやってくれ」


「……そうか。良い覚悟と、良い教育だっ。君はナイスな男だなっ! ふふっ」


キラリっと笑い、レキがギリンガムの肩をぺちぺちっと叩く。


「……ふっ」


ギリンガムは騎士団という物が持つ、2面性。


人を統治する人間性と、武人という暴力の権化。


その2つの中でも、武の人間である。という信念の方が強いのだろう。


「気をつけろ、レキ副長」


「安心しろ、ギリンガムっ! 僕は勇者になる男だ。〝ソレスティアル・ドゥーエン(予言者)″なんぞ、僕の敵ではないっ。……ハハハっ!」


レキは自信満々に歩いてくっ!


そして、扉を開けて、出ていってしまった――。



「……。君は女だ。紛れもない女の子だよ、レキ」


ギリンガムはぽつり……とつぶやく。


そのいってしまった扉に。


そして彼は……。

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