第2章 chapter4 聖地と一般社会

第79話 聖地の外交とかけひき

「どうやら、ノーティスは負けたようだな」


「ああ。手ひどくやられたらしいね。ジキムート君がショックでやる気をなくしてたよ。気の毒だけど、ね」


「へっ、何が気の毒だよっ。アイツがぜ~んぶわりいんだっ。あんなゴミに負けるなんて、情けねえな~全く。勝ってりゃ文句なく、ノーティスのプランは変わっただろうに、よ」


ジキムートを馬鹿にし、ヴィン・マイコンが笑う。



「プランがどうであろうと、そろそろ我らも、本腰を入れねばならないな。我が軍からも、相当数の被害が出てしまっている。なんとか戦力が削ぎ落される前に、かたをつけなければ」


「トゥールース家、討伐か? 相手は相当難敵。なんせあの、〝スペルレス(神の寵愛深き物)〟だぜ。発する息だけで神の加護を呼べる、格段の化け物。軍はなんて言ってんだよ?」


「あまり兵を動かすな、と。クライン軍が一体、何を狙っているのか分からないからな」


「へへっ。こんな大事に、睨みあいしてるだけかよ? 増援も寄こさねえだってぇ? ショボチンがっ」


頭をかくヴィン・マイコンとレキ。


「手持ちでやりくりせよ、との事だ」


「ふんっ。水の民との直接対談にビビッてお嬢様に任せっぱなしにし、出席もしないカスが。そんな弱腰風情が、本番は任せてください、だと?何を今更っ」


「全く、それが理由で、自分たちのイニシアティブを手放したというのに……な」


ローラが言い放った軍への嫌味の言葉に、ギリンガムが頭を抱える。



バスティオン軍は併合時の会議に出席せず、あのヴィエッタ一人で会談に臨んでいたのだ。


その結果、交渉は決裂。


そしてこの、テロリストが闊歩する聖地のありさまである。


だが、ヴィエッタを責める声を、軍からは上げられないのが現状であった。



「なぁローラ、もう一度会議。水の民との会談はできねえのかよ? お前の飼い主様は」


「無理だとおっしゃられている。どういう訳かいきなり、突拍子もない事を水の民。とりわけ面倒な、〝ソレスティアル・ドゥーエン(予言者)″が言い出したそうで、な」


頭を抱えるローラ。


何か沈痛な面持ちだ。


「マッデン……ねぇ。俺のナニをしゃぶれっ、とかか?」


「そんな可愛い物ではない。ここ『神の水都ディヌアリア』の、戸籍の独占権。それと領民の司法優越権を要求してきたそうな。簡単に言えば、自分たちを裁けるのは、自分達だけだとぬかしやがったらしい」


「それはマッデンは、貴族になりたいという事かい?」


貴族にはほとんどの場合、ローラが上げたような権利がある。


中世では、王権が作った国の下であっても、そこからは半分独立状態だった。


そして、自分の領地の法律は自分達で、勝手に施行していたのだ。



「いや、まだあるぞ。王族からの出頭要請への拒否権に、聖域への全訪問者に対する課税権。それと通行認可権」


「通行認可権? それはつまり王族ですら、自分の領内であるはずのディヌアリアに入る権利がない、と? 入りたければいちいち〝ソレスティアル・ドゥーエン(予言者)″の指示を仰げ、という事かな?」


レキが訝しそうに聞く。


それはどこか、時代錯誤な要求に対する、耳を疑う素振りだ。



「歴史上、そう言ったのがあったなそういや。なんだっけ? 4教会時代だったか。王家と認めてほしければ、4つの神域全部に、直に王が出向けっていう、よ」


ギリンガムとヴィン・マイコンが頭をかく。


要求が古代文明レベルの話である。



「その要求は確かに、話にならんぞ。はっきり言って、独立に他ならないな。こちらを舐めておるっ」


「ああ。しかし恐らく、マッデンのあの顔では本気だろうよ。選挙し、一瞬だが占有状態になったのを良い事に、足元を見て独立を要求して来た、と言ったところか。その頃はまだ、ヴィエッタ様にめぼしい軍備は無く、一貴族だったからな。だから軍との関係を深め、取引強化に走らざるを得なかったという事もあった」


「なるほど、ね。それでココまでこじれた訳か。しっかし独立、か。七面倒な事になったなぁ、おいっ」


ヴィン・マイコンが納得する。


公にはなっていないが、今この土地は、内戦ではなく『独立戦争』の真っただ中だった訳だ。


「それを聞けばなおさら、この戦いには勝たねばならんなっ! 聖地の独立なんぞあり得んっ。もし独立なんぞさせてしまえば我々の、富の流出が止まらんぞっ! 全人類の問題となる。ここで食い止めねばっ」


富の流出。


それは深刻な問題だ。



護摩行という行為を知っているだろうか?


神仏に、寝食を忘れて数日間にも及び、祈りを捧げる行為だ。


居るか居ないか分からない神仏に、そこまでできるのだ。


この、紛れもなく神が存在する世界でもし、聖地が独立化してしまえば――。


寝食を忘れて全ての富を、この聖地だけに捧げる人間が続出するだろう。


それは、貧しき者だけでなく、富める者達もだ。


倒産が増えるだろう。


それが元で、働きブチを失い、餓死者が徐々に増加。


人口が下がりゆき、労働力不足に陥る。


それを賄う為に、田畑に人間を、強制的に集中させざるを得なくなる。


そして、人間文明の衰退を引き起こす。


そんな負のスパイラルを迎えるのはもう、目に見えていた。



「食い止めるために戦うのは良いとしても、だよ。いざという時の増援は本当に、大丈夫なんだよね? ギリンガム。僕は嫌だよ。もしこの聖地が完全なカオスになった時にあの、高名な〝スティアーマーズ(加護無き光騎士団)〟に、傭兵だけで立ち向かうだなんて蛮行」


「〝スティアーマーズ(加護無き光騎士団)″。クラインか。問題は無い。とっておきの――。わが軍でも生え抜きの、最強の筋肉キチガイ男が来ているらしい」


「あぁ~あの〝ネコ″か」


「……」


うんざりしたようにギリンガムとヴィン・マイコンが、頭を抱える。


「そうか。あの男か。それなら今はひとまず、僕達でなんとかするしかない、ね。……うん」


レキがひとしきり考えた後、拳を握り、立ち上がったっ!



「さて、と。そうなればグズグズしてらんない、気合入れて行こうよっ! ここまで来たなら僕も、久しぶりに『外』で暴れてみよっかっ。ねっ、ヴィン。勇者の役目を果たす時さっ!」


首を回しながら気合を入れ、宣言するっ!


「……っ!? 君はその――。この町の奴に〝特に″、執拗と言って良いほど狙われていただろうにっ! 君が外に出て問題ないのかねっ?」


「問題大有りだアホっ」



ダンっ!



ギリンガムの言葉に、ヴィン・マイコンが机に拳を叩きつけたっ!


「俺とレキ、そのどっちかが途切れたらもう、この聖地はどうにもなんねえんだぞっ!?  だが選択肢はねえっ! 困った事に、戦力的にこいつが一番、信頼できるってんだよっ。マジであの〝スペルレス(神の寵愛深き物)″共と殺り合うなら、どっちかが……。いや、どっちもが前に出なきゃいけねえのさっ!」


「……くぅ」


うめくギリンガム。


その面持ちはフェイスマスクに隠れているが、沈痛そのものだ。


彼は当然知っている。


この聖地で女が捕まれば、どういう扱いになるかを。



「どっちかが、じゃないだろ、ヴィン? 強いほうが行くのさ、危ない方へっ! 心配ばかりしていても、何も変わらない。行くしかないよっ!」


「……」


レキの笑顔に、ヴィン・マイコンがいつになく苦しそう――いや、悔しそう、か。


切なそうに唇を噛む。


「私は別行動とする。良いな」


「ああ。せいぜい一滴残さず、あの嬢ちゃんのマン汁でもしゃぶってろ」


「……」


にらみ合うヴィン・マイコンとローラ。


「ほらほら、喧嘩しない。じゃあ行くぞ、お前たち」


「それでは、〝合図″が来るまで、な」


コクリ……。



「あっ、そだ。一番信頼できるのはレキだが、俺が最強な。間違えんな」


「……」


「……」


「……」


頭を抱える3人。

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