第70話 聖域の戦士。

振り返ると同時、甲高い音が間近で響いたっ!


その直後、ゴディンの右から何かが、顔めがけて襲ってくるっ!


「くぅ……っ!?」


実際は魔法のシールドで弾かれるのだが、恐怖でゴディンがとっさによろけてしまったっ!


(よし、良いぞっ! 引っかかった。)


氷の破片を投げたジキムートは、ゴディンのちょうど真横で、ナイフを使ってはじけさせていたっ!



(ナイフじゃ障壁を壊せねぇけど、コイツ相手ならかく乱は簡単だっ! 横が駄目なら次は……っ。)


ひるんでよろけるゴディンを横目にして、ジキムートは壁を蹴るっ!


そして十分な高さで、敵の上から真っ逆さまっ!


右往左往するゴディンの真上から、直下に落下っ!


(よし、ぬけたっ!)


障壁はないっ!



シュタっ!



「ひっ!?」


ゴディンが奇妙な感覚に恐怖するっ!


突如ジキムートが音も無く、降って来たのだっ!


「もらったっ……!」


ガギッ!


「……コイツっ!」


歯ぎしりし……、ジキムートがうなるっ!


ナイフからの手ごたえが、異様に固いのだっ!



「ふぅ。なかなかどうして。焦らせるね。だが、この好機にナイフ、か。お前はどうやら魔法が使えないようだ。可哀そうな神の捨て子よ」


ゴディンはいつの間にか自分を、氷に変化させていたっ!


ジキムートを見てへらりと笑う、氷の像。


その顔は心底同情している顔だ。


嘘偽りない、下位者への哀れみ。


「あぁ……。生きるも無惨な、劣等種の中の粗悪品。哀れな奴」


「俺が……、劣等種の粗悪品だとっ!?」


目に殺気が走るジキムートっ!


だがゴディンは気にする事無く、ジキムートめがけて、至近距離で手をかざしたっ!



(またあの〝スペルレス(神の寵愛深き物)″かっ! コイツ詠唱も何もなく、即時魔法をぶっ放しやがるっ!)


異常なまでの優位を、ゴディンは見せつけていた。


そして氷と化した彼は、ジキムートへと魔法を発射っ!


「うぉおおっ!」


その瞬間、ジキムートは〝ボタン″を引いたっ!


ザスッザスザスっ!


あのウロコのガントレットだっ!


今までマントの内に隠していたガントレットが、布地を破って起動したのだ。


「っ!?」


「あのウロコですねっ!」


ノーティスが笑う。


そこにはまるで、爬虫類のウロコのように重なる、ナイフの山っ!


異形の姿が現れた。


そして……っ!



ガスガスっ!



至近距離で撃たれた氷を、ナイフのウロコが弾き飛ばすっ。


「なんだ、このモンスターハーフはっ!? 人間ですらなかったかっ。ゲテモノめっ。汚らわしいっ!」


ゴディンが嫌悪をもよおし叫ぶっ!


「うらぁっ!」


傭兵は構わずそのまま〝ウロコ″を勃起させるっ!


そして一気に剣山のようになった左肩を、ゴディンに直撃させたっ!



ガッガガガッ!



「……っ!?」


ゴディンと言う名の氷に、次々と食い込むナイフの群れっ!


重い音が響き、氷のゴディンを串刺しにするジキムートっ!


「ウウゥウラァアアっっ!」


傭兵は叫びながら歩を進め、すさまじい脚力で、重くなったゴディンを持って行くっ!


目指すは『終点』。


一際固そうな壁っ!


そこで挟み撃ちにして、衝撃で壊そうというのだっ!


だが……っ。



「ぐっ。汚らわしいっ! 止まれっ!」


イライラしたゴディンが、氷を地面一体に張った。


するとまたしても、氷飲み込まれる通路っ!


ガシッ!


「なっ!?」


ジキムートの足元が凍り付いたっ!


(1人の魔力で、壁まで覆ってやがるのかっ!? まさかあの、氷の岩もコイツ一人でっ!? あの手下と一緒になって、魔法を撃ってやがったんじゃ……っ)


ジキムートの想定以上の、ゴディンの魔力っ!


なす術なく、その場に足を固定されてしまうジキムートっ!



「あがっ!?」


無理に足を止められジキムートは、体勢を崩してしまったっ!


ドタッ!


靴が地面に張り付き、体だけで転んだジキムートっ!


(やべ……っ、しくじったかっ!? このクソ野郎のすかした顔も、この戦いの雲行きも気に食わねえっ。ここは逃げるしか……っ!)


何か、嫌な予感。


チラリとジキムートが見やる、横の壁。


登ればまだ、この場から逃げられそうだっ!


その時、ノーティスの声が聞こえる。


「捕まえておいてくださいっ!」


ノーティスの体が光ったっ!


「……」


ジキムートの一瞬の躊躇。


だがノーティスの言葉通り、ジキムートがゴディンにしがみつくっ!



「下賤が……。触るな」


ガキッ!


「グッ!?」


ゴディンの氷の拳で殴られ、ジキムートの顎が砕け、歯が2本とぶっ!


(おいっ、マジかよこの威力……っ!? どんだけ分厚いんだ、コイツの氷っ。素人の癖にっ!?)


殴られた瞬間、ヴィン・マイコンのパンチをほうふつとさせる程の、鋭い痛みが走るっ!


ジキムートはそれでも自分のウロコを盾に、ゴディンと取っ組み合いを続け、離さないっ!


ノーティスはその間に、呪文を解放させるっ!


「我らは盟約の前にただ、貴方を開放するなりっ!」



ガシッ!



「……」


再度樹が、氷の障壁に穿たれたっ!


そしてドンドンと虫は、ゴディンを目指し、シールドを食い破り始めるっ!


「ちぃ……っ。ヤメよっ、女っ! 我が命ずるのだっ。そのような神への侮辱、私が赦さないっ!」


ノーティスを睨み、命令するゴディンっ!


「黙りなさいっ! 何度でも打ち込んであげますよっ」


殺気をほとばしらせ、ノーティスが薄いブラウンの両目を見開くっ!


そしてノーティスが再度、魔法を詠唱し始めるっ!


ゴディンを食い殺すまで何度でも、ノーティスは魔法を使うだろうっ!



「貴様ぁ……っ。なぜ従わないっ!? そのような美しい顔で、そのような汚れた行為っ! 絶対に私がさせないんだっ」


ノーティスを睨んで、殺意のような物を吠えたゴディンっ!


ガスガスガスガスガス!


氷の刃が数十……、いや、数百っ!


水を冒涜する木の虫へ、刺さりまくるっ!


めった刺しを超えた、微塵刺しっ!


「ハァハァっ!」


肩で息するゴディンっ!



「樹よ。食えよ吸えよ、肥え太れっ!」


だが息つく間もなく、ゴディンに、もう1撃っ!


「ちぃっ!? これ以上はさせないぞっ!少し甘やかしすぎたなっ。調教がなってないメスはこれだからっ!」


呪文を唱えるノーティスに向かって初めて、ゴディンが呪文を口にし始めるっ!


「神よ。盟約を示せっ。我の身を浄めたまえ、我は神の為に作られし一族。そは神の一部へと変貌し、ここに盟約の再現をっ。〝アーク・エンクレイヴライト(聖域現出)〟っ!」



ヒュンっ!




「……!?」


ノーティスが瞬間――。


何が起こったか分からない、と言った顔をする。



(私は確かに……、マナサーチをかけた。)


彼女はあまねく世界のマナを探して、樹木のマナを集めようとした。


緑を十分集め終わりそして、その瞬間、手の中を見る。


フッ……と、緑が消えていた。


代わりに手に残ったのは水のマナ、それだけ。


(世界から緑が――。神が与えし樹木様のマナが消えたのっ!? そんな事、人の身でできるハズが……。)


頭が真っ白になる。


再度、どうやってマナサーチしても、樹木のマナが見つからない。


落ちている木製の箱や、道端に生えた雑草からさえも、だ。


ゴディンが見事に、世界の環境や循環、生物論理ですら一人で変えて見せていたっ!



「化け物……」


ノーティスが呆ける。


あり得ないほどの差。


これが神の寵愛の差だと、自分と水の使徒ゴディンに、まざまざと感じさせられる彼女。


「おいっ、ノーティスっ!」


ジキムートの声にハッとなるが、もう遅かったっ!


「くっ!?」


さっきまでジキムートに抑えられていたゴディンが、ノーティスに向かっていくっ!


殴り捨てられたジキムートは、顔面をアザだらけにし、血まみれになりながら這いずっているっ!


10数発は殴られたのだろう。


ナイフの残骸と血が、壁に刺さっていた。



「待て……よっ!」


だがそれでもなんとかジキムートが、ゴディンめがけてナイフを投げるっ!


ガキンっ!


投げたナイフは、ゴディンが無意識に展開する、分厚い氷の壁。


それに全く効く気配がないっ!



(なんなんだよ、こいつぁよっ!? こんなド素人にっ! 俺はコイツの動きを全部読めてんだぞっ、クソがっ!? 大体こいつは、戦闘相手の顔すら覚えれない、ボンクラだろうにっ)


嫌な気配に苛立つジキムート。


どれ程ナイフを投げても、全く。


そう、全然と言って良い程ジキムートの力は、ゴディンにカスリ傷さえ望めないっ!

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