第60話 衝撃
「うらぁぁっ!」
その瞬間、モンスターではなく、ノーティスめがけて蹴りを放つジキムートっ!
「くっ!」
ちょうど、ノーティスの足の裏に当たったジキムートの蹴りっ!
それを足場にして、なんとかノーティスが逃げ切れたっ!
すると……。
「ブヒーっヒッ!」
「くっ!?」
裏拳がジキムートに飛んでくるっ!
その圧力の高い、ブンブンと振り回される腕。
それをなんとかジキムートがかわしつつ、必死に相手の後ろに回り込み続けるっ!
「ブフーッ……」
苛立ちの目で、自分の背後に必ず入って、逃げ回り続ける傭兵を追うモンスターっ!
見た目より遥かに早い人間に、タイミングが取れていないのだっ!
「やっぱ視覚は人間と同じか。しかも、頭はモンスター程度。動きは良いが、拳闘士程じゃねえよっ!」
さっと、サルの様に地面に這いつくばり、馬モンスターに比べ、半分程度の小さな体を生かして、素早く逃げ回るジキムートっ!
重量がない鎧のフェイクも、効果的に馬モンスターに利いている事を実感する。
だが、背後に回れて、せっかくの好機にも関わらず、彼にはフィニッシュに至れる武器が今、無い。
泣く泣くスルーし続けている。
そして、頼るべき相方に向かって……。
「おいっ、俺が引きつけるっ! お前の氷で……」
「こっち見るなっ!」
叫び声と同時。
氷の柱が、ジキムートめがけて飛んでくるっ!
「うひっ!? でけぇ」
ザスっと壁に、太い氷が刺さったっ!
その大きさはまるで、ノーティスの胸にへばりついた、大きく柔らかそうな肉の塊。
それに匹敵する程に大きな氷っ!
「ぐぬぬっ」
「おぉう……。そんなでけぇのか」
「るっさいっ!」
ヒューと口笛を吹くケダモノに、氷柱を投げ続けるノーティス。
必死に隠すその胸の大きさ、それはかなり特筆すべきものだったっ!
恐らくは、90を超えている。
美しい肌色気味の突起が、白肌によく映える。
そして何より、垂れていないその美曲線っ!
しかも全く、だ。
筋力で抑えたその美フォルムは、男ならば目を背ける事はできないほどの美しさっ!
「全く。男はイヤラシイっ! 私を見る時は胸しか見ないからっ!」
「そんな事は無いっ! ぺちゃパイでもお前の顔は、全然いけるぞっ!」
キリリっと胸に全焦点を合わせながら、ジキムートが言い放つっ!
「顔は……、その。除外だ。除外なんだっ!」
拗ねたように叫びながら、鼻を伸ばすジキムートと、ついでに、獣めがけて氷柱を投げつけていくっ!
「それで……。はぁはぁっ。どうするよっ!? そろそろ結論ついたかっ?」
ジキムートの額の汗が、すごい。
ずっと彼は、獣の攻撃を逃げ続けている。
名案が浮かぶまではお互い、『実験』を重ねるしかない。
その時間を彼が稼いでいたが、体力がつきそうだった。
「気づいてますね?」
「あぁ」
2人は笑う。
それは――。
獣の手のひらだ。
湧き出る体液の液中に、少量の〝黒″が混じっているのが見えた。
「さっきお前の呪文でコイツ、ケガしたな……なっ」
モンスターの太ももを蹴り、近寄りすぎた距離を放すジキムート。
「ええ。と言う事はですよ。皮膚には普通のダメージが通る、と。そして先ほどから投げ続けた氷の大きさと、効果の変化。それを観察した結果ですが、やはりでした。先ほどと同じ、私の最大魔力でなくては刺さらない。そうと、結論付けました」
「なら手筈は……はっ!?」
モンスターの腕を避けようとしたジキムートに……っ!
バシン!
「がはっ!?」
瞬間、ジキムートの視界が白に包まれたっ!
(尻尾だとっ!? 後ろを狙い続けたのがアダだったかっ。読まれて誘い込まれちまったっ! 見た目も細いし、馬だからって油断したぜっ!)
獣は、思ったよりも頑強な尻尾で、ジキムートをしばき倒すっ!
「ぐっ……」
よろめくジキムート。
なんとか倒れずに済んだ――がっ!
「ヒヒッ、ビヒヒーーンっ!」
馬は派手な動きはせず、よろめく人間を引きずり倒して、一目散っ!
犬のような戦い方で、ジキムートにむしゃぶりついていくっ!
「うひいっ!?」
上がる悲鳴っ!
ジキムートには、身を守る物は無いっ!
剣は引きずり倒された時に、馬に弾かれ落としてしまっていた。
今は左腕のナイフのウロコと、右のナイフだけが頼りっ!
恐ろしく長い牙を、小さな生命線でガードし続けるジキムートっ!
「ブルルっ、ビヒーッ! ブヒっ」
「クソがっ! てめえの牙、隙間入っていってえんだよ、ボケっ」
叫んでツバを吐きつけるジキムートっ!
「グヒーッ! ブルルっ。ビヒッヒッ!」
そのお返しなのか、多量に上から降ってくるヨダレっ!
ほぼ永続的に獣は、くわえようとしたり、いったん引いたり……舌でなめたりっ!
獣はジキムートをほだし続けるっ!
「ぐぇえっ。くっせぇっ! 息がゲロの臭いしやがるぜ、ウマヅラァっ。てめえの恋人は災難だなっ、歯も磨いてねえのかっ! この畜生がっ」
ガスガスッ!
べったりと、生臭い唾液にまみれながらジキムートは、必死に全力で相手の腹を蹴るっ!
が、ベッタベタのその、油をタイルに垂らした時よりすべる腹は、全く動かないのだっ!
その時……っ!
「うぅ……らぁっ!」
ガスッ!
気合を入れ、勢いつけてノーティスは、ジキムートに覆いかぶさる馬の、その横っ腹を蹴っ飛ばすっ!
が、いかんせん、女の蹴り。
びくともしていない。
「あたた……。くっ」
3メートルもある馬の、分厚く硬い筋肉の重み。
想像以上の、ハガネの肉体を蹴ってしまった。
足を押えて悶絶するノーティスっ!
「ウォオウ!」
だが、目障りなのだろうか?
唸り声をあげて、ノーティスの方へと目をやる馬。
馬の目線が来ると瞬間、ノーティスは笑うっ!
「そう……、それですよっ! 良い目線ですよっ」
即座に馬の目の前に、魔法を炸裂させたっ!
キィン、パキィイィーー、キイィーーーっ!
氷の微細で、多量の破片が破裂したっ!
馬とジキムートが目をつむるっ!
「グッルルゥっ!?」
「ぃぎぎっっ!?」
その呪文が放つ威力は、目つぶしだけではない。
その大きく甲高い音は、五臓六腑に染み渡るほどに、気持ちが悪かったのだっ!
「ガァっ!?」
「うぃいいっ!?」
ジキムートと馬は、必死に耳を押えながら転がったっ!
至近距離。
耳元2センチの距離で大音量の、黒板に爪を立てる音を聞かされた。と言えば、分かるだろうか?
とんでもない苦痛に、1人と1匹はのたうち回るっ!
「さっ、今ですっ!」
〝寒気″に震えるジキムートの肩を掴み、耳を塞いだノーティスが引き上げる。
「お前……っ!? もうちょっとないのかよっ!?」
耳を押さえ、ヨダレを垂らしながら、ジキムートが不平をもらす。
大した肉体のダメージはないが、心的ストレスは計り知れない物があった。
臭い液体と耳鳴りに苦しみながら、ペッペと唾を吐くジキムート。
「文句言わないっ!」
「いや、マントとかじゃなくよぉ、色っぽいサラシとかさっ!」
「ふざけんなっ!」
ゲスっと膝でノーティスは、ジキムートの脇腹を狙うっ!
だが、ジキムートの言葉も一理ある。
いかんせん今、ノーティスの胸はマントを前にして、でかいヨダレ掛けのようにしている。
チラリズムの欠片も無い。
いかん。これは、いかん。
「あぁクソ、助かったよ。耳がおかしい……が」
「まぁ、あなたを助けたそのおかげで私が、狙われそうなんですけどね。責任は取ってもらいますよ」
ノーティスが目線を移すと、馬ヅラと目があった。
ときめくほどにヨダレを垂らしながら、ジッと殺意の眼で、ノーティスを見据える青い馬。
明らかに欲していた――。
ノーティスの血肉を。
「なら、俺がお前を守ってやるよ。絶対にな――」
「へぇ……」
キリリっと、ジキムートがノーティスを見つめ、獣とノーティスの間に割って入る。
その顔には、本気の真摯さが感じられた。
「見直しました」
少しはにかみ、銀色の髪を触るノーティス。
女の子っぽい顔になっている。
「そのデカチチだけは死守するっ!」
「……ふんっ! ムードって物がないのかっ」
ガスッ!
鋼を突き通す蹴りの衝撃っ!
「がはっ!? 俺は……。ぐふっ。〝自己中(ムードブレイカー)″なんでね」
嗚咽を漏らしながら笑うジキムート。
この一撃ならばジキムートから馬を、物理だけで引き剝がせたかもしれない。
とにかくジキムートが、間に割って入る。
これも前衛の役割だ。
「だがノーティス。俺が前に出たって変わらねえぞ。分かってると思うが、お前のでっかいのが、この勝負の鍵だ。デカいのかましてくれよ。何事も、な。おい、剣を貸せ」
笑いながら、ノーティスの胸元を見やるジキムート。
彼女の呪文なしには恐らくは、あのモンスターは倒せないだろう。
「ふぅ。残念ながら私は、普通で良いんですよ。胸に関しても、ね」
自分の意にそわない、あまりに大きな自らの胸を見ながらノーティスが、眉根を寄せる。
そしてノーティスが後ろから、刃渡り60センチ程度の、取り回ししやすい小刀を渡す。
「なんでぇ、色気ねえな。俺のデカいのも見せてやるぜ? 見せ合いっことしゃれこもうじゃねえか」
そう言って、前を見るジキムート。
「結構ですっ!」
「どうせすぐ、見せることになる」
「夜襲ってきたら、殺しますよ」
「夜? ふん、すぐに見たくなるぜ、お前も」
そう言って、ノーティスに借りた剣を振りかざすジキムート。
「ふぅ……小せえな。やっぱデカい方が良いぜ。確実に刺さらねえよ――。普通なら、な」
モンスター馬に、睨みを効かせるジキムート。
敵は頭を低くし、今にも突っ込んできそうだ。
「走りこんで来たら、脳天ブッ刺す。何事も利用すりゃ良いんだよ。特にアホの勢いなんてえのは。なぁ、馬ヅラ?」
ジキムートが馬の頭頂部に、ショートソードをまっすぐ、標準をつけるように突き立てた。
前掛かりの姿勢で、動線を示唆する傭兵。
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