第57話 神を祀る神殿。世界の憧れの場所。
「上やら下に、監視がいるな」
「しかも騎士団です。練度と間隔が桁違い。ふむ」
見入るノーティス。
「まぁ、最重要だからな。でもなんかココ、それにもまして違和感ねえか?」
ジキムートが首をかしげる。
何か宗教的な寺院の割に、よくある物がないような……。
「多分ですがあなたの違和感。それは、樹ですね。樹木が生えていないんですよ。水の神であるダヌディナは、樹は苦手ですから」
「あぁ、なるほど、ね。だけどよ。神様ってのはお強いんだろ? 樹の一本や2本、毛嫌いする必要あんのかね? そんなんじゃ下の奴らに、示しがつかねえと思うんだがな?」
「……」
「どうした?」
「いえっ。まぁ、そうかもしれませんね。ですがダヌディナ様は、綺麗好きですから。不要な物は……。そう、不快な物は見たくないのでしょう。だから一本たりとも生やさせない。雑草の1本すらもきっちりと、むしり取られている……」
ジキムートの言葉に複雑そうな表情をし、ノーティスが下を見る。
「……」
ノーティスの目線の先には、結構な雑草が並んでいた。
「……。生えてんぞ」
ジキムートが美しい城壁にそって生える、緑の束を指す。
ボーボーと自由に生える、草花たち。
「へぇ……。良い感じに育ちましたね。ふふっ」
その草を見て、非常に嬉しそうに笑うノーティス。
「……?」
「まぁまぁ気にしてはなりませんね。ではアソコ。うじゃうじゃと騎士団が居るところを目指しましょうか。あれが入口のはず」
「もうココはあの、13連隊の奴らの縄張りって事か。下手な事はできねえな」
「さてさてぇ。さぁ……。それは、どうでしょうね?」
含んだ笑いを浮かべるノーティス。
楽しそうに銀色の髪が揺れた。すると……。
「貴様らっ! 何をしているっ」
ジキムート達めがけて、ガシャガシャと音を響かせ、2人の兵がやってきているっ!
その体勢は攻撃色。
槍をあからさまに、侵入者に向けていたっ!
「おっと。俺らはヴィン・マイコンの指令で、ここに来たんだ。へへっ。ごっくろうさん」
笑ってジキムートが待ったをかける。
血相変えて、重い鎧をつけて走って来た騎士団。
その徒労に、哀れみの笑いを持って、傭兵は答えてやったのだ。
だが……。
「ああん? 嘘をつくなっ、そんな情報は来てないぞっ!」
「……」
「……」
眉根を寄せる2人。
お互いに顔を見合う。
「そんなはずは……ねぇ? 本当にそう。ねぇ?」
美しいノーティスの顔が、なんとも少女らしい、不安そうな顔で聞いて来る。
少しそれに、騎士団員が同情した顔になっていた。
「俺らはヴィエッタの命令で、ココに来たんだ。そう言ってたぜ、傭兵長殿は」
「だがしかしっ! 我々はそんな話、聞いてなどいないっ。貴様ら、少し同行してもらおうじゃないか」
ガシッ!
捕まれる肩。
この状況を、どう解釈すれば良いのかと。
そう2人が困っていると……。
「どうしたっ、お前たち……」
「たっ、隊長っ!」
声が響くと瞬間。
がっしりと、ジキムート達の肩を持ったまま離さずに、騎士団員たちが敬礼する。
「隊長ってのは確か……」
「ギリンガムですね。この聖地に入った時に、一番初めにも会った軍人」
ノーティスが答えていると、大量の部下を引き連れ、隊長がやってきた。
怪しい人間は久しぶりなのだろうか?
意気揚々と、仕事を処理しに来る騎士団員達っ!
「こいつらがヴィン・マイコンの名前を語り、侵入しようとしているので……っ!」
「ヴィン・マイコン~? 貴様ら、名前は」
「俺はジキムート」
「ノーティスです」
「ノーティス……か。ふむ」
ノーティスの名前を聞くと、ギリンガムが一考し、部下に話しかけた。
するとすぐに、話しかけられた騎士団員が走り出すっ!
「確認に行かせた。しばし待て」
そして15分後。
「いや、知らないと言ってます」
「……」
「……」
非常に悩む2人……。いや、3人。
ギリンガムが、眉と眉の間を触る。
すると――。
「おい。ヴィン・マイコンの素振りを完全に、真似してみろ」
ギリンガムがその伝令に言う。
「えっ!? か……完全にですか? そっ、それは。良いのでしょうか? いや、はい……。そのご命令とあれば……」
何か、汗を浮かべ始める騎士団員。
「構わん。やってみせよ」
……。
「……あぁ、なんつぅの? 俺は知んないって言っといて。あぁ? 良いんじゃね。アイツ、俺のパン落としたし。ここで一発やり返しておかなきゃ、気がすまねっつうか。きちんと任務が終わるまで帰れねえし、帰さねえ。困るのアイツらじゃん? ギリンガムのおっさんも悩めばいいんだよ。シワが増えたほうが、レキも良いだろ? 面白いっつう意味でさぁ」
「……」
「……」
「通って……はぁ……。よいぞ」
「なんつうか、シワが増えるとダンディになれるじゃん? あぁでもあのおっさんじゃ……」
「もうよいわっ!」
ビクッ!
「はっ、ハイッ! 申し訳ありませんっ!」
3人が頭を痛めながら、その場を解散していく。
「当然、見張りはつけるからな」
ギリンガムが歩く2人に、言い放った。
「はいはい」
脱力しながら、2人が応えてやる。
そして神殿の中――。
「……へぇ、やっぱりすげえな、神の神殿ってのは」
見回すジキムート。
そこはダイナミックに天井が、大空に向けて解き放たれているっ!
神殿を隙間なく囲むのは、支柱の群れ。
柱の数点には細かく、美しい装飾がなされていた。
おそらくは神話だろうか?
ステンドグラスがその、柱を削った額縁一つ一つに、丁寧にはめ込まれているのだ。
「ええ。荘厳としか。ではでは~、ここまでくれば良いでしょう。ふぅ」
しゅぽっ!
ノーティスが苦しそうに鎧を脱いで、神殿の角に置いてくる。
「……なんだ、鎧脱ぐのかよ」
「ココからは湿気で、すんごいらしいですからね」
そう言って汗ばんだ体を、手で仰ぐノーティス。
何気に、艶めかしく肌が光って、奇麗な白肌がより一層艶っぽく見える。
「良い女だなぁ……。お前、傭兵やってないで是非、ウチ来いよ。俺が隊長にでも、口きいてやるぜ」
その姿に反応したのは、見張り役の騎士団員。
ノーティスの白い絹のような肌。
それに思わず声が出てしまうのは、しょうがないとさえ言えた。
「わたしは男です。結構なんですっ」
「へへっ、そんな顔でそりゃあねえぜ。なぁ」
ジキムートに笑いかける騎士団員。
ジキムートもほぼほぼ、同意だ。
「しかし、湿気ね。あぁ確かに、この町は外と比べて、異様に熱いと思ってたが。湿度が高いのかよ~。ヤレヤレだ」
そう言うとすぐに、ジキムートもヘルムを脱いだ。
上からの直射日光が当たり、その上湿気。
鎧を着る人間にとっては、最悪の状態だ。
(帰ったらとりあえず、隅から隅まで鎧を洗わないと、な。〝腐り落ち″はしたくねえ。)
この鎧という奴は、非常に面倒な代物である。
夏は直射日光に弱く、蒸し風呂状態に。
冬は凍ってつかめない。
そして湿気て、カビができたのを放置すれば人間の体を本気で、嘘偽りなく腐らせる。
足の指がそのせいで、腐り落ちる事があったのだ。
「この現象は全て、水の神のせいですね。是非、マナサーチして見なさい?」
ノーティスに言われ、ジキムートは自分の魔力バイパス線を、青に変更する。
「……へぇ」
今のは適当の言葉である。
異世界人の彼自身は、マナサーチの感覚が他人とは違う。
実感できる異常は無い。
「ええ。ここは風や大地、灯した炎からですら、水のマナしか検出できません。それがこの、水の聖地の聖地たるゆえん。〝エターナル・ブルー″です」
そう言ってクルリっと、身軽に回転するノーティス。
その瞳には、青いマナ『だけ』が映っていた。
ココには青以外のマナは、存在できない。
それが聖域を超えた、〝神域″の力。
神聖不可侵なる、大いなる神の座元。
「なるほどなぁ」
ノーティスの言葉にジキムートが、今度は魔力線を赤に入れ替える。
だが、反応しない。
(どうやら本当にここは、水の楽園らしいな。良いね良いね。目的に近づいてきてる。ならば、するべき事は一つさっ!)
目を凝らし、しげしげと、必死に探すジキムートっ!
そして……。
しゅたっ!
「あったっ! あったぜーーっ!」
嬉しそうに叫ぶ傭兵っ!
それを見つけた彼は、大はしゃぎだっ!
「……なんだアレ?」
「さぁ……? 多分、記念に持って帰りたいんでしようね、マナの結晶を」
監視の騎士とノーティスが、ジキムートを遠巻きに見やる。
その目は、可哀そうな子を見る目だった。
「あんなゴミ、どうするってんだ。かさばるだけだろうに」
「やめてあげて下さい。なんか、ほら。ね?」
ジキムートは今必死に、この世界ではゴミ同然の物を拾っているのだ。
実際、ここの清掃時には、ゴミとして捨てられているマナ結晶。
自販機の下を、必死にまさぐる子を見ているような。
なんか切ない気持ちが、ノーティス達を襲っていた。
(んんーーっ。最高だぜぇ~。こんなに高価なモンがいっぱいあるぅ……)
そんな周囲の眼も気にせず、異世界人のジキムートは今、超ハッピーだった。
とりあえず、持ち帰り無料なマナ結晶を、持ちきれない程持って帰る目標。
これだけは絶対、忘れてはならなかったのだから。
「ほら、行きますよ~。ジキムートさん。むしろこれからが本番です。この場所で最も素晴らしいのはこれだけ……。あれ?」
ノーティスがその目標物。
ひときわ大きな噴水に近づいて、奇異な目をする。
「〝ブルーブラッド(蒼白の生き血)″はもう、流れてないぞ。しっかりと俺ら軍が、管理しているさ」
「軍と……。主に、ヴィエッタ様。ですね?」
意地悪そうに、ノーティスが笑う。
「……ふんっ」
ノーティスのその言葉に、騎士団員が不機嫌そうにそっぽを向いた。
「へぇ、なるほどな。軍の独占的管轄ってわけでもないのか」
欲望の桃源郷から帰還し、ジキムートが笑う。
軍人がたむろしているが、決して彼らの専有部ではないらしい。
むしろノーティス感覚からは、ヴィエッタの方がかなり、優勢であるように聞こえた。
「まあ、そういう事ですよ。ですが、無いなら仕方がない。あなたが気に入りそうな物は、あと一つです。楽しんで下さい? アレが神聖なる祭壇です」
終点を指さすノーティス。
この神殿の終着点には、椅子が見えていた。
王が座るのだろうか?
そして神の座を彩るのは、荘厳明媚な祭壇……っ!
「おぉっ……。んっ!?」
「……くくっ」
「ふふっ……。そういうリアクションになると思いましたよ」
「なんだこのっ――。しょぼいの」
首をかしげるジキムート。
それもそのはず。
神殿の最奥。
そこにはなんにも装飾されず、ただただ小児用のプールの様な小さい器から、水が脈々と流れているだけだった。
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