第58話 神の力。人間の限界。

(便器かなんかにしか見えねえ。)


ポツン……、と置いてあるソレ。


それはジキムートには、家に良くあるオマルにしか見えなかった。


(神威(カムイ)だの〝リービア(尊神)″だのと言ってて、さぞやすげえのかと思ったのに。なんぞこの、ゴミみてえなモンは。)


ジキムートが汗をかく。


今までの旅、この世界を埋め尽くす、狂喜のような神への賛美歌の果て。


人類総出がうらやむその場所には、小児用プールがあるのだから。



「偉大なる神のマナを、人間では抑える事ができないんだぜ。すんげえだろ? 神様ってのはさぁ。ほら、そこの看板に書いてある。っつっても、ほとんどの奴らが読めないがな」


騎士団員が嬉しそうに指す場所。


そこには、看板がかかっていた。


なんやらそこに、小さな字で色々書いてある。


だが、識字率が5パーセントの世界である事。


その上に読めたとして、小難しくて読む気にならない小話が展開されている。



「なるほど……なぁ」


正直、異世界の傭兵のテンションが、駄々下がりである。


この上でもし、偉大なるマナと神様の寓話。なぞという、眠気を誘う物。


それを聞かされればきっと、信心がない人間なら率直に、もう聖地には一生来たくないと思ってしまうかもしれない。



「ふふっ。そうですね。神の力は偉大過ぎましたね。私達を寄せ付けない位に。ここはね、装飾品が一切飾れないんです。全て。そう全部が、一年以内に朽ち落ちてしまう、崩壊の地。何を備えても無意味なんですよ」


「無意味、か。それを人間が知っててやんのは良いが、神様はなんて言ってんだよ? なんかこう……。して欲しい事とか、正しいやり方とかを言わないのか? さすがにみすぼらしいだろうぜ」


「……」


首を振るノーティス。


「そうか、よ」


ジキムートが頭をかく。


(コイツらにとっては、いたたまれないだろうよ。世界で最も愛する女に、オマルを捧げなきゃなんねえなんて。試行錯誤したんだろうが……。ダメだったんだろうな。)


きっと何人もの人間が、愛する神の為をたくさん思って、夜を過ごしたのだろう。


その結果ですら、小児用プールで精一杯だったのだ。


人類の無力さが身に染みる映像でもあった。



すると……。


「それで俺らの仕事場は、ココなっ」


騎士団員が、美しい神殿には似つかわしくない、荒々しく掘り返された穴を指す。


「……」


「全く。罰当たりだがしょうがねえ。この先の、神への直通さえ通れば俺らは、ゆるぎない神の愛を直接得られるってんだからな。もうあの、クソッタレのゴミクズとも、おさらばできるってもんよっ!」


「えぇ、そうですね。ではでは、参りましょう……か」


「了解」


歩き出したその時、不意に、ジキムートに神の息吹がっ!


「っ!? っつか、やべぇっ。なんだここっ!?」


ジキムートが悲鳴を上げたっ!



「えぇ。まぁ……ね」


「あぁ、あっつい」


その洞窟に近づくにつれ、まるでサウナのような、分厚い蒸気の威圧感を感じる一行っ!


一切湯気は出ないのに関わらず、ミストを直接全身に浴びている感じがするっ!


汗と水の混合物が、全体から滴りナダレ落ちていくっ!


「かなり離してあるハズの、取り囲んでいるあの荘厳なヤシロでさえ、5年も持たずに腐ってしまう。それが分かるでしょう?」


汗だくになりながら、ノーティスが銀の髪の毛を払う。


「うへぇ……。マジかよぉ」


体を掻きむしりながら、急いで洞窟に入ろうとする騎士団員とノーティス。



するとジキムートが、ポツリと言った。


「さすがにここまでくると、相性悪いんじゃねえのか。俺らと神様」


ビクッ!


「あいしょ――」


……。


余りにびっくりしたのだろう。


ジキムートの言葉に跳ねるノーティス。


そして……。



「あっ、あぁ……相性? ふふっ。あいしょ……。アハハっ! アーハハハハハっ!」


ノーティスが大笑いし始めたっ!


「なんだなんだぁ? どうしたよ。馬鹿笑いしやがって」


「くくくっ! イヒヒヒっ。そっ、そうかもしれませんねっ! クククッ」


尋常じゃない程に笑うノーティス。


騎士とジキムートがその姿を見て、肩をすくめて訝しがる。


「いえいえ。フフフっ。知り合いが、同じような事を言ってましたから……。ウククっ。普通じゃない知り合いだったのでつい、ね」


「そうかよ。俺も変わりもんだってよく、言われるさ」


「そうです、ね。知り合いは変わってました。ですが――」


「ですが?」


「いえ、良いんです。忘れてください」


「そうかよ……」


ジキムートは肩をすくめる。


願われない、自分に損得がないような他人の話に、深入りはしない。


彼の生き様の一つだ。


すると、ノーティスがぼそりと、独り言ちた。


「あの人は変態でした。あの人が変わっているのではなく、世界が変えられているのだと、そう教えられるくらいにね」


ノーティスは懐かしさに、笑った。


そして、神の玉座を見やる。


「さぁ、行きましょう」


「……あぁ」


彼ら3人は、その〝洞穴″の中へ。




点々と、蒼い炎が照らす荒い道を、ひたすら下っていく一行。


だが、違和感がある。


「へぇ。ここはそんな、汗はかかねえのな」


ジキムートが周りを見やる。


「まぁな。そのおかげで何とか、作業もはかどっているがよ」


トンネルの中は、深く深く掘られているのだろう。


採掘された跡や、運ばれた土。


ためられた土嚢がたくさんあった。


そこいらに、採掘用の作業具も散見される。


「これを水の民共が見たら、卒倒するでしょうね」


「ひひっ、ざまあ見ろってんだ」


騎士団員とノーティスが笑う。


「とりあえず、俺らはどこに向かってるんだ? やっぱり……」


ジキムートが、先ほどから気になっている事を聞く。


この先におそらく、自分が最も望む物がある。


そう察知していた。


「当然……」




「――ほぉ、久しぶりの客人だと思っておったが、まさかのよもや。あのような奇怪なコンビの訪問を受けるとはな~」


その幼く、愛らしい女の子は笑う。


そこは湖のような場所。


混じり気のない、美しい水をたたえたその湖の深度は、夢幻。


尽きる事ない、水のタユタイの中――。


何か大きな影が動くっ!


ザッパァっ!


バグっ!


クジラ……っ!?


サメっ!?


超巨大生命体が少女を飲んだっ!


「罰当たりなメンツがようも、揃ったもんよ。しかしあの2人、お互いの『真実の姿』の事を、知っておるのかの? もし知っておるとすれば、狂っている。明らかに異常で汚らわしいとさえ言えようぞ。世界を超えた脅威に他ならぬっ!」


怒りをあらわにする幼子。


そしてジキムートとノーティスを見やると、彼女は呪文を唱えた。


その夢幻の深度の中へと、連れ込まれながら。


「だが歓迎をしよう。わしは好きじゃよ? 特に……」


ペロリ……。


「へへ」


「……」


ジキムートが舌なめずりする。


そう、この先。


この洞穴の終点は、神の御前に続いていたのだ。




(やっと来たぜ。俺の世界の手掛かり、それを知る奴のもとにっ!)


「さて……と、よし。ここまでだ。お前ら、止まれ」


騎士団員がやおら止まり、2人の前に立ちはだかった。


「……」


「そう言わず、ね?」


笑ってノーティスが袋を取り出した。


恐らく、相当量の銀貨が入った物を騎士団員に見せ、ノーティスが笑う。


だが……。


「ふふっ、私は名誉ある第13連隊の隊員だ。そう言ったものは受け取らない。悪いな傭兵っ!」


そう言って即時、剣を抜き放った騎士団員っ!


彼は気づいていた、この2人の様子がおかしい事に。


「……」


「……」


残った2人はお互いの顔を見る。



それは、一斉にかかるか?


という事であると共に――。


(ノーティスが俺の敵じゃないっていう、保証がねえ。)


(下手をすれば2対1……か。)


誰が、どう転ぶか分からないのだ。


緊張感に包まれる。


――その時っ!


「おぃっ!」


「後ろっ!」


2人が一斉に叫ぶっ!



「ふふっ、手を結んだか。だが俺は……」


ズシァァシアアア!


「ウギッ?」


ボトッ……。


「……」


突如、情勢が変わってしまった。


2人対1人が、2人対1匹になったのだ。

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