第54話 それぞれの立場。聖地の価値。

「……軍も一枚岩ではないのだよ。おそらくな」


あっさりと、軍人が決して言わない言葉を口にするギリンガム。


その顔には、焦りが見えた。


「って言い続けてどんだけ経つのよ、おっさん」


「それは……な。残念ながら、私では止められないだろうし。むしろ……そう。軍部最高議会ですら、把握できない問題だ」


たどたどしい答え。


彼、ヴィン・マイコンには、何をしでかすか分からない怖さがある。


例え一時の仲間となろうと、だ。


だからギリンガムは決して、鎧を脱がない。


例え室内であろうと、ヴィン・マイコンの近くにいる時は必ず、ヘルムと装備を着用している。



「へぇ、それで」


「この件に関しては、もう諦めてもらうしかない。割り切って付き合おうじゃないか」


静まり返る室内。


軍人長官ははっきりと今、軍部――。


即ち私はあなた達を、信用していません。と、言ったわけである。


何せ密偵を寄こし放題にしろ、それを私に問うな。と言ったのだから。


「なかなか面白え事、言うじゃねえか。お前の本心か? ん?」


「あぁ……そうだ。ふふっ。お望みどおりに……、腹を割ってやったのだ」


汗が滴る。


この非常識極まりない言葉を、ギリンガムが発する理由。


それは上からの命令であり、上からの指示ではない。


端的に言えば、お前が何とかしろ、と一言。そう言われただけに過ぎないのだ。


どうすれば良いのかを指示しない、丸投げの命令。


それが下った以上軍人は、何とかするしかない。


だからこうやって軍人長官殿は今、責任感と道徳心をかなぐり捨てる。という方法で、なんとかしようとしている訳となる。


すると……。


「それはそうだね。ふふっ。僕たちも今、そこのローラと喧嘩中なんだ。一枚岩じゃないね。なぁヴィン。軍が補給線を握っている限り、僕らは強くは出れないよ」


レキが声をあげ、赤の双眸をヴィン・マイコンに向けてやる。



「ん、まぁそりゃそうか」


「ふん、気に食わんが。だが、共同でなんとか発展的な答えを出すしかないな。ヴィエッタ様もそれを望まれるだろう」


「そうだな。補給線を整えたのは我ら軍部だ。君たちには必要なはず」


ギリンガムが薄ら笑いを浮かべ、安堵する。


「まぁ、そうなっかっ。あ~あぁ、なんとか独自で補給線、手に入らないもんかねぇ? なぁローラ。少しヴィエッタお嬢様に頼んでさ~、ちょっくら金を出してもらえないのか?」


「馬鹿を言うな、傭兵っ。知っているだろう、戦線を維持できるかは全て、補給線にかかっているんだよっ! この大量の傭兵共を生かし続けるにはそれ相応の、莫大な金がかかり続けるんだぞっ。一貴族が負担するには大き過ぎるんだっ!」


補給線は、非常に大事である。


普通行軍などには、相当数の商人たちが『勝手に』ついてきてくれる。


だが、機密保持の観点から、それが今回はできない。


ゆえに全ての、大量の物資は外から運ばなければならなかった。


それを運ぶのも守るのも、軍がやっている訳だ。


だが、問題はそれだけではない。


ローラは頭を抱えて、椅子にもたれかかる。



「しかも無能な傭兵が多いと来た。貴様らが初めここに来た時、聖地内の物品を横流しなどしなければ。はぁ……。こんな事にならなかったんだが? そのせいで王家からシャルドネ家が、追及を受けるハメになったっ!」


傭兵長を睨むローラ。


所詮辺境の、一貴族でしかないシャルドネ家。


それが神の聖域に単独で、勝手に足を踏み入れたのだ。


王家にとってはこの上なく鬱陶しく、そして、何より恐ろしい事態に他ならない。


王家は事あるごとに追及の手を緩めず、シャルドネ家へと敵意を剥き出しにしてきていた。


「それは俺のせいじゃねえし。大体さぁ、俺ら傭兵を必要とする理由を作ったのは、お前のご主人様だろぉ? 何が気に入らねえか知らねえが、水の民のカンシャクを起こす理由を作ったのはぜ~んぶ、あの女だ」


ギシシッと椅子を鳴かせ、ヴィン・マイコンが後頭部を両手で支えて、ふんぞり返る。


「不貞腐れない」


それをレキがたしなめ、続ける。


「働きブチに文句は言ってはいけないさ。僕ら傭兵にとって、その戦場が存在する理由。そんなの、些末な事だよ」


「へいへい。まぁこうなった以上は確かに、アンタら軍とは、仲良くやんないとな。なんせ俺らも、こんな所で取り残されたくないんでね」


補給が滞った場合。


溜まりに溜まった『うっぷん』が、どのような形で顕在化するか分からない。


しかも補給線は撤退線と、イコールだ。


補給線が切られた時点で、逃げる事すら危うくなる。


そうなればヴィン・マイコンの名前は、一気に〝アイコン化″。


逆賊の名前として世界に広く、知れ渡ってしまう可能性もあった。


だが……。



「そうか? 私はここで死ねるのならば、本望と言えるがな。当然国の為に戦って、だが。その結果〝神の逆賊″ならば、致し方ないだろう」


「かぁ……。おっさんお前、もちょっと色っぽい事言えねえのかよぉ。まだまだ俺は生きて、面白れぇ事してぇんだ~っ、て。なぁレキ?」


ギリンガムの言葉にグシャっと自分の黒髪を潰し、頭をさするヴィン・マイコン。


「ふふっ、そうだね。僕も生きのこった上で、勇者になってるんであって……。神の逆賊は嫌だなぁ。神を悩ます不届き者、っていう称号のまま死ぬなんてとんでもない。これじゃもし、生き残ったって――」


そう言いかけて、レキが眼鏡を上げ……。


「ん……? でも、生き残れるんならそれでもっ。その方が面白いかもねっ! ふふっ。勇者ならぬ、魔王レキ。良いじゃない?」


神への反逆者。


その言葉にまんざらでもない顔で、レキの赤い瞳に熱気が灯った。


それを横目に、ローラが頭を抱える。


「何を青臭い事を。だが、実際ヴィエッタ様も一貴族。神以前の問題に、王家に反旗を翻したと言われれば、元も子もない。その為の軍部でもあるんだ。お前たち軍人とは、穏便に済ませたいと思っている。例え……、少々の犠牲を出しても、な」


ただの一貴族が、世界に4柱しかない神を独占すれば、王への反逆だと言われるのは道理だ。


そうなると、例え軍事力に訴えてでも、ヴィエッタをつぶしに来るだろう。


だが、軍がヴィエッタにつく限りは、手出しは難しくなる。


例え王家といえど、理性を持った行動をしなければ、自分の王権すら危うくなるのは必定。


「そうか……。助かる」


剣をしまうヴィン・マイコンを見ながら、仮面の下の汗を拭うギリンガム。



すると……。


「じゃあこいつ、排除しても構わんな」


ピッと指で。その名前の札をはじくヴィン・マイコン。


「あぁ……」


目の前に来た青年の名前を見ながら、ギリンガムがうなずく。


穏便に、軍人一人を闇に葬ること。


そこで決着した4人。


「では、今日の会議はこれまでとする。各自共に〝敵″には気をつけろ」


「へいへい」


「……」


会議終了後、各々が早々に立ち去ろうとした。


すると……。


「残念だよ。まだ若いのに。お悔やみを申し上げる」


レキがギリンガムに声をかけた。


「……」


だが、無言のギリンガム。


そしてレキはゆっくりと、ヴィン・マイコンの方へと歩いていった。


「……ああ。ありがとう」


レキが去った後にポツリ……と、発したギリンガム。


彼はたたずみずっと、その名札を見ていた。



「危ねえ危ねぇ」


ヴィン・マイコンがふぅ……と、深いため息をつく。


「お前、あのローラの必殺は一番苦手なんだから、気を付けなよ」


笑いながらレキが言う。


すっかり、陽も暮れていた。


夜風が吹き抜け、彼女の薄い紅の髪をはためかせている。


「あぁ……。俺の〝能力″じゃあ、追いかけれないんだよな、あれ」


「それにしても、すごい量の侵入者だね。さすがは高貴な我らの真の支配者。崇高なるマナの仕手」


「……。何が神だよ鬱陶しい」


この世界では非常に珍しい、悪態をつくヴィン・マイコン。


「ふふっ、その顔は僕の前だけにしとけよ、ヴィン」


「分かってるよ。さすがにお前以外の前じゃあ、なぁ。俺も命が惜しい。だがこればっかはお前らと違って、生まれてから長く染みついちまってる。ここに来ても今更、変えられないんだよ」


「まぁ……ね」


そう言ってポンポンっと、ヴィン・マイコンの横顔を撫でるレキ。


「むしろこれこそ、俺らの本当の目的じゃねえか? な、レキ。神なんぞ、糞くらえだぜ」


ヴィン・マイコンは苦々しそうにその、町の中心となる、大きな建物を睨んだ。

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