第53話 聖地の魑魅魍魎
「あんまり挑発するのは僕は、お勧めしないな」
「ふんっ。どっちも胡散臭え〝色″をしてっからよ」
「……。見えたかい?」
「ああ。あの2人、どうなってんだか」
首をかしげるヴィン・マイコン。
深く……、この脳足りんそうな男が深く、考え込む。
「お前がそこまで言うなんて、珍しいねヴィン。一体どんな〝色″だったのさ?」
レキは興味深そうに、小麦色に色づいた顔を寄せ、ヴィン・マイコンを覗き込む。
「あのジキムートとかいう奴。あいつはなんだか言葉にしがたい、得体のしれない色してやがる。全く見たことねえし、異様としか言えねぇっ」
異世界人です。
「へぇ……。それは確かに気になるな。とても、ね」
「今すぐにでもあの道具袋、開かせてえ。アイツ自身も訳分かんねえし……。いや、だがそんな事してあの光が……。あんなんありかよ――」
深く考え込むヴィン・マイコン。
彼の眼に映った光は、鮮烈な姿だった。
「……。じゃあジキムートが、お前の一番の獲物かい?」
ただならぬ相棒の顔色に、レキが落ち着かせようと声をかける。
「いやっ。まぁ、なかなかだとは思う。さっきも勇気あるじゃねぇか。拳を恐れず、前に踏み出してみるとは、よ。へへーへっ」
馬鹿にするように笑うヴィン・マイコン。
「そうだね。普通では反応も難しい上に、とっさに人は逃げようとするし。完全に、拳闘猛者の動きだった。ただ、それだけでは……ね。お前には勝てない。お前の絶対的な防波堤は壊れないよ、それだけじゃ、さ」
赤の髪を揺らして、レキが笑う。
「そうだな。はっきり言って、無理だ。アイツは範疇外っ」
自信ありげに、幻想のジキムートに挑発するように、コブシを振ってやるヴィン・マイコン。
「ふふっ」
負けん気の強さで、元気を取り戻した相棒。
その様子にレキが笑う。
すると……。
「だが、左だけは気を付けないとな」
「左? あの、マントをしているほう?」
クイッと眼鏡を上げるレキ。
「あぁ。もしアイツと戦う事になったらレキ、左腕に格闘だけは入れるな。アイツの腕は恐らく、ヤイバでできてる。そういう『色』が見えた」
「ヤイバって、切っ先って事かい? 何か特殊な剣でも、隠しているのかな? 興味あるよ」
笑ってレキが左手を添えて、右手首をくねらせた。
彼女は女であっても、格闘戦のエキスパートだ。
そういった意味で、興味が湧くのだろう。
小麦の肌に熱気が灯る。
「剣、ねぇ。あの男がそんな、礼儀の利いた男だとは思わんがな。それに何より、気に食わねえ目しやがって。いつかあの目、ぶっ潰してやんよっ」
「ふ~ん。やっぱりジキムートの事、気にしてるじゃないか。通じ合う部分でもあったかい?」
茶化して笑うレキ。
ヴィン・マイコンが、それを鬱陶しそうに目を逸らす。
「そんな事ねえっつってんだろがっ! 眼中にねぇってぇのっ」
「まぁそう言う事にしとこうか。で、もう一方の光は?」
「問題はそっちさ。あの女、ノーティスだ」
「彼女、いや。彼かい?」
「ああ。アイツの色。珍しいけど……よ。だが、どっかで見た気がすんだよなぁ。どっこだったかねぇ~?」
顔を押さえ、必死に脳をフル回転させるヴィン・マイコン。
「そのどっかは、『ヤバいどっか』なのかい?」
「確か……。薄気味悪いって思ってた。そんな感触が残ってるな、この腕に。あの会議室に入った時もすぐに、アイツの色に気がついた」
傭兵長の、震える指。
何か、体が恐怖を神経に直接伝え、警告しているように見える。
その指をそっと優しく、レキが握る。
「……。そうか。だが、彼はビッチ嬢お気に入りの人材。それは確かさ。ほら」
何か、履歴書のような物を取り出し、ヴィン・マイコンに見せるレキ。
「ノーティス。確かに。だがアイツ何か……。そう、なんか信用できねえな。あの爺さんの事も知らなかったし。なんで嘘をついた?」
「さぁ、ね。もしかして、本当は全く違う流派なのかも。それを隠していたとか」
「……」
納得いかないといった目つきの、ヴィン・マイコン。
「諦めなよ。ヴィエッタ嬢のお気に入りには、なかなかどうして。僕らも立ち入る訳にもいかない。むしろ彼こそが、あのお嬢様の本心に近いんじゃないのかい? 僕たちとは違うみたいだから」
「……ちっ、なんか気に食わねえな」
不貞腐れるヴィン・マイコン。
「あまり考えるな、ヴィン。ヤバいと思ったなら、お前のその眼。神に祝福されない眼が教えてくれるさ。僕は、お前の能力を信じてる」
「ふん。そうだな」
そして2人は、ドアの前に立つ。
「あぁ、俺。あの女、苦手なんだが」
「ふふっ。まぁ……その。彼女は愛のしもべだからね」
レキはクイっと、眼鏡を上げた。
そしてヴィン・マイコンのお尻をポンポンっと、子供に勇気を出させるような感じで叩くレキ。
「ふんっ、まぁあの嬢ちゃんとヤっちまった俺とは、仲良くできないってこったな」
「そうだね~、全く。仕事に差し支えるから、だからやめとけって言ったんだ、僕は」
呆れたように笑って、2人はその部屋に入っていく。
きぃっ。
「遅いぞっ!」
開けるや否や、怒鳴り声が響くっ!
「へいへい。ローラ様」
ローラの声にヴィン・マイコンが、全く反省をしてない様子で笑い、空いている席にどっかりと座る。
「それで。リストは?」
黒装束に身を包む女が、目を吊り上げながら聞く。
どうやらツナギ姿は、ココではしないらしい。
ローラに問われたレキがバサッと、紙の束。
その数ざっと十数枚。
持っていた皮のカバンから机に、広がるように落とした。
すると……。
「こいつ……。この男は恐らく、軍部からの差し金って奴かね。それでこっちは、傭兵とかソッチ系のギルド同盟からの刺客。そんでもって、ええ~っと。これはもう殺しちまったが、この4人は南方系貴族で、大方ロベルト・ヘングマン辺りだろ。こっちも貴族。っつってもガキだろうが。恐らくは北方の出だな」
テキパキと次々に、広げられた紙に描かれた人間の、その素性を明かしていく傭兵長。
「こっからは宗教系。〝ソイルディフィナー(緑の聖典守護)″に〝ブレイジングディーダー(赤の聖典守護)″、〝ブリーズディテクター(紫の聖典守護)″に、〝アジュアメーカー(蒼の聖典守護)″。4色ビンゴっ! へへ」
笑って指さすヴィン・マイコン。
「……」
だが、笑い事ではない。
それは全てが傭兵でそして、送り込まれて来た密偵や諜報員。という事になる。
彼の言葉が真実ならば、だが。
「大体事前に調べれたものは、確認になったな。他の……。貴様の〝能力″とやらで確認したのは、間違いないんだな?」
「知るかよ」
あっさりと言い放つヴィン・マイコン。
その言葉にローラが食ってかかるっ!
「それじゃ困るんだっ! ここは非常に大事な場所っ。 お嬢様の全てをかけた聖地なのだぞっ! ココからの情報は一切、王族であろうが貴族であろうがっ。どんな輩にも開かせないっ! 全ての諜報員を狩り出すんだよっ」
ドンっと机をたたくローラっ!
ここは密閉された、聖地だ。
公開されていない物や情報など、腐るほどある。
誰もがそれに聞き耳を立て、そして、手を伸ばしたがっていた。
「まぁそんなに怒らないで欲しい、ローラ。この数来られると、さすがにヴィンだって、ね。王族や貴族も当然だけど、商業ギルドに冒険者ギルドも。ヤレヤレさ」
レキが眼鏡をクイっと上げ、先ほどの紙束を見やる。
数多の組織がここに、神の寵愛を欲さんと目指している。
金になる。
権力の元になる。
力になる。
そして、輝ける。
それが神。
だが、それ以上に大切な事を、レキが続けた。
「でも忘れちゃいけないのは、一般人さ。諜報員じゃなくても、誰も信用できないよ結局。だって、全員がココを目指してる。彼らは純粋に愛を求めてるのさ。人類のお母さんのような存在。それを独り占めさせないって思うのは、全員なんだと思うんだ。さすがだよ、神様は」
ココは……、そう、蟲を寄せる蜜場。
神に手を伸ばそうと敵、味方、そして家族さえ。
全てをだしぬき神へと迫ろうとする、獅子身中の虫がわんさかと集まる場所。
神の愛という蜜は、全人類の欲望を掻き立てるのに十分な、至上のフェロモンだった。
「愛、な」
ローラが苦々しそうに、イスへともたれかかった。
彼女の姿は今、ぴっちりとしたアサシンスーツだ。
屋外でならまだしも、屋内で見ていると非常に場違いな物がある。
とくに体に重圧がかかると、胸や何やらまでが締め付けられ、非常にエロティシズムを漂わせていた。
すると……。
「お母さん、か。ふふっ。そうだよな。まぁ普通に言って、頭がイカレてる。世界の人間すべてが敬う、4柱の神の1柱。その住まいに土足で上がって盗掘しよう。なんてよ。そんなの聞かれたらまず、俺らはは生きてはいけないんだぜ? 分かってんのかよ、あの嬢ちゃん」
「……貴様、言葉を慎めよっ! お嬢様は腕は買ったが、その減らず口を買ったとはおっしゃっていないのだっ。私が今すぐここでその口、縫い付けてやっても良いぞっ!?」
激昂し、ナイフを出すローラっ!
その殺気は本物っ!
「おぉ……怖い怖い。お前のあの瞬間移動は俺も、苦手なんでね。やだぁ怖い、やめてくれよ~。お詫びにあのビッチ嬢の感じる、お前が知らないポイントを教えてやっからさぁ。こんなにすごいの初めてだ~って、叫んでたぜ?」
ニヤリっと笑うヴィン・マイコン。
ビキビキビキっ!
「……」
音がした。
ローラのコメカミからの音だ。
「全くお前は」
ふふっとレキも横を向いて、眼鏡を直しながら口角を上げた。
「このクソ傭兵……。言っても分からんなら……っ」
バタンっ。
「すまない……。遅れた」
突然入って来たそれは、フルプレートの騎士。
ギリンガムだ。
騎士団13連隊の隊長が、いきなり入ってきていた。
「……ちっ」
それを見て、先に溜飲を下したのはローラだ。
「くれぐれも、仕事はさぼるなよっ〝イェーガー(猟兵)″っ!」
叫ぶとローラは、ナイフをしまう。
「あぁ当然、な」
「それで……、どうなっている?」
ガシャガシャと鎧を揺らし、出席者を見回すギリンガム。
「どうもこうもない。あんたらにできない事を、俺らがやってやってるんだ。俺様に感謝しろ」
「……」
ヴィン・マイコンの態度の悪さに、眉根を上げるギリンガム。
だが、それに反論する様子はない。
そして、ギリンガムが部屋の明かりとなっている、獣脂でできたロウソクに近づき……。
「すまないが、炎は消させてもらう」
「あぁ……。またアレかい? 盗聴防止の為かな」
レキがヤレヤレと笑う。
この世界の盗聴魔法は大体、炎が使われるのが一般的だ。
風の魔法の分野に見えるかも知れないが、炎は空気を吸収する分、盗聴に向いていたのだ。
「そうだ、レキ副長。ふぅっ」
答えたギリンガムがロウソクの炎を消し、そしてすぐに、蒼い炎へと変えた。
「だけれども、ここは水の聖地だよ? 炎による盗聴は珍しいと思うんだけど。いかに情報が好きなヴィキ様とは言え、苦手なダヌディナ様のおひざ元まではさすがに……ねぇ。炎の揺らめきを、残せないんじゃないかな?」
炎が盗聴に向く理由のもう一つ。
それは炎の神ヴィキが、情報を取得する事に執念を燃やしていたからだ。
炎が揺らめく時は、火の神ヴィキが、聞き耳を立てている。
この世界では常識の世事である。
「そうだな。私も炎は全部やってみた。だがやはり、水の聖地は甘くはなかったぞ。水のマナはそういった物を、一切通さないからな。お嬢様も、水の聖地は情報の盗聴面では、問題ない。とおっしゃられている。気にし過ぎだギリンガム」
「だが、万が一と言う事もある」
「ヤレヤレ。またシワが増えるぞ」
「……」
ギリンガムは女二人に呆れられながらも、淡々と最後のロウソクを蒼に変え、やっと安心したように席に座る。
そしてすぐさま議論されていたであろう、机の上の履歴書の札。
そこに目を通し始めた。
「……」
トンっ……トンっ!
するといきなり、ギリンガムの目線の前。
これ見よがしに、指で机を叩いたヴィン・マイコン。
その音は、部屋中に響くほどだ。
「あのなぁ……。何度も言ってるけど、さぁ。なんで、軍部の人間が〝こっち″に来てるのかな?」
トンっ……トントンっ。
一人の人間の履歴書を、指し続ける傭兵長。
先ほどのリストには、軍人が居たのだ。
傭兵の中にわざわざ混ぎれ混んで。
そして突然――。
「……」
シャキ……。
本当にいきなり、剣を引き抜いた傭兵長っ!
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