第39話 詐欺師とペテン師。

「貴様、初めのジーガとの試合。相手の心理を利用して、誘導したな?」


「……」


「自分を狙うと分かれば当然、防御に走る。しかもわざわざ好戦的な〝フリ″をして、これ見よがしにナイフを持てば、な。ついでに距離も縮めた。ゆっくりとお前、スタート位置をずらしていたろ? 見ていたぞ」


「ご明察」


笑う傭兵。


その目は嘘がばれ、後悔や焦燥をしている目では決してない。


彼は決して、嘘を恥じてなどいないのだ。



「しかも何より驚きなのは、その為のあの芸当。ふふっ、なかなか恐れ入ったよ」


「……」


「まさかあの精度のナイフ投げを〝ブラフ″に使うとは、な。本当なら戦いで初めて見せるべき物だ」


男のケツ絵に、ジキムートの投げナイフが突き立てられた技。


あれは完全に、必殺技と言える物だった。


試合前にわざわざ見せてやるほど、戦いは『普通』甘くない。


だが傭兵はそうした。


なぜなら必殺技すらも、ブラフとして使う為。


「ジーガの奴が早くて固そうだったんでね。しょうがねえ。弱点様がびびって、ジーガの後ろに回られちまうと面倒だ。だったら安心させてやれば良い。弱え奴を引きずり出すにはやっぱ、安心だろ?」


「ふふっ。確かにな。そうやって不正を引き出した、か」


試合に入ってから、超精度のナイフ投げをしたとして。


ジーガに弾かれれば、面倒なことになるだろう。


だったらあえて、最初に見せておく。


そして、防御魔法を事前に用意させるという、不正を引き出したのだ。


人は安心すると強気になる。


そうすれば恐らくは、ジーガを攻勢に向けさせるだろうという予想。


彼は見事、予想を的中させていた。



「ナイフの必殺を捨ててまで作った、距離のアドバンテージ。そして鎧のフェイク。恰好は立派だ。素晴らしい装飾に色。重厚そうな黒。さぞや重そうに〝見える″。……が、実際はほぼ重量が無い。軽いんじゃない、ほぼ重量がない、だ。脚力だけは本当のようだが」


値踏みするようにローラが、傭兵を見やる。


例えば、30キロの米俵を持った男が、100メートルを11秒で走ったとする。


それを見た人々はきっと、100メートルの世界記録を超えれるのではないか? と騒ぐだろう。


なぜなら30キロの重み、即ち鎧を脱げばもっと早いだろうと、〝想像″するのだから。


だが、その米俵が空であるなら話は別。


距離も100メートルではなく、85メートルなら?


(コイツは相当に面倒な奴だ。必殺に固執しない。勝つ為だけに戦える、歴戦の傭兵。しかもこの傭兵は、防御力を捨ててでも人間心理を利用し、初見殺しを編み出す道を選んでる。傭兵の敵なんて、初めて会うヤツばかりだからな。)


ローラの顔がゆがむ。


アサシンは、目の前の傭兵をまじまじと見ながら会話を続け、心理を探ろうとしていた。


そして、ジキムートを指さし。


「それにもう1つ。いや、2つ、か。私は貴様の秘密も知っている。剣じゃない方だ」


ジキムートの剣を指すアサシン。


「……」


(表情を変えない、か。クソッ! ここまで勝ちにこだわる男が、攻撃力がバスタードソードだけだと? そんな事あるわけないっ!)


(嘘の臭いがすんぞ、アサシン。しかし、こんな奇襲やってるってぇのに無駄話とは、弱気じゃねえか。手品を明かしてみせても、意味なんてねえぜ。俺はマジシャンじゃねえ、ペテン師だ。ペテンは用意するもんじゃねえ。人間がいる限り、湧いて出るもんさっ!)


心理的な、攻防戦。


言葉を交わしながら、タイミングを見計らうアサシンと傭兵。



「尋問の時もそうだ。大事な薬を守る為にわざと金塊を、シャルドネに気づかせ、目を引かせた。なかなかの詐欺師じゃないか」


500万もの金塊は、釣りの餌であった。


これ以上自分を探らせない為のいわば、撒き餌。


「ご・明・察っ!」


傭兵は笑いそして、先手を打つっ!


すぐさまローラをしとめるべく、ジキムートは矢継ぎ早に斬撃を繰り出したっ!


攻撃は鋭く、ローラはあっという間にナイフを弾き飛ばされ、後ろに飛ぶっ!


「そう言うお前はそんなに……。強くないよ、なっ!?」


手品を明かされたジキムートだが、焦りはない。


なぜなら、彼女の実力は普通にやっても、ジキムートを超えられない程度だ。


だからこそ、気がかりが一つ。


「むしろてめえこそ、どんな手品を使ってあの騎士団長をヤッた? お前には無理なはずだっ!」


「そうか。そんなに聞き……」



ヒュッ。



話の途中、ローラが目の前から消えたっ!


「……っ!?」


「こうやったのさ」


しゅばっ!


ローラが現れた先は、ジキムートの後ろっ!


そこに居たはずのジキムートは、消えていた。


空を斬るナイフっ!


「な……に!?」


ローラが驚愕の声を上げるっ!


ジキムートは視界からローラが消えるとすぐさま、そこを飛びのいていたのだっ!


「……お前今、何した」


驚いたのはお互い様だ。


ローラは音もなく、消えて見せた。


ジキムートは、完全な不意打ちを防いで見せた。


どちらも驚きを隠せないでいたっ!



(一切光らない、か。俺の世界じゃそれが、普通なんだよな。そういうのは、慣れてっから。ただ、俺らの技術って訳でもないだろうよ。なんせ瞬間移動は大技だ。こいつは魔法の天才にも見えねえし。そうなると、次は分からねぇぞ。用心してかからねえと……っ。)


(薬の影響か? それとも奴にはまだ、攻撃力以外に、私に隠しているペテンがあるとでも?)


腹の探り合い。


2人が見合いそして、先に動いたのは……ローラだっ!


「はぁああっ!」


繰り出されるナイフっ!


「……」


ジキムートは防戦一方だ。


避けてばかりで反撃をしようとしない。


(持久戦になれば、こっちの勝ちだぜ。相手はあくまでも、電撃暗殺戦。この局面に焦るのは向こう。そうなれば……。俺の勝ち筋に引き込めるっ。)


彼はローラの動きの細部を注意深く、見守る。


(消える事にさえ気を付けていれば、こいつはそれほど怖くない。)


ジキムート自身はスピードファイターだ。


動きでは決して負けていない。


それどころか薬の影響で、かなり優位に立ってさえいる。


「せいやっ!」


「……」


ナイフがむなしく、空を斬り続けた。


(やはり持久戦に持ち込むか。それは間違ってないな。実際増援が来れば、すぐにでも私が捕縛されてしまうだろうよ。さてさて……。どうする。逃げる事と『本番』を考えればあと、呪いは3回までといったところ)


彼女は自分の〝力″のリミットを勘案し、そして……。



「大振りになった?」


ぶんぶんと腕を振り、ジキムートに斬りかかるっ!


その隙だらけの腕を、ジキムートは掴みそして……。


「……」


ピクッ。


タッチして無言。


すっとそのまま体を流す。


「チッ」


(まるで捕まえて下さいと言わんばかり……、か。)


手出しはしない。


ジキムートは様子を見て、避け続ける。


「くっ……。捕まえればいいものをっ!」


全然当たる様子がない上に、ジキムートは食いついてこない。


この大振りのままではすぐに、アサシンが息切れするだろう事が分かった。


(だが、それで良い。お前は慎重な人間のようだから……なっ。)


彼女は笑った。


そして……っ!


ガシッ!


「何っ!?」


突然ジキムートは足を取られ、体勢を崩したっ!


足をとらえたもの――。


それはあの、〝ジーガ″だった。


「グギギ……」


(転ぶと……まずいっ!)


とっさにジキムートは、体勢を立て直そうと筋肉を引き締めるっ!


「もらったっ!」



ヒュッ。



彼女はその瞬間、消え去ったっ!


「……っ!」


(これは間に合わないぞっ。)


途中、回避が間に合わないと踏んだジキムート。すると……っ!


シュツ!


音もなく現れるアサシンっ! だが……。


「……奴はどこに行ったっ!?」


現れる彼女の目の前には、ジキムートがいない。


そしてすぐその刹那……っ!


ヒュンっ!


「ぐっふっっ!?」


下から強烈なアッパーキックを食らい、よろけるローラっ!


ジキムートはあの時、そのまま地べたに寝そべっていた。


そして現れたローラめがけて、ロケットキックを放ったのだっ!


「お前が俺の後ろに現れるのは、読めてたんだぜっ!」


あのまま気張って立っていたら、ただの的になっていただろう。


転んではいけないという咄嗟の思い込みを崩し、機転を利かし、窮地を脱していたっ!


そしてそのまま、アサシンへと畳みかけようとするジキムートっ!



ゾクッ!



「しまっ」


寒気。


だがもう遅かった。


そう、彼女はこれを待っていた。








ザザッ! ザザザッ!


「副長っ、本当にこちらで良いんですか?」


「そうだっ! ヴィエッタ様がおっしゃられたのだ。間違いは無い」


そう言って副長は、足の高い草を踏みつける。


「はぁ……はぁ。この山の上ですか~?」


増援の騎士団は、山を登っていた。


かなり、城から離れた場所にある山だ。



「こっ……、こんなところにまで本当に、隠し通路がつながってるのかよっ!?」


総勢30名。


彼らは必死に山道を、重い鎧を引きずって歩いている。


その山は鬱蒼とし、薄暗い。


気持ち悪い雰囲気の上、ほぼほぼ原野、この場合は原山か。


手入れどころか、草は生え放題でぼーぼーと伸び、大人の背丈を超えるようにまでなっている。


「あぁダメだ、クソっ。沼地で足が取られちまう」


ズブッ、ズブッと音を立て、ブーツの先っぽが少し地面にめり込む大地。


踏み出すタイミングが、非常に取りにくい場所でもある。


「池の中には決してはまるなよっ、良いなっ!」


そこかしこ水はけ悪く、湯気が立ち上がる。


泥の臭いがひどい。


「はっはぃ……。あぁっ!?」


ばべちゃっ。


「はははっ。お前よぉ」


「いっ……てぇ」


沼地にすっ転び、泥をまき散らす団員。


「早く立てっ。貴様は帰って、鎧のままで腕立て50。全員転んだ回数だけ、腕立てを追加するっ!」


「はっ、ハイっ!」


構う事無く急いで、背の高い草をかき分けていく副長。



「早く立てよ~」


「あぁ。すまねえ」


手を伸ばす仲間に、転んだ騎士団員が手を取ろうと体をひねると……。


バシャンっ!


「うわっぷ」


顔に浴びた水を払う、転んだ騎士団員。


「ははっ、お前~。池にはまるなよ……たくよぉ」


笑いながら自分を助けようとし、逆に池にはまってしまった仲間を掴もうとするが……。


すぐに異変を感じとるっ!


「赤……い、血? てっ敵襲っ!」


ヒュンッ!


「敵しゅ……ぐぇっ」


「くっ、魔法だ。前から撃ってきてるぞっ! かがめっ、かがめぇっっ」


全員そこに、突っ伏せたっ!


その間も、多量の武器が飛んできている……はずだ。


そんな音がするっ!


「見えないぞ。なんだっ!?」


ヒュンヒュンっ! ヒュン。


草が刃に薙がれる音はすれど、実態が見えない。


「恐らく土の呪文かとっ! 緑色のどんぐりのようなものを、撃ってきていますっ」


大きく背が高い緑に囲まれ、緑色のどんぐりは完全に同化していた。


殺意の軌道が全く読めないっ!


「くっ、こしゃくなっ! 全員盾を構えろっ。風の魔法で、前方をキレイに掃除していけっ。見つけたら即攻撃せよっ!」


その命令に部下達は、盾に風をまとわせるっ!


これでどんぐりも弾けてかつ、敵を見つけやすいっ!


「へぇ……。良い作戦じゃないか。惚れ惚れする」


そう声がした。耳元で。



ザスッ。



そのまま首を切り裂かれ、騎士団員は声を出す間もなくゆっくりと、そこに寝かされた。


影は一人しとめるとすぐに、ロープを伝って上に帰る。


「あら。おもちゃの兵隊さんがま~る見え」


彼女たちが笑う。


「まっ、せいぜい。前方の敵を探すことね~」


彼女たちは樹の上にいた。



たった2人。


そして前方に1人。


数の差は歴然だが、明らかに一方が試合巧者だ。


彼ら騎士団が、この頭上の殺意に気づくのはいつだろうか?


10人死んでから?


それとも20?


そこからの勝敗は分からないが……ただし、これだけは言えた。


彼らが目的地にたどり着く事はない、と。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る